6 / 8
6
しおりを挟む
ゆっくりと食べ切った皿はとてもきれいだった。
何度もホットケーキでシロップをぬぐったからだと思う。
どこまでかけても怒られないシロップ、追加追加で現れる生クリーム、フレッシュなフルーツも食べ放題。
満足できないわけがない!
「……おいしかったぁ」
だが所詮ホットケーキなのである。
多少の物足りなさがある。
もう一枚食べれば、満腹になりそうなのだが、ホットケーキでお腹いっぱいにするのも……
と思っていると、ココアがすべり出てきた。
「本当はいっしょに出したかったんだけど、僕、手際悪くて」
カウンターの奥で何かしているとは思っていたが、まさかココアを作っているとは思っていなかった。
ほかほかのココアが4つ、テーブルに並ぶ。
ホットプレートはいつの間にか片付けられ、あのガヤガヤした雰囲気は消え、落ち着いた、どこか寝る前の夜のような、そんな雰囲気もある。
私は、少し冷めかけたココアをひと口飲み込んだ。
まったりと舌にまとわりつく甘さは……
「うちと同じ味だ」
思わず出た声に、クサ婆がくすりと笑う。
「見た目が似てる人は3人いるっていうから、似た舌も3人くらいいるのかもねぇ」
ずずっと啜り、べろりと鼻先まで舐めて、
「甘いわねぇ」
ぼやくクサ婆に、ビスケットさんは、いやいやと頭を振る。
「ココアとは思わず、甘い飲み物だと思えばとっても美味しいですよ」
「そうかもしれないけどねぇ。由奈ちゃんは、こんな甘いもの食べてるのに、全然太ってないわね。うらやまし」
私はココアを懐かしがりながら飲み込んで、改めて自分の体型を見た。
確かに入社してから、痩せたぐらいだ。
「私、甘党なんですけど、甘いもの食べる時間がぜんぜんなくって。それこそココアなんて、何年ぶりだろ」
いつ飲んだかを思い出そうとしてみたが、全く思い出せない。
飲んでいたのはブラックコーヒーばかりだ。
香りから甘いココアは、体の芯をじんわり溶かしながら温めてくれる。
満足感もあり、コーヒーとちがって急かされない。
マイペースに、前向きに進める味がする。
「ゆーちゃん、たまには、甘いココアもいいでしょ」
お兄さんの声に、私はうなずいた。
「はい。甘いココア、すごくいいです。とっても懐かしいです」
「どこが、懐かしいんだい?」
ビスケットさんの問いに、私は考える。
ココアを飲んでいることだろうか。
それとも、ココア自体なんだろうか。
どこが、懐かしいんだろう……?
はっと顔を上げた私に、ビスケットさんは目を細めて言葉を促した。
「……たぶん、ですけど。懐かしいのは、こうやって、テーブルを囲んでいることだと思うんです」
「ほお」
私の回答が意外だったのか、ビスケットさんはするりと髭をなでる。
「なんだろ。会話がなくても、みんなで同じものを飲んで時間を過ごすって、すごい素敵な時間なんだなって……」
私はこの時間が長く続くように、ちびちびと口に運ぶ。
もうすぐ、この時間が終わってしまう。
「ゆーちゃん、僕はいつでも、話、聞くからね」
ふわりと笑ったお兄さんの顔が目に焼きつく。
口元のほくろ、笑うとなくなる目、少し癖のある黒髪……
記憶の影から姿が現れると思ったそのとき。
まばたきを、1回したと思う。
なぜか私は、家の玄関の前に立っていた。
振り返っても、少し道を戻ってみても、そこは家の近所でしかない。
駅の左に曲がった景色ではない。右に曲がって歩いてきたら見えるいつもの我が家だ。
「……どういう、こと……?」
何度もホットケーキでシロップをぬぐったからだと思う。
どこまでかけても怒られないシロップ、追加追加で現れる生クリーム、フレッシュなフルーツも食べ放題。
満足できないわけがない!
