café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

yolu

文字の大きさ
上 下
5 / 153
第1章 café R 〜ふたりの出会い、みんなの出会い〜

第5話:実食!

しおりを挟む
 莉子が慣れた手つきで料理を運ぶ。

「こちら、セットのサラダとパンです。パンはテーブル中央にカゴで置いておきますね。こちらはパスタセットのスープになります」

 それぞれにサラダを配り、巧と瑞樹の前にスープを置きながら、パン用のバターをカゴの横に添えていく。
 今日も昨日と同じに、木の器にサラダが盛られているのだが、今日は赤カブがある。
 葉野菜の上にみずみずしくも可愛らしい赤縁の白丸が散らばっている。
 さらにクルミとアーモンドが散らされ、食感も楽しそうなサラダだ。

「はい、パスタ、お待たせしました。こちらの粉チーズはお好きに。タバスコも置いときますね」

 続けざまに届いたミートソースパスタだが、熱々の鉄板に乗せられたミートソースが、激しい湯気とともに運ばれてくる。
 焦げるパスタの香りとミートソースの香りがたまらない。
 そのミートソースだが、小さめながら角切りの肉が混ざっている。
 野菜の角切りも見えるが、食感の違う肉があるのがわかるだけで、食べる楽しみが増すのはどうしてだろう。


 だが、全員の料理が、まだ届いてない──!!!


 この熱々のパスタを食べられないふたりは、そわそわとしはじめる。
 ちらりちらりと三井に視線を送るのだが、わざと目をそらす始末。

 雰囲気を感じ取り、連藤がくすりと笑った。

「先に食べて構わないぞ」

 待てを食らっていた犬のようだ。
 大きく尻尾を振りながらフォークを摘み上げるのがわかる。

「「いただきまーす」」

 揃った声のあとに、すぐに頬張る音が聞こえてくる。
 だがまだ熱い。冷ます息も鳴っている。
 それでも頬張り続けるのには意味がある。
 ひと口含んだだけで、巧と瑞樹の声が溢れてしまうほどの美味さがあるからだ。

 パスタは少し柔らかめだ。茹で置きされていたのだろう。
 だが、それがいい。
 もっちりとした食感と、柔らかい歯ごたえ、さらに鉄板で焦げたパリッとした食感が面白い。
 ミートソースに絡めると、トマトの酸味はもちろんだが、何より肉の塊がいいアクセントになっている。噛むほどに肉汁といっしょに旨味がにじむのだ。ソースを多めに口に含めば、まったりとしたミートパスタになり、パスタを多めに口に含めば、小麦の甘さを感じられる田舎風ミートパスタに早変わりする。

「これ、ウマすぎ!」
「マジ、やばい」

 それしか言わない後輩を見つめながら、演技じゃないのか? 先輩2人はそう思わずにはいられない。
 それほどまでに、特に巧がこれほどウマイと言うことは少ない。
 まずいものには、まずいという勇気のある発言ができる男、それが巧である。


 半信半疑の気持ちで待つこと数分──


「はい、お待たせしました。Aセットのビーフシチューです」

 三井の前に置き、そして連藤の前にもビーフシチューの皿がゆっくりと置かれる。
 香りの蒸気が鼻をかすめ、連藤の喉が思わず鳴った。

「連藤さん、えっと、正面にビーフシチューがあります。
 2時に水、10時にサラダ、12時に取り分けたパンを置きました。
 右手側にスプーンとフォークを置きましたので、ゆっくり召し上がってくださいね」

 連藤の肩にそっと手が触れ、莉子は離れていく。
 思わず連藤は正面を向くが、その顔は驚いた顔だ。
 珍しい表情に三井は笑うが、巧と瑞樹はにんまり笑顔だ。

「な、大丈夫だっただろ?」

 巧の弾んだ声が聞こえてくる。
 あまりにスマートな説明に驚きを隠せない連藤をよそに、三井は「うまいぞ、これ!」別の驚きに声をあげた。
 その声につられるように連藤もスプーンを取り上げ、ひと口ゆっくりと頬張る。
 切れ長の彼の目が、カッと開いた。

「なんだこれは」

 息を飲むのも無理はない。

 ───味の深みが半端ないのである。

 肉はじっくりと煮込まれ、ほろほろと崩れるのは当然ながら、パサつきがない。
 スープはデミグラスの味でありながらも甘みと苦味が交互に流れてくる。
 これは野菜の甘みだろう。さらに旨味とコクになっているのはたくさん刻まれたマッシュルームだ。
 このスープの添え物として、ブロッコリーとフライドポテトに焼きプチトマトがある。
 それぞれ野菜と一緒に口に含むと、野菜の青臭さや甘みがアクセントになり、香ばしさが増したり、香りがふくよかになったりと、変化がある。特にトマトの酸味がよく合い、こってりとしたビーフシチューが爽やかになるのが魅力的だ。

 パンにつけて食べてみようとパンをちぎるが、一気に香ばしい小麦の香りが立ち上がる。
 濃い味のビーフシチューにほんのり甘い香ばしいパン。
 食感もさることながら、パンの香ばしさがビーフシチューの味の濃さを際立たせてくれる。

 口直しにサラダを頬張ると、ドレッシングのオイルの旨味と野菜の鮮度の良さといったら!
 ここにワインの一杯でもあったらどうだろう。
 はるかにマッチし、この口の中での世界がまた広く深く繋がっていくはずだ───

「連藤、めっちゃ震えてる」

 巧が瑞樹を肘で叩く。
 ほぼ完食に近い三井も頷き、

「しょうがねぇだろう、連藤の得意料理もビーフシチューだし、だいたいどこぞのレストランより美味いんじゃないか?」

 4人の食事が終えるのを見計らい、コーヒーを持ってきた莉子にその言葉が届いたようだ。
 莉子は身なりの良さから、の食事経験はあると察し、言葉の重みに身を固くした。

「……お、恐れ入ります」

 彼女は恐縮しながらコーヒーを置いていくが、どことなく手が震えているようにも見える。

「ゆっくりしてってくださいね」

 なんとか並べおえ、いつも通りのセリフを告げると、空いた皿を回収しだした。
 もちろん、食べ終えたばかりだが連藤の皿も回収対象となる。

「連藤さん、でしたよね? お皿下げますね」

 莉子が連藤の皿に手をかけたとき、唐突にその手が掴まれる。

「……いっ?!」

 莉子が変な声を上げたことで、連藤も反射で手を離すが、先ほどまでのこわばった顔ではない。
 何か戸惑っているような、そんな顔だ。

「なにか、ございましたか?」

 思わず莉子が尋ねると、連藤は少し顔を背けながら言葉をつなげていく。

「い、いや、料理がすごく美味しくて……その」

「あ、そ、それならよかったです。……あ、目の前にコーヒー置きましたので」

「ああ、ありがとう。その、こ、これの、作り方とか……」

 莉子は再び、ああと繰り返し、一度考えてみてから連藤の肩を叩いた。今から話なします、という意思表示だ。

「えっと、よく聞かれるんですが……そうですね、食材は本当に安いものしか使えないので、それらをとにかく、炒めて炒めて炒めて、あとはじっくり煮るだけですね。特に何か入れてるとかはないです。本当に家庭料理の延長なので」

 簡単なんですよ? そう言いながら戻っていくが、見送る4人の視線はいぶかしげだ。



 それ、絶対簡単じゃないヤツ!!!!!



 心の中で叫んだのは言うまでもない。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~

白い黒猫
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある希望が丘駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。 国会議員の重光幸太郎先生の膝元であるこの土地にある商店街は、パワフルで個性的な人が多く明るく元気な街。就職浪人になりJazzBarを経営する伯父の元で就職活動をしながら働く事になった東明(とうめい)透(ゆき)は、商店街のある仕事を担当する事になり……。 ※ 鏡野ゆうさんの『政治家の嫁は秘書様』に出てくる商店街が物語を飛び出し、仲良し作家さんの活動スポットとなってしまいました。その為に同じ商店街に住む他の作家さんのキャラクターが数多く物語の中で登場して活躍しています。鏡野ゆうさん及び、登場する作家さんの許可を得て創作させて頂いております。  コラボ作品はコチラとなっています。 【政治家の嫁は秘書様】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 【日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 【希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~】  https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ 【希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376  【Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...