café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第1章 café R 〜ふたりの出会い、みんなの出会い〜

第7話:常連初日

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 突如現れた盲目イケメン連藤に、莉子は腰を抜かしそうになる。
 まるで幽霊が現れたぐらいの衝撃だ。

 まず、何を言えばいいのかと迷う莉子に、連藤から声がかけられた。

「オーナー、申し訳ない、あとから他も来るんだが、席は空いてますか?」
「え、は、はい! 空いてます。こ、こちらです………あっ!」

 莉子が振り返ると、連藤はにこやかに白杖を掲げる。

「あ、あの、案内は私したことなくって、ど、どうしたらいいですか?」
「できたら肩を貸してもらえるかな? 私がオーナーの肩を掴み後ろをついていくので」
「はい、えっと……」

 恐る恐る連藤の手を取り、莉子は自分の左肩に手を乗せた。

「歩きますね」

 ゆっくりと気遣う歩幅だ。
 たどたどしくも、一生懸命な気持ちが伝わる優しい歩き方である。

「席はこちらです」

 一度肩から手を離させると、椅子を引き、再び連藤の手を椅子の背もたれに触らせる。

「ありがとう、オーナー」

 連藤はそれだけで距離感がわかるのか、普通に椅子に腰をかけた。
 本当は目が見えているのではと疑ってしまうが、まっすぐに向いた顔はそのまま動かない。

「あ、あの、連藤さん……」
「はい」

 莉子の方に顔が向く。
 だが向くだけだ。

「あの、昨日は、本当に助かりました」
「とんでもない。そう、昨日のサービスでいただいたケーキ、とても美味しかった」
「あ、それはよかったですっ」

 ドアベルががらんと響き、莉子のシューズが床を鳴らす。入り口をくるりと向いたのだ。

「あ、来られましたね」

 去ろうとする莉子の手が連藤に掴まれる。
 思わず固まる莉子に、伏せ目がちの連藤が言う。

「今日も、Aセット、食後にコーヒーでお願いします」

 するりと離れたと同時に、何か喋りながら巧と瑞樹がテーブルへと来た。
 最後の三井が莉子の肩を叩き、優しい笑顔でオーダーを告げた。

「こんにちは、オーナー。今日は俺、Bセットにしようかな。食後にコーヒー」
「じゃ、オレ、Aセット! 今日は食後でコーヒー」
「僕もAセット。コーヒー食後にお願いします」

 莉子はみんなの顔を見ながら繰り返した。

「はい、Aセットが3つに、Bセットが1つ。みなさん食後にコーヒーですね」

 莉子はテーブルを離れていくが、触れられた手の感触がまだ残っている。
 大きく骨ばった手。だけど優しくて、しなやかで。
 三井が触れてきた肩の感触と、連藤が触れいた肩の感触も違った。
 連藤のほうが労わる感じがする。
 手が目の代わりなのだとしたら、雰囲気は冷たい感じだが、本当は温かく優しい人なのかもしれない───
 莉子はなんとなくそう思いながら、カウンターへと戻り、オーダーの準備を始めた。

 そんな莉子の後ろ姿を見送りながら三井は椅子に腰を下ろし、

「連藤、よく1人で来れるよな」

 だが連藤はその声に小さく頷いたくらいだ。

「どうかしたの?」

 瑞樹の声に、連藤が呟く。

「オーナーの手、すごく冷たいんだ」

 思わず他3名がカウンターの莉子へと視線が飛んでいく。
 常に水に当てられる手。食器も手洗いのようだ。
 食洗機を入れたくても狭いカウンター内では置く場所もない。

「すげぇな、オーナーって」

 肘をついて言った巧の言葉だが、みんな無言で頷いていた。
 見飽きることなく、莉子の動きを眺めながら、なんとなく会話をしているうちに料理が届く。

 今日のサラダは、トマトとエビ、きゅうりにレタスなどが入ったチョップドサラダだ。
 アクセントに砕いたナッツがかかり、食感も楽しめるサラダになっている。

 そして、本日のパスタはボンゴレビアンコ。あさりたっぷり、ガーリックとパセリが効いたひと皿だ。
 連藤はその香りを嗅ぎ、何かに気づいた顔をする。
 ビーフシチューを運んできた莉子に、連藤が尋ねた。

「オーナー、ここはワインもこだわってたりしますか?」
「え、いや、それほど、すごいこだわってはいないですけど……」
「でも、このボンゴレに使っている白ワイン、すごく香りがいい」
「連藤さん、すごい鼻をお持ちですね。今回使ったのはイタリアの白なんですけど、貝の出汁と合うので、パスタにしてみたんです」

 このやりとりを聞いていた他3名は「おぉ」という声を上げるしかできない。

「じゃあ、夜も営業してたり?」

 巧の声に、莉子は大きく頷いた。

「ええ、私の趣味みたいなものですけど。ワインバーみたいな感じでやってます。軽食メインですけどね。
 あ、でも、ビーフシチューは出せますよ」

 その言葉に目を輝かせたのは、連藤だ。

「今日の夜も来させていただきますね」

 柔和な笑顔を浮かべると、昨日と同じ場所に置いたスプーンを取り上げ、ビーフシチューを食べ始めたのだった。
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