2 / 8
2
しおりを挟む
風に流されるように、いつもなら右に行く道を、今日は左に向いた。
こちら側にもコンビニはあるから、そこで時間を潰そうか。
そう思ったのは、いつもじゃないことをすることで、これからの時間を肯定できそうな、そんな気がしたからかもしれない。
今日は冷えている。
私は夏物スーツのせいで肌寒い思いをしながら、街灯が照らす真っ黒な地面を見つめながら歩いていく。
歩幅は狭い。足取りも重い。
背は丸く、猫背なのがわかる。
胸に抱えた通勤カバンが重いせいだ。
どこかへ放り投げたくなる。
だけど、個人情報が満載すぎる。
……バレてもいいか。
でも三日後の先方との打ち合わせで使うデータがある。
これだけは、壊したい。かも。
小さなメモリーカードだが、それを石で粉砕するのを想像したら、少しだけ元気がでた。
コンビニで缶チューハイでも買っちゃおうか。
口元をゆるませながら、カバンを抱え直したけれど、顔を上げて歩く気分にはなれなかった。
別に下を向いていなきゃいけない、なんて、決まりはないのに。
頬をなでる風の冷たさにも慣れてきた頃、街灯を何本すぎただろうかと考えた。
もうそろそろコンビニかと考えたとき、ふんわりと、花の香りが鼻をくすぐる。
「……あ、バラか」
つい声に出てしまって、手で口を押さえた。
声が出たのは懐かしい匂いのせいだ。
いや、今も庭を覗けばバラがあるのだと思う。母はバラが好きだから、家の中にも飾ってある。
あったはずだ。いつもあったから。
だけど、思い出せない……
最近の家のなかのすらイメージができない自分に、情けなさのため息を大きくついて、かわりにバラの香りを肺いっぱいに吸い込んだ。
これが最後のバラの匂いだ。
「いい匂い……」
少しだけ心が明るくなる。
これは、私への最後のご褒美だ。
そのまま明るい方へと顔を向ける。
コンビニに着いたからだ。
「……は?」
駐車場の白線が見えた気がして顔を上げたのに、目の前には真っ白な洋館が建っている。
「……はぁ?」
今までこんな洋館、見たことがない。
これほど大きく素敵な建物なら、見つけていないはずがない!
……いや、気づかないのは、あり得る、か。
家の中に飾ってあるバラすら気づかないのだから、建物すら素通りしていたのかもしれない。
目的地はコンビニだからこそ、それ以外は無視して今まで歩いていたと思えば納得もする。
ずっと、横を見る余裕もなかったなんて……
私はせっかくだからと足を止めた。
白い鉄門は私よりも背が高く、その柵の隙間から洋館をじっと眺めてみる。
まず目に入ったのは、洋館を包み込むように広がるバラたちだ。
夜露に濡れ、砂糖菓子のように煌めいてる。
高貴な香りも、この数多のバラからだろう。
すんすんと鼻を鳴らしながら、もう一歩だけ門へ近づいた。
鉄門から洋館の大きな扉までの間に石畳がある。
バラの影で見えなかったが、そこには足元を照らすようにランプが置かれ、とてもオシャレで可愛らしい。ちらちらと淡い光が揺れていて、キャンドルが灯してあるのだろうか。
洋館の大きな木製のドアには筆記体で『one day only』とある。
お店の名前だろうか。
意味は、たぶん、──1日だけ。
その下には、『open』の看板が下がっている。
バーかなにかかと目を凝らせば、横に添えられているイラストはコーヒーカップの絵だ。
私はカバンに手を入れた。
お店の内容を知りたかったが、知ることは出来ないで終わるようだ。
今も家で一人でブルブル震えているスマホを思い、最後は一人にさせてごめんね。と、なんとなく心で謝った。
しかしながら、すごく、気になる。
こんな夜中にカフェがやってる?
しかも、住宅街のど真ん中で?
ここは何時までやってるの?
むしろ、いつからやってたの??
疑問符が絶えないなか、つい鉄門に手をかけてしまった。
きいと軽い音を立てて、鉄門が左右に分かれて開いていく。
「え、あ、っと!」
転ばないように足を踏ん張ったが、体はすっぽりと中へ入ってしまった。
それならと、数歩近づいた。
やはり、洋館の扉には、『open』の看板がある。
……入ってみようか?
いや、こんな高級そうな、しかも夜中にやっているカフェなど、一見さんは不可に決まっている。
それに、時間だって少ないし。
私はすぐに踵を返した。
が、真後ろに何かが立ってる──!
「……ひっ」
のけぞるように立ち止まって、私は息を飲む。
だが、目の前にある腰丈ほどのそれは、まじまじと見れば、なんてことはなかった。
会釈をしている黒い燕尾服を着た猫の置物だったからだ。
見たことがないだろうか。
芝生の上に置かれた実物大の犬のオブジェを。
私は田舎の叔父の家に行くときによく見ていた。
広い庭で芝生があり、そこにポツリと置かれた犬のオブジェ。
見る度に、犬を飼ってるんだと思ってじっと眺めては、置物なんだと何度落ち込んだことか。
本物に見間違う躍動感と、丁寧なカラーリングでふわふわな毛並みが表現されて、とてもリアル。
今目の前にあるのは、その置物の、茶色長毛猫執事版だ。
燕尾服を着こなした二本足で立つ猫のオブジェとは、これもまたオシャレだと感心してしまう。
暗かったせいで見過ごしていたなんて……
私はついそれに会釈をしながら通り過ぎる。
だが、なぜか手がこちらへこない。
「いらっしゃいませ」
陶器の猫の頭がもたげ、私の手をしっかりと掴んでいた。
黄金色の目が大きく開き、ちらりと光る。
「ご案内します。こちらへどうぞ」
私は引っ張られ、転がるように歩きながら戸惑っていた。
置物がしゃべって、動いている!?
「……へ?」
手のひらにあるその手を軽く握る。
3回握ったけれど、どう握っても、猫の手だ。
柔らかく、しっとりとした肉球と、ふわふわの手の甲……であっているのだろうか。
どう握っても、猫の可愛らしい手でしかない。
やっぱり、陶器じゃない……!
「わたくしの手、お気に召しましたか?」
「え、あ、あ……」
うまく答えられない。
後ろ姿を見れば、燕尾服の合間からしっぽがでている。
ズボンに穴があり、そこからきつねのような黄金色の毛で、太く長いしっぽが揺れている。
どこからどう見ても、二本足で歩く立派な執事猫だ。
「え……ちょ、あ、あの、」
「そんなに驚くことですか? ここでは普通のことですよ」
そう言われ、私の混乱は一瞬にして消え去った。
そっか。これが普通だよね。
なに驚いてるんだろ。
「ご案内させていただきましたのは、執事のビスケットでございます。以後、よしなに」
ドアノブを下げ、白い木の扉を開けてくれた。
ガランとドアベルが鳴る。
開かれた店内に、私は言葉を失なった。
「わぁ……」
なぜなら、憧れの洋館カフェだったからだ。
革張りの椅子、猫足の木のテーブルが並び、右側にはカウンターがある。
天井にはシャンデリアが下がり、奥の壁には鏡が嵌め込まれ、ちらちらと揺れる光の波が鏡に反射し、店内を淡く明るく染めている。
カーテンのない大きな窓は木枠で、さらにその窓の上にはステンドグラスでバラが描かれ、昼間に見たらさぞ美しいはずだ。
ぐるりと見回したが、店内には私だけだった。
店内に音楽は流れておらず、私の足音がカツンカツンと響き渡る。ほこりの落ちる音さえ聞こえてきそうだ。
このお店の空気を柔らかくしたのは、「よいしょ」というおばあちゃんの声だった。
その声とは裏腹に、カウンターに飛び乗ったのは、鯉柄の着物を着こなしたサビ柄猫だ。
背中を小さく丸めて、にっこりと微笑み、
「いらっしゃいな」
さっき聞こえたおばあちゃんの声だ。
ぺこりと頭を下げて出迎えてくれた。
とととと軽い足取りで、私の前に走ってくると、一度お辞儀をしてくれる。
ずんぐりと丸いフォルムに、少し垂れた目がとてもかわいいその猫は、私の前をゆっくりと歩きだした。
