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第一章 ここをキャンプ地とする!

第3話:食材は確保できそうです

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 騒ぎ立てるいたるを冷ややかな眼差しで見下ろすガンディアだが、あまりに哀れに思ったのか声をかけた。

「食材とは、なんのことだ……?」

「俺、キャンプ場近くの道の駅で野菜類を買おうと思ってて……
 でも心配だったから、まずは場所の確認と思って向かったもんだから、今手元にあるのがルーとタナカのご飯しかない……」

「何がまずいんだ?」

「お前、カレー知らないの?
 カレーっていったら、玉ねぎ、人参、じゃが芋、お肉で作るんでしょうがっ!
 これじゃご飯しかないのと同じだぁ……」

「なんだそんなことか」

 ガンディアは顎に指を添えて、何やら思い出しているようだ。左に視線が泳いでいる。

「お前の言っているタマネギというのは、球根型の炒めたら甘くなる野菜のことだよな……」

「そうそう!」

「ニンジンというのは、確か、殺人ラビットが守ってる野菜のことだと思うんだ」

 ちょっと待て。今なんと……?

「あと芋は私が持っているので問題ない。
 祖父から聞いたことがあって助かったな、ヒューマン。
 こことお前の世界では、野菜の名称が違うんだ」

 鼻を鳴らしていうガンディアのあまりに偉そうな態度に、先ほど引っかかった言葉を忘れて一気に苛つきを最大値に引き上げる。
 が、では一体ここではなんという呼び名なのだ? 素直に聞いてみると、

「タマネギはルーク、ニンジンはモルコヴュ、芋はキャルトだ」

「……へぇ」

 覚える気もないため、右から左へ言葉が流れていく。
 至の中ではこう聞こえているが、気難しい舌の動きで発音をしていた。きっと真似をしたら舌が絡まるに違いない。

「では、行くぞ、ヒューマン」

 至は「ちょ、待てよ!」怒鳴りながらも身支度を整えていく。
 ジーパンとTシャツでは流石にまずいと考え、撥水加工のパーカーを引っ掛け、さらにリュックに吊るしてあった鈴を腰に掛け直してから、肩に斜めがけできる布製のエコバックを掴んだ。ハッチバックを閉めてから、あたりを確認し、車に鍵をかけると、ガンディアの後ろについて歩き出した。

 市場にでも向かうのかと思っていたが、どこへ行こうというのか、この厨二エルフは……
 道は間違いなく獣道で、絶対街には辿り着きそうにない。

「おい、厨二、どこ行くんだよ」

「そのチュウニというのはどういう意味だ」

「幼い心と夢を忘れない大きな人、って意味だよ。
 だから、どこ行くんだよ?」

「ほう……いい呼び名だな」

 気に入ったようだ。
 一瞬、至は真顔になるが、彼の解釈の自由だとして、放っておくことにした。

 白い風が流れていく。
 思わず見つめると、それはぐにゃりと歪んで、人の像かたちに変化した。
 白く半透明であるのだが、まるで粉雪を流したようなしゃらしゃらという音を立てながら、長い髪を揺らし、たっぷりの布をめくり上げて、それは優雅に踊り始めた。

 思わず手を握られ、至も踊らされてしまうが、本当に美しい。
 ガラスの彫刻でもこれほどの輝きは生まないだろう。

「……ヒューマンっ」

 あまりに強い力で肩を握られ、腹立ち紛れに振り返るが、

「精霊はイタズラ好きだ。簡単に殺しにくるぞ」

 足元を見ると足が崖のギリギリだ。あと一歩で落ちていた……
 思わず足がすくみ、地面にぺたりと座り込むが、至の頭上でくすくすと笑いながら旋回する精霊がいる。
 睨みつけるが、精霊の笑い声は全く止まない。

「ほら、立て、ヒューマン。精霊には目を合わせるな。もしそれでも付きまとうなら、その鈴をひと振りしたらいい」

 ガンディアが手を伸ばしてきたので、その手を掴むと軽々と引っ張り上げられた。
 これはさすがエルフといったところか。
 握った手の感じでわかる。かなり手練れの戦士だ(妄想補填あり)。

 しかしながら美しい精霊だが、殺しにくるとは物騒な。
 至は腹いせに腰に下げた鈴をこれ見よがしに振り鳴らした。

 とたんに精霊は頭を抱えながらもがいたかと思うと、いきなり大きな口を開け、牙をむき出し威嚇してきたではないか。
 あまりの酷い変わりように度肝を抜かれるが、鈴のおかげか精霊はこれ以上近づけないようだ。
 精霊が近づくたびにリーンと鳴り、その音に弾かれるように精霊が音を避けるが、再び近づき、音が鳴ること数回。
 ようやく諦めたのか、さらに大きな口を開けて威嚇をすると、見る間に消えていった。

「……精霊ってきれいだけじゃないんだな。ってか、なんで厨二は平気なんだよ」

「私は精霊よりも高等な種族だ。彼らは私たちに危害は加えられない。
 そんなことより、タマネギの場所はもうすぐだ。早く来い」

 林の中の獣道しかなかったが、一気に空が現れた。
 地面と空が半分に割れたかのようだ。

 雲のない薄い水色が広がるが、左手には先ほどの紫の月が大きく浮かぶ。
 湖の向かいに見えた山は山脈なのだろうか。ここにも山並みが見える。だが湖より場所が小高くなっているためか、少し低く感じる。距離も離れたのだろう。
 見下ろす山々は握りこぶしのようで、地面にぽこぽこと生えて可愛らしい。湖の向かいにあった山肌は岩だらけだったが、ここは木々がたっぷりと茂っているようだ。方角が変わるだけで、様々な生物の生態も大きく違いそうだ。

 改めて別の次元の土地なのだと言われたようで少しげんなりするが、こんな緑に溢れた地面を見たのは初めてだ。
 牧草地なのだろうか。木がほとんどなく、くるぶし程度の草が辺り一面に広がり、緑色の長い毛を垂らした獣がのんびり草を食んでいる。ゆったり動く様を見るに、牛か羊のような動物なのかもしれない。

 まるで写真で見る北海道のような景色に見惚れていると、

「ヒューマン、あそこにある茶色の丸いもの、わかるか?」

 目をこらすと、茶色い物体が地面からところどころでぽっこりと出ている。

「あの、丸いのか? 結構でかいな」

「あれがお前がいう、タマネギだ。さぁ、狩るぞ」

「刈るのね」

 近づこうとしたとき、ガンディアが小刀を渡してきた。

「抜けばいいんだろ?」

 至は言うが、

「いや、刺した方が早い」

「ああ、根っこにね」

 小刀を握り歩いて行くが、林の入り口でガンディアは見守るつもりのようだ。
 まあ、玉ねぎを刈るぐらい、簡単なことだ。

 至は幼い頃を思い出していた。祖父が自家菜園をしていて、その手伝いをよくしていた。
 その時に学んだのだが、玉ねぎは土に埋まっていて、柔らかい土の方が大きく実るんだと教えられた。
 しかしここの玉ねぎは地面から頭を出しているようだ。とてもわかりやすい。

 小刀を構えて玉ねぎに至が近づいたとき、その玉ねぎの頭がにょろりと伸びた。
 そう、玉ねぎを冷蔵庫の中で放置していたときの、あの芽である。
 その芽が見る間に鞭ほどに伸びていくではないか。

 それは大きくしなり、唸る音を上げながら至に向かって大きく振りかぶった───

 至の悲鳴はガンディアに届くのか!?
 次回、乞うご期待!
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