「……おいしかったぁ」
だが所詮ホットケーキなのである。
多少の物足りなさがある。
もう一枚食べれば、満腹になりそうなのだが、ホットケーキでお腹いっぱいにするのも……
と思っていると、ココアがすべり出てきた。
「本当はいっしょに出したかったんだけど、僕、手際悪くて」
カウンターの奥で何かしているとは思っていたが、まさかココアを作っているとは思っていなかった。
ほかほかのココアが4つ、テーブルに並ぶ。
ホットプレートはいつの間にか片付けられ、あのガヤガヤした雰囲気は消え、落ち着いた、どこか寝る前の夜のような、そんな雰囲気もある。
私は、少し冷めかけたココアをひと口飲み込んだ。
まったりと舌にまとわりつく甘さは……
「うちと同じ味だ」
思わず出た声に、クサ婆がくすりと笑う。
「見た目が似てる人は3人いるっていうから、似た舌も3人くらいいるのかもねぇ」
ずずっと啜り、べろりと鼻先まで舐めて、
「甘いわねぇ」
ぼやくクサ婆に、ビスケットさんは、いやいやと頭を振る。
「ココアとは思わず、甘い飲み物だと思えばとっても美味しいですよ」
「そうかもしれないけどねぇ。由奈ちゃんは、こんな甘いもの食べてるのに、全然太ってないわね。うらやまし」
私はココアを懐かしがりながら飲み込んで、改めて自分の体型を見た。
確かに入社してから、痩せたぐらいだ。
「私、甘党なんですけど、甘いもの食べる時間がぜんぜんなくって。それこそココアなんて、何年ぶりだろ」
いつ飲んだかを思い出そうとしてみたが、全く思い出せない。
飲んでいたのはブラックコーヒーばかりだ。
香りから甘いココアは、体の芯をじんわり溶かしながら温めてくれる。
満足感もあり、コーヒーとちがって急かされない。
マイペースに、前向きに進める味がする。
「ゆーちゃん、たまには、甘いココアもいいでしょ」
お兄さんの声に、私はうなずいた。
「はい。甘いココア、すごくいいです。とっても懐かしいです」
「どこが、懐かしいんだい?」
ビスケットさんの問いに、私は考える。
ココアを飲んでいることだろうか。
それとも、ココア自体なんだろうか。
どこが、懐かしいんだろう……?
はっと顔を上げた私に、ビスケットさんは目を細めて言葉を促した。
「……たぶん、ですけど。懐かしいのは、こうやって、テーブルを囲んでいることだと思うんです」
「ほお」
私の回答が意外だったのか、ビスケットさんはするりと髭をなでる。
「なんだろ。会話がなくても、みんなで同じものを飲んで時間を過ごすって、すごい素敵な時間なんだなって……」
私はこの時間が長く続くように、ちびちびと口に運ぶ。
もうすぐ、この時間が終わってしまう。
「ゆーちゃん、僕はいつでも、話、聞くからね」
ふわりと笑ったお兄さんの顔が目に焼きつく。
口元のほくろ、笑うとなくなる目、少し癖のある黒髪……
記憶の影から姿が現れると思ったそのとき。
まばたきを、1回したと思う。
なぜか私は、家の玄関の前に立っていた。
振り返っても、少し道を戻ってみても、そこは家の近所でしかない。
駅の左に曲がった景色ではない。右に曲がって歩いてきたら見えるいつもの我が家だ。
「……どういう、こと……?」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
海の見える家で……
梨香
キャラ文芸
祖母の突然の死で十五歳まで暮らした港町へ帰った智章は見知らぬ女子高校生と出会う。祖母の死とその女の子は何か関係があるのか? 祖母の死が切っ掛けになり、智章の特殊能力、実父、義理の父、そして奔放な母との関係などが浮き彫りになっていく。
鬼の御宿の嫁入り狐
梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中!
【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】
鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。
彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。
優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。
「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」
劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。
そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?