「こちらの席へどうぞどうぞ」
案内され、小さい手でさされた場所に、私は腰を下ろす。
そこは店内の中央に位置したテーブル席だった。
四人がけの席のようで、少し広めに感じる。
見上げると、中央のシャンデリアの真下だ。
チラチラと光の雨が降っている。
「あたしは店主のヨモギです。みんなはクサ婆って呼ぶけど、好きに呼んでくれて構わないわ。ねえ、あなたのお名前は?」
クサ婆は年齢の割に身軽な動きでテーブルに乗ると、私の顔を覗き込んでくる。
「え、あ、由奈、です」
「由奈ちゃんね。ほら、ほっぺたがかたいわ~。もっと笑わないと~」
しっとりとした肉球で頬をはさまれる。
もみもみと頬をほぐしながら、クサ婆は説明しだした。
「ここは1日だけの喫茶店よ。店員も1日だけの店員なの。だから、粗相があっても大目に見てくださいませね」
クサ婆は、とととと再びカウンターを走り抜け、すとんと身軽に着地を決めると、厨房とカウンターを仕切るカーテンをめくって中へと入っていった。
小さく声が聞こえる。
裏で何か声かけをしているようだ。
クサ婆がわーわーしゃべっているのがわかる。
なにか返事が聞こえるが、スタッフさんは数人いるよう。
出る人を選んでいるのだろうか?
変わったカフェだなぁと、他人事のように思いながら、光の雨を手のひらで受けてみる。
光が積もったらどれだけ綺麗だろう……
私が死んだら、そんな魂になれるんだろうか……
チラチラと肌に落ちる光を眺めながら待っていると、お兄さんが押されたのか、つんのめりながら出てきた。
(いってらっしゃい!)
(がんばって!)
(できるって)
その人への声掛けらしく、スタッフさん同士、仲がいいのが感じられる。
そういうお店って、何かしら美味しかったり、居心地がよかったりして、また来たいお店になるよね。
『また』という言葉に、私はふっとまた鼻で笑ってしまう。
私にはもう『また』はないんだった。
腕時計は進んでいる。
あと55分。
こちら側にもコンビニはあるから、そこで時間を潰そうか。
そう思ったのは、いつもじゃないことをすることで、これからの時間を肯定できそうな、そんな気がしたからかもしれない。
今日は冷えている。
私は夏物スーツのせいで肌寒い思いをしながら、街灯が照らす真っ黒な地面を見つめながら歩いていく。
歩幅は狭い。足取りも重い。
背は丸く、猫背なのがわかる。
胸に抱えた通勤カバンが重いせいだ。
どこかへ放り投げたくなる。
だけど、個人情報が満載すぎる。
……バレてもいいか。
でも三日後の先方との打ち合わせで使うデータがある。
これだけは、壊したい。かも。
小さなメモリーカードだが、それを石で粉砕するのを想像したら、少しだけ元気がでた。
コンビニで缶チューハイでも買っちゃおうか。
口元をゆるませながら、カバンを抱え直したけれど、顔を上げて歩く気分にはなれなかった。
別に下を向いていなきゃいけない、なんて、決まりはないのに。
頬をなでる風の冷たさにも慣れてきた頃、街灯を何本すぎただろうかと考えた。
もうそろそろコンビニかと考えたとき、ふんわりと、花の香りが鼻をくすぐる。
「……あ、バラか」
つい声に出てしまって、手で口を押さえた。
声が出たのは懐かしい匂いのせいだ。
いや、今も庭を覗けばバラがあるのだと思う。母はバラが好きだから、家の中にも飾ってある。
あったはずだ。いつもあったから。
だけど、思い出せない……
最近の家のなかのすらイメージができない自分に、情けなさのため息を大きくついて、かわりにバラの香りを肺いっぱいに吸い込んだ。
これが最後のバラの匂いだ。
「いい匂い……」
少しだけ心が明るくなる。
これは、私への最後のご褒美だ。
そのまま明るい方へと顔を向ける。
コンビニに着いたからだ。
「……は?」
駐車場の白線が見えた気がして顔を上げたのに、目の前には真っ白な洋館が建っている。
「……はぁ?」
今までこんな洋館、見たことがない。
これほど大きく素敵な建物なら、見つけていないはずがない!
……いや、気づかないのは、あり得る、か。
家の中に飾ってあるバラすら気づかないのだから、建物すら素通りしていたのかもしれない。
目的地はコンビニだからこそ、それ以外は無視して今まで歩いていたと思えば納得もする。
ずっと、横を見る余裕もなかったなんて……
私はせっかくだからと足を止めた。
白い鉄門は私よりも背が高く、その柵の隙間から洋館をじっと眺めてみる。
まず目に入ったのは、洋館を包み込むように広がるバラたちだ。
夜露に濡れ、砂糖菓子のように煌めいてる。
高貴な香りも、この数多のバラからだろう。
すんすんと鼻を鳴らしながら、もう一歩だけ門へ近づいた。
鉄門から洋館の大きな扉までの間に石畳がある。
バラの影で見えなかったが、そこには足元を照らすようにランプが置かれ、とてもオシャレで可愛らしい。ちらちらと淡い光が揺れていて、キャンドルが灯してあるのだろうか。
洋館の大きな木製のドアには筆記体で『one day only』とある。
お店の名前だろうか。
意味は、たぶん、──1日だけ。
その下には、『open』の看板が下がっている。
バーかなにかかと目を凝らせば、横に添えられているイラストはコーヒーカップの絵だ。
私はカバンに手を入れた。
お店の内容を知りたかったが、知ることは出来ないで終わるようだ。
今も家で一人でブルブル震えているスマホを思い、最後は一人にさせてごめんね。と、なんとなく心で謝った。
しかしながら、すごく、気になる。
こんな夜中にカフェがやってる?
しかも、住宅街のど真ん中で?
ここは何時までやってるの?
むしろ、いつからやってたの??
疑問符が絶えないなか、つい鉄門に手をかけてしまった。
きいと軽い音を立てて、鉄門が左右に分かれて開いていく。
「え、あ、っと!」
転ばないように足を踏ん張ったが、体はすっぽりと中へ入ってしまった。
それならと、数歩近づいた。
やはり、洋館の扉には、『open』の看板がある。
……入ってみようか?
いや、こんな高級そうな、しかも夜中にやっているカフェなど、一見さんは不可に決まっている。
それに、時間だって少ないし。
私はすぐに踵を返した。
が、真後ろに何かが立ってる──!
「……ひっ」
のけぞるように立ち止まって、私は息を飲む。
だが、目の前にある腰丈ほどのそれは、まじまじと見れば、なんてことはなかった。
会釈をしている黒い燕尾服を着た猫の置物だったからだ。
見たことがないだろうか。
芝生の上に置かれた実物大の犬のオブジェを。
私は田舎の叔父の家に行くときによく見ていた。
広い庭で芝生があり、そこにポツリと置かれた犬のオブジェ。
見る度に、犬を飼ってるんだと思ってじっと眺めては、置物なんだと何度落ち込んだことか。
本物に見間違う躍動感と、丁寧なカラーリングでふわふわな毛並みが表現されて、とてもリアル。
今目の前にあるのは、その置物の、茶色長毛猫執事版だ。
燕尾服を着こなした二本足で立つ猫のオブジェとは、これもまたオシャレだと感心してしまう。
暗かったせいで見過ごしていたなんて……
私はついそれに会釈をしながら通り過ぎる。
だが、なぜか手がこちらへこない。
「いらっしゃいませ」
陶器の猫の頭がもたげ、私の手をしっかりと掴んでいた。
黄金色の目が大きく開き、ちらりと光る。
「ご案内します。こちらへどうぞ」
私は引っ張られ、転がるように歩きながら戸惑っていた。
置物がしゃべって、動いている!?
「……へ?」
手のひらにあるその手を軽く握る。
3回握ったけれど、どう握っても、猫の手だ。
柔らかく、しっとりとした肉球と、ふわふわの手の甲……であっているのだろうか。
どう握っても、猫の可愛らしい手でしかない。
やっぱり、陶器じゃない……!
「わたくしの手、お気に召しましたか?」
「え、あ、あ……」
うまく答えられない。
後ろ姿を見れば、燕尾服の合間からしっぽがでている。
ズボンに穴があり、そこからきつねのような黄金色の毛で、太く長いしっぽが揺れている。
どこからどう見ても、二本足で歩く立派な執事猫だ。
「え……ちょ、あ、あの、」
「そんなに驚くことですか? ここでは普通のことですよ」
そう言われ、私の混乱は一瞬にして消え去った。
そっか。これが普通だよね。
なに驚いてるんだろ。
「ご案内させていただきましたのは、執事のビスケットでございます。以後、よしなに」
ドアノブを下げ、白い木の扉を開けてくれた。
ガランとドアベルが鳴る。
開かれた店内に、私は言葉を失なった。
「わぁ……」
なぜなら、憧れの洋館カフェだったからだ。
革張りの椅子、猫足の木のテーブルが並び、右側にはカウンターがある。
天井にはシャンデリアが下がり、奥の壁には鏡が嵌め込まれ、ちらちらと揺れる光の波が鏡に反射し、店内を淡く明るく染めている。
カーテンのない大きな窓は木枠で、さらにその窓の上にはステンドグラスでバラが描かれ、昼間に見たらさぞ美しいはずだ。
ぐるりと見回したが、店内には私だけだった。
店内に音楽は流れておらず、私の足音がカツンカツンと響き渡る。ほこりの落ちる音さえ聞こえてきそうだ。
このお店の空気を柔らかくしたのは、「よいしょ」というおばあちゃんの声だった。
その声とは裏腹に、カウンターに飛び乗ったのは、鯉柄の着物を着こなしたサビ柄猫だ。
背中を小さく丸めて、にっこりと微笑み、
「いらっしゃいな」
さっき聞こえたおばあちゃんの声だ。
ぺこりと頭を下げて出迎えてくれた。
とととと軽い足取りで、私の前に走ってくると、一度お辞儀をしてくれる。
ずんぐりと丸いフォルムに、少し垂れた目がとてもかわいいその猫は、私の前をゆっくりと歩きだした。
「こちらの席へどうぞどうぞ」
案内され、小さい手でさされた場所に、私は腰を下ろす。
そこは店内の中央に位置したテーブル席だった。
四人がけの席のようで、少し広めに感じる。
見上げると、中央のシャンデリアの真下だ。
チラチラと光の雨が降っている。
「あたしは店主のヨモギです。みんなはクサ婆って呼ぶけど、好きに呼んでくれて構わないわ。ねえ、あなたのお名前は?」
クサ婆は年齢の割に身軽な動きでテーブルに乗ると、私の顔を覗き込んでくる。
「え、あ、由奈、です」
「由奈ちゃんね。ほら、ほっぺたがかたいわ~。もっと笑わないと~」
しっとりとした肉球で頬をはさまれる。
もみもみと頬をほぐしながら、クサ婆は説明しだした。
「ここは1日だけの喫茶店よ。店員も1日だけの店員なの。だから、粗相があっても大目に見てくださいませね」
クサ婆は、とととと再びカウンターを走り抜け、すとんと身軽に着地を決めると、厨房とカウンターを仕切るカーテンをめくって中へと入っていった。
小さく声が聞こえる。
裏で何か声かけをしているようだ。
クサ婆がわーわーしゃべっているのがわかる。
なにか返事が聞こえるが、スタッフさんは数人いるよう。
出る人を選んでいるのだろうか?
変わったカフェだなぁと、他人事のように思いながら、光の雨を手のひらで受けてみる。
光が積もったらどれだけ綺麗だろう……
私が死んだら、そんな魂になれるんだろうか……
チラチラと肌に落ちる光を眺めながら待っていると、お兄さんが押されたのか、つんのめりながら出てきた。
(いってらっしゃい!)
(がんばって!)
(できるって)
その人への声掛けらしく、スタッフさん同士、仲がいいのが感じられる。
そういうお店って、何かしら美味しかったり、居心地がよかったりして、また来たいお店になるよね。
『また』という言葉に、私はふっとまた鼻で笑ってしまう。
私にはもう『また』はないんだった。
腕時計は進んでいる。
あと55分。
10
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々
饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。
国会議員の重光幸太郎先生の地元である。
そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。
★このお話は、鏡野ゆう様のお話
『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。
★他にコラボしている作品
・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/
・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/
・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
白杖と傘
ルム
ライト文芸
何かが変わるのを期待して紅葉の名所に訪れ、そこで偶然出会った霧生さんと木下さん。
盲目の二人の老人が自分のルーツ探しをしつつ、お互いの取り留めのない話を挟みながら近づき、また離れていく様子を会話劇で表現してみました。
イメージ的にシティボーイズの大竹まことときたろう、最後の親子はいとうせいこうと斉木しげるだと思って読んでいただけたら嬉しいです。
特殊能力を持つ弟を隔離せよ
こあらのワルツ
ライト文芸
アイツは世界中から追われている。
『音』が聞こえるなどというおかしな事を隠しもしないから。
特殊能力を持つ弟を閉じ込める主人公、連(れん)。
『音』が聞こえるという主張をしてバッシングを受ける弟、星(せい)。
音のない世界で生きる二人のきょうだいの行く末は?
『Happiness 幸福というもの』
設樂理沙
ライト文芸
息子の恋人との顔会わせをする段になった時「あんな~~~な女なんて
絶対家になんて上げないわよ!どこか他所の場所で充分でしょ!!」と言い放つ鬼畜母。
そんな親を持ってしまった息子に幸せは訪れるでしょうか?
最後のほうでほんのちょこっとですが、わたしの好きな仔猫や小さな子が出て来ます。
2つの小さな幸せを描いています。❀.(*´◡`*)❀.
追記:
一生懸命生きてる二人の女性が寂しさや悲しみを
抱えながらも、運命の男性との出会いで幸せに
なってゆく・・物語です。
人の振れ合いや暖かさみたいなものを
感じていただければ幸いです。
注意 年の差婚、再婚されてる方、不快に思われる台詞が
ありますのでご注意ください。(ごめんなさい)
ちな、私も、こんな非道な発言をするような姑は
嫌いどす。
・(旧) Puzzleの加筆修正版になります。(2016年4月上旬~掲載)
『Happiness 幸福というもの』
❦ イラストはAI生成有償画像 OBAKERON様
◇再掲載は2021.10.14~2021.12.22
【完結】その約束は、陽だまりで…。
水樹風
ライト文芸
幼い頃母を亡くし、祖父に育てられた柊(しゅう)。
その祖父も高校卒業と同時に亡くなり、一人暮らしに。
しばらくして、彼は初めての恋をする。恋はやがてかけがえのない愛情へ。
それなのに、彼女はある日突然消えてしまった。
一体何があったのか……。思い出せない柊の元に、これもまた突然に、自分のことを「パパ」と呼ぶ男の子がやってきた。
ハル、四歳。
柊はハルが手にしていたあるものを見て、彼と暮らし始める。
最愛の人、菜々ともう一度会うために……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる