one day only ~1日だけのカフェで

yolu

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 いつもより早く帰れた。
 腕時計を見て、私は無意識でスマホを探っていた。
 別に何かを見たいわけじゃないのに、スマホを手にしていないと落ち着かないのが、現代人らしい気もする。

 だけど、カバンの中で手をぐるぐるしてから思い出す。
 今日はスマホを家に忘れた日だった、と。
 何度も繰り返したこのやり取りに、どっと疲れがあふれた気がしたけれど、意外と1日、無くてもどうにかなるんだな。と思った私はホームに足を止める。

 改めて腕時計を見た。
 帰れたと微笑んだ私を、私は鼻で笑ってしまった。

 早いと言っても、ただ数本前の、終電じゃなかっただけじゃないか。

 誰もいないホーム。
 いつもギリギリに乗る最後の一本が、私を追いかけるようにこの駅に到着するのを想像した。

 ……今の私より、もう少しくたびれた私が、目を腫らして降りてきて、しわくちゃのスーツを無理やりひっぱり、背筋を伸ばし、目薬をさしながら家に帰るんだ。
 実家暮らしだから、こんな姿なんてバレたくない。
 情けないし、何より、心配されたくないし。

 でも数歩すすんで、私の足はピタリと止まってしまう。

「……疲れたな」

 ──私は改札を出て、駅を背にぼうと立ちつくしていた。
 真っ白な街灯が延々と続いているように見えてくる。
 何も変わらない、辛いだけの日々が繰り返されている、そんな気にさせてくる。

 冷たい風が背中をなでた。
 いつの間にか夏が終わっていたようだ。

 あぁ……
 もう、10月になっていたんだ。

 私はもう一度、腕時計を見る。
 快速で、この駅を通過する電車が1時間後。
 何度か間違えて乗ってしまい、タクシーで家に帰ったのを思い出した。なかなかタクシーがつかまらず、さらには、深夜料金でかなりの痛手だったことも。

 また鼻で笑った私の口から、まさかの言葉がまろびでる。

「死んじゃおうか」

 タクシーで帰った日も、そうだった。
 会社の先輩に仕事の結果を横取りされた挙句、失敗の責任を取らされた日だ。
 どう先方に謝罪するか、考えあぐねて、つい乗り間違えたのだ。
 今日だって、先輩の嫌味が延々と続き、同僚の失敗にも関わらず私まで注意され、結局仕事が押して、この時間。

 ──短大を卒業して、会社勤めを始めて7年。
 もう、新人でもない年数を働いてきた。
 だけれど、私より若い人が入らない以上、私はずっと新人のまま。おかげで休みの申請も先輩優先で、なかなか好きに休めもしない。
 毎日毎日、まだ薄暗い時間に家を出て、帰ってきても家は暗くて。だからといって起きてられると、それはそれで気まづいし。親と顔を合わせれば、何かは言われる。

 だいたいは──

『由奈、仕事、どう? もう慣れてきたんじゃない』
『今日も遅かったんだねぇー。新人なのに、忙しいんだね』
『あれ、さくらちゃん、覚えてる? 結婚したんだって』
『由奈、お母さん、孫に会えるのかなぁ?』

 ただの挨拶すら、面倒でしかない。


 もう、誰も、自分が知らないところにいきたい──!


 腕時計の針が、残りの寿命だと、私は気づいてしまった。

 あと、60分。
 あと、60分。

 そう考えると、肩の荷が少し軽くなる。
 あと60分だけ、生きればいいのか。

 駅の周辺で時間を潰さないと──

 冷えた風が、左に行けと、背中を押してくる。
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