育ててくれた鬼の家族。
自分と同じ妖狐の一族。
腹部に残る火傷痕。
人々が語る『狐の嫁入り』──。
空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。
双子妖狐の珈琲処
五色ひいらぎ
キャラ文芸
藤森七葉(ふじもりなのは)、22歳。IT系企業に新卒入社し働いていたが、思うように仕事ができず試用期間で解雇される。
傷心の七葉は、行きつけの喫茶店「アルカナム」を訪れ、兄弟店員「空木蓮司(うつぎれんじ)」「空木壮華(うつぎそうか)」に愚痴を聞いてもらう。
だが憩いの時間の途中、妹の藤森梢(ふじもりこずえ)から、両親と共に七葉の自室を掃除しているとの連絡が入った。駆けつけてみると、物であふれた七葉の部屋を両親が勝手に片付けていた。勝手に私物を処分された七葉は両親に怒りをぶつけるが、その時、黒い泥状の謎の存在「影」が現れ、両親を呑み込んでしまった。七葉たちも襲われかけるが、駆けつけた蓮司と壮華に救われる。
蓮司と壮華は実は人間ではなく、妖力を持った「妖狐」の兄弟であった。
自室に住めなくなった七葉は当面、「影」から身を護るためも兼ねて、住み込みの形で「妖怪喫茶」アルカナムで働くことになる――
「影」の正体とは、そして七葉と蓮司の関係の行方は。
あやかし集う喫茶店での、不可思議な日々が始まる。
※表紙イラストは、にんにく様(X: Nin29G )に描いていただきました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
後宮の才筆女官
たちばな立花
キャラ文芸
後宮の女官である紅花(フォンファ)は、仕事の傍ら小説を書いている。
最近世間を賑わせている『帝子雲嵐伝』の作者だ。
それが皇帝と第六皇子雲嵐(うんらん)にバレてしまう。
執筆活動を許す代わりに命ぜられたのは、後宮妃に扮し第六皇子の手伝いをすることだった!!
第六皇子は後宮内の事件を調査しているところで――!?
鎮魂の絵師
霞花怜
キャラ文芸
絵師・栄松斎長喜は、蔦屋重三郎が営む耕書堂に居住する絵師だ。ある春の日に、斎藤十郎兵衛と名乗る男が連れてきた「喜乃」という名の少女とで出会う。五歳の娘とは思えぬ美貌を持ちながら、周囲の人間に異常な敵愾心を抱く喜乃に興味を引かれる。耕書堂に居住で丁稚を始めた喜乃に懐かれ、共に過ごすようになる。長喜の真似をして絵を描き始めた喜乃に、自分の師匠である鳥山石燕を紹介する長喜。石燕の暮らす吾柳庵には、二人の妖怪が居住し、石燕の世話をしていた。妖怪とも仲良くなり、石燕の指導の下、絵の才覚を現していく喜乃。「絵師にはしてやれねぇ」という蔦重の真意がわからぬまま、喜乃を見守り続ける。ある日、喜乃にずっとついて回る黒い影に気が付いて、嫌な予感を覚える長喜。どう考えても訳ありな身の上である喜乃を気に掛ける長喜に「深入りするな」と忠言する京伝。様々な人々に囲まれながらも、どこか独りぼっちな喜乃を長喜は放っておけなかった。娘を育てるような気持で喜乃に接する長喜だが、師匠の石燕もまた、孫に接するように喜乃に接する。そんなある日、石燕から「俺の似絵を描いてくれ」と頼まれる。長喜が書いた似絵は、魂を冥府に誘う道標になる。それを知る石燕からの依頼であった。
【カクヨム・小説家になろう・アルファポリスに同作品掲載中】
※各話の最後に小噺を載せているのはアルファポリスさんだけです。(カクヨムは第1章だけ載ってますが需要ないのでやめました)
街外れのアパルトマン~そっと明かりの燈る場所~
時和 シノブ
キャラ文芸
派遣社員だった翠川 環(みどりかわ たまき)は会社の都合で契約終了になり途方にくれていた。
せっかく都内に一人暮らししていたのに、貯金も底をつきそうになってしまい……
そこへ叔母から一本の電話が掛かってくる。
それは、自分の新しく経営するアパルトマンの管理人兼コンシェルジュを環にお願いしたいというものだった。
コンシェルジュの環と共に一つ屋根の下、一緒に住むことになるのは男性料理人の片桐。
入居者は季節ごとに様々な人がやって来る。
ひょんなことから始まったアパート経営物語。
*表紙写真はPhotoAC様よりお借りしています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
乙女フラッグ!
月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。
それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。
ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。
拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。
しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった!
日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。
凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入……
敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。
そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変!
現代版・お伽活劇、ここに開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる