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私はあの日から兄の写真を部屋においてある。
ちなみに私の着替えなどは見えない角度で、だ。
今、すっかり春はすぎたが、私は新しいスタートをきった。
「なんとか初日、終わったよ、お兄ちゃん。そっちはどう?」
私はスーツを脱ぎながら、写真に声をかける。
写真の兄は仏頂面で、可愛げがないし、なにより少年の姿だ。
でも記憶をたどれば、あの優しく笑う兄に私は会える。
「こっちはね、今日は少し暑かったな。明日は夏日なんだって。まだ6月なのにさー。何着ればいいと思う?」
返事はなくてもいい。
聞いてくれている、それだけで十分だ。
「今でも不思議だよねぇ。まさかさ、大学んときの先輩が引き抜いてくれるなんて……人生、色々あるね」
私はあの日のメールを機に、転職をした。
本当に偶然だった。
スマホを忘れていたからこそ、仕事のメールに埋もれずにすんだメールだ。
あの頃、仕事中にメールを見ていたら、タイトルだけ読んで、本文まで読まなかったと思う。
それくらい仕事しかできない環境で、仕事しか確認できなかったから。
正直、転職をするまで約半年かかるとはおもっていなかった。
先輩もよく待ってくれたと思う。
でもおかげで、始発に出て、終電で帰る生活から脱却できたのは大きい。
「そうそう、今年には一人暮らし始めようと思うんだ。あれから考えてさ。母さんに任せっきりなこと、いっぱいあるなーって思って。例えば……」
言いながら額縁をつついたとき、2階の私の部屋に向けて声がかかる。
「由奈ぁ、ごはんだよぉー」
母の声だ。
「こういう、ご飯とか」
私はドアごしに声を張りあげた。
「今行くー」
私は後ろを見て、手を振った。
「まだまだ、相談きいてよね、お兄ちゃん」
部屋の灯りは消さない。
話しかけた少しの間、兄がそこにいると、私は思っているから。
ちなみに私の着替えなどは見えない角度で、だ。
今、すっかり春はすぎたが、私は新しいスタートをきった。
「なんとか初日、終わったよ、お兄ちゃん。そっちはどう?」
私はスーツを脱ぎながら、写真に声をかける。
写真の兄は仏頂面で、可愛げがないし、なにより少年の姿だ。
でも記憶をたどれば、あの優しく笑う兄に私は会える。
「こっちはね、今日は少し暑かったな。明日は夏日なんだって。まだ6月なのにさー。何着ればいいと思う?」
返事はなくてもいい。
聞いてくれている、それだけで十分だ。
「今でも不思議だよねぇ。まさかさ、大学んときの先輩が引き抜いてくれるなんて……人生、色々あるね」
私はあの日のメールを機に、転職をした。
本当に偶然だった。
スマホを忘れていたからこそ、仕事のメールに埋もれずにすんだメールだ。
あの頃、仕事中にメールを見ていたら、タイトルだけ読んで、本文まで読まなかったと思う。
それくらい仕事しかできない環境で、仕事しか確認できなかったから。
正直、転職をするまで約半年かかるとはおもっていなかった。
先輩もよく待ってくれたと思う。
でもおかげで、始発に出て、終電で帰る生活から脱却できたのは大きい。
「そうそう、今年には一人暮らし始めようと思うんだ。あれから考えてさ。母さんに任せっきりなこと、いっぱいあるなーって思って。例えば……」
言いながら額縁をつついたとき、2階の私の部屋に向けて声がかかる。
「由奈ぁ、ごはんだよぉー」
母の声だ。
「こういう、ご飯とか」
私はドアごしに声を張りあげた。
「今行くー」
私は後ろを見て、手を振った。
「まだまだ、相談きいてよね、お兄ちゃん」
部屋の灯りは消さない。
話しかけた少しの間、兄がそこにいると、私は思っているから。
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