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それぞれの皿に手のひらサイズの普通のホットケーキが乗せられる。
「さ、召し上がれ」
お兄さんの声を待っていたかのように、クサ婆とビスケットさんは、思い思いのトッピングで頬張り始めた。
「まあ、しっとりおいしい! ほら、由奈ちゃんも食べないと」
「由奈さん、冷めてからじゃしっとり感が消えてしまいます」
二人に急かされ、私はシロップと生クリームをトッピングし、一口サイズに切ると、大きく頬張った。
少しかためながら、しっとりとした食感がおいしいホットケーキだ。
ホットプレートで焼いているだけあり、厚さがなく、ふちまわりが少しカリッとしているのも香ばしい。
「……おいしい」
「よかったぁ」
お兄さんは心底安心した顔で破顔した。
そして、ひと口大きく頬張った。
……お兄さんも食べるんだ。
そう思ったけれど、こういう“団欒”的な雰囲気が久しぶりなことを思い出した。
毎日私の帰宅は遅く、夕食は冷めていて味気なくて、最近は作り置きもなくしてもらっていた。
コンビニのお弁当を急いで食べて、シャワーになんとか入って寝る日々だ。
腕時計が見える。
こういう最後の日も、素敵かもしれない。
2枚目はクサ婆とビスケットさんが手早く皿へと持っていったため、またホットプレートは空になる。
「……あ、ゆーちゃん、次はバナナ入れようか?」
お兄さんはボウルを抱えてにっこり笑う。
「ゆーちゃん……」
「あ、ああ、あ、ゆ、由奈さん、ですよね。ごめんなさい」
「え、あ、いいえ、大丈夫。大丈夫ですっ」
あまりに懐かしい呼び方に驚いてしまった。
でも、「ちゃんづけ」で呼ばれたのに、不思議と不快感はなかった。
男の上司や同僚に言われたら腹が立つほど気持ちが悪いのに。
脳裏の霞んだ景色のなかで、誰かの声が聞こえてくる。
でも、思い出せない──
「やっちゃいましたね……」
「あんたなら、やると思ってた」
「わたしもですよ、全く」
クサ婆とビスケットさんは小さいため息をついて、くすくす笑っている。
その反応の仕方が家族みたいで、自然と心が和んでいく。
私は空になった皿をみて、フルーツを見た。
「お兄ちゃん、バナナとブルーベリーを入れて焼いてもらえますか?」
一瞬、お兄さんは驚いた顔をした。
私がなにか言ったのはまちがいない。
思い返すが、普通にオーダーしただけのはずだ。
なにしちゃった!?
「なんでもないですよ」
お兄さんは、俯いたまま、目を擦る。
花粉症がまた悪さしてるみたいだ。
そのままボウルを抱えてから、グッとあがった顔は、優しくにっこり微笑んでいた。
「……うん。そのトッピング、好きなのわかる。おいしよね」
またバターを乗せ直し、バナナとブルーベリーをおくと、その上に丁寧に生地をかけていく。
「あら、おいしそ。あたしはブルーベリーだけがいいわね」
「わたしはバナナだけでお願いします」
「はいはい」
お兄さんはオーダー通りに作っていく。
そこに並んだ三つを見て、
「お兄さんは食べないんですか?」
「どれにしようか迷っちゃって。……いつも選べないんですよ」
「なら、一緒の食べましょう」
『いっしょの、たべよう!』
幼い私の声がした。
誰に言ったんだろう。
私は、誰に、いっしょに食べようと言ったんだろう──
眉間に皺がよったとき、スッとクサ婆の肉球が額に触れた。
「おいしいもの食べてるときは、なにも考えちゃダメよ~」
しっとりした肉球をぴとぴとと当てて、ふわふわの指先でシュシュっとシワをほどくようになでられる。
鼻の頭をぷにっと押されたとき、
「焼きあがったよ」
オーダーしたホットケーキが皿に乗せられた。
腕時計が見える。
あと、10分──
「さ、召し上がれ」
お兄さんの声を待っていたかのように、クサ婆とビスケットさんは、思い思いのトッピングで頬張り始めた。
「まあ、しっとりおいしい! ほら、由奈ちゃんも食べないと」
「由奈さん、冷めてからじゃしっとり感が消えてしまいます」
二人に急かされ、私はシロップと生クリームをトッピングし、一口サイズに切ると、大きく頬張った。
少しかためながら、しっとりとした食感がおいしいホットケーキだ。
ホットプレートで焼いているだけあり、厚さがなく、ふちまわりが少しカリッとしているのも香ばしい。
「……おいしい」
「よかったぁ」
お兄さんは心底安心した顔で破顔した。
そして、ひと口大きく頬張った。
……お兄さんも食べるんだ。
そう思ったけれど、こういう“団欒”的な雰囲気が久しぶりなことを思い出した。
毎日私の帰宅は遅く、夕食は冷めていて味気なくて、最近は作り置きもなくしてもらっていた。
コンビニのお弁当を急いで食べて、シャワーになんとか入って寝る日々だ。
腕時計が見える。
こういう最後の日も、素敵かもしれない。
2枚目はクサ婆とビスケットさんが手早く皿へと持っていったため、またホットプレートは空になる。
「……あ、ゆーちゃん、次はバナナ入れようか?」
お兄さんはボウルを抱えてにっこり笑う。
「ゆーちゃん……」
「あ、ああ、あ、ゆ、由奈さん、ですよね。ごめんなさい」
「え、あ、いいえ、大丈夫。大丈夫ですっ」
あまりに懐かしい呼び方に驚いてしまった。
でも、「ちゃんづけ」で呼ばれたのに、不思議と不快感はなかった。
男の上司や同僚に言われたら腹が立つほど気持ちが悪いのに。
脳裏の霞んだ景色のなかで、誰かの声が聞こえてくる。
でも、思い出せない──
「やっちゃいましたね……」
「あんたなら、やると思ってた」
「わたしもですよ、全く」
クサ婆とビスケットさんは小さいため息をついて、くすくす笑っている。
その反応の仕方が家族みたいで、自然と心が和んでいく。
私は空になった皿をみて、フルーツを見た。
「お兄ちゃん、バナナとブルーベリーを入れて焼いてもらえますか?」
一瞬、お兄さんは驚いた顔をした。
私がなにか言ったのはまちがいない。
思い返すが、普通にオーダーしただけのはずだ。
なにしちゃった!?
「なんでもないですよ」
お兄さんは、俯いたまま、目を擦る。
花粉症がまた悪さしてるみたいだ。
そのままボウルを抱えてから、グッとあがった顔は、優しくにっこり微笑んでいた。
「……うん。そのトッピング、好きなのわかる。おいしよね」
またバターを乗せ直し、バナナとブルーベリーをおくと、その上に丁寧に生地をかけていく。
「あら、おいしそ。あたしはブルーベリーだけがいいわね」
「わたしはバナナだけでお願いします」
「はいはい」
お兄さんはオーダー通りに作っていく。
そこに並んだ三つを見て、
「お兄さんは食べないんですか?」
「どれにしようか迷っちゃって。……いつも選べないんですよ」
「なら、一緒の食べましょう」
『いっしょの、たべよう!』
幼い私の声がした。
誰に言ったんだろう。
私は、誰に、いっしょに食べようと言ったんだろう──
眉間に皺がよったとき、スッとクサ婆の肉球が額に触れた。
「おいしいもの食べてるときは、なにも考えちゃダメよ~」
しっとりした肉球をぴとぴとと当てて、ふわふわの指先でシュシュっとシワをほどくようになでられる。
鼻の頭をぷにっと押されたとき、
「焼きあがったよ」
オーダーしたホットケーキが皿に乗せられた。
腕時計が見える。
あと、10分──
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