5 / 8
第5話 死神と映画鑑賞
しおりを挟む
裏路地を抜けて、着いた映画館だけど、昔の思い出の場所とは違っていた。
いつの間にか改装されていたようだ。
小洒落たレトロな映画館になっている。
1階は雑貨屋とカフェがあり、2階に映画館がある。
昔は1階にも映画館が入っていた記憶があるが、自信がないので話題には出さなかった。
チケットを購入しようと、カウンターで指を3本立てる。
席に余裕があるというので、どの席がいいか決めようとした時、僕にぶら下がっていたヴィオの手が、僕の人差し指を握った。
『2、だよ! あたし、席いらないし』
「でも、せっかくだから、席、取ろう?」
カウンターのお姉さんは少し不思議な顔をしたけれど、3席分のチケットを出してくれた。
すぐロビーに戻ると、梶くんが両手いっぱいにフードを抱えている。
「チケット代、これで交換にしよ! オレはコーラ。あとは、ジンジャーエールとオレンジジュース買ってきた。チュロスの味は三つ違うから、好きなのとっていいよ。あとポップコーンは無難に塩で統一したわ」
『あたし、オレンジジュース! ゆきちゃんはジンジャーエールね。チュロス、シナモン以外なら食べれるから、ゆきちゃん、シナモン食べてよ』
「はいはい。ん?」
「なんかゆきちゃんとヴィオちゃんのコンビ、息合ってる」
ケラケラと笑いながら係の人にチケットを手渡す梶くんだけど、どこまでも明るくて、気が利いて、見た目だって垢抜けてカッコいいし、憧れてしまう。
『トラちゃん、カッコイイねぇ』
「そうだね……」
『ゆきちゃんは、相手のこと大切にするところが素敵だよ? ほら、置いてかれちゃう。ヤバい。めっちゃ映画、楽しみぃ!』
ヴィオは改めて僕の背中に乗ると、梶くんの背中を指差した。
マフラーをほどいても、ヴィオの腕の重みをうっすらと感じる。
少し暑く感じるのも、ヴィオのせいだろうか。
「席、後ろだから、見やすいと思うよ」
『やったぁ!』
僕らの席は、一番後ろの列の、ど真ん中。
というのも、平日のお昼前、中度半端な時間なのと、ロングランしているせいか、観客が僕ら含めて10人もいなかったのだ。平日の映画館なんて、こんなものなのかもしれない。
お客さんの入場が終わったのもあり、改めて梶くんにファントムチェックをしてもらう。
「誰にも憑いてない。よーし、楽しもうぜぇ」
僕と梶くんの間が空いている。そこにヴィオが腰を下ろしているのだけれど、側から見ると、わざと席を開けて座っている友達、みたいに見えるのかな。
『わぁ~! 絵柄が違うっ。すごい、キレイだねぇ~』
「……静かにしてよ」
『いいじゃん、あたしの声、誰にも聞こえないし』
見ると、梶くんには触れずに喋っているようだ。
『あたし、この映画、大好き。ゆきちゃんと見れて嬉しいっ』
「そっか。僕は、あんまし」
『なら、今日、好きになるよ!』
映画の注意から、最新作のCM動画が終わり、すぐに可愛らしい緑色のタヌキのキャラクターがコミカルに動きだした────
ストーリーは、新興住宅地として開拓が進む森で、妖怪と偶然出会ったタヌえモンが、妖怪と人間の抗争に巻き込まれていく、というもの。
ターゲットが小学生の映画だけあって、友情、努力、勝利が散りばめられた、緩急あるわかりやすい作品だ。
エンドロールも流れ終え、ちょうど2時間。明るくなった室内だが、まだ2人は立てていない。
なぜなら……
「ヤバ、ゆきちゃん、これ、泣けてマジ、ヤバ……。あのミル美ちゃんがさ、最後には妖怪を許して、さらには、手を差し伸べて……うぐっ!」
『手をさ、シーサーがちょこって、ちょこって、触るのが、もうっ! もう……だめだ……あぁ……涙がどばんだいっ』
僕はというと、横でワーワーしゃべる死神のせいで、全然集中ができなかった。
いや、それは言い訳だ。
白く浮かぶヴィオの顔が、どこか懐かしい顔に見えて仕方がなかった。
それが誰かが気になって、喉の奥の小骨のようで、集中できなかった。
『ゆぎぢゃんも、好きになっだじょ?』
もう涙と鼻水でぐずぐずのヴィオに、「まあ」と返すと、肩を叩かれた。全く痛くはなかったけど。
だらだらと会場を出て、すぐにトイレ問題が。
ヴィオは慣れたもので、目隠しで難を逃れ、僕たちは再びロビーへと戻ってきた。
梶くんの足が急に止まる。
みるみる顔つきが険しくなっていく。
「……急げ。ヤバい! エレベーターまで走れぇっ!」
梶くんの声に合わせて、ヴィオがいきなり顔を手で覆った。
『臭っ! なにこれ! めっちゃいるっ』
「いくぞ、ほら見つかる! ……見つかったぁぁぁ!」
一番僕がわからないため、再び引っ張られながらエレベーターへ駆け込んでいく。
「閉まれ閉まれ閉まれ!」
梶くんの声が呪文のようだ。
ヴィオは僕にしっかりしがみついて、すんすんと鼻を鳴らしている。
『やばい、四方八方にいる……』
右手にチケットを持っている女性が、どうしてか大股でこちらへ向かってくる。
閉まりかけたエレベーターを見つめる目じゃない。
「……僕を、見てる……」
釣り上がった目に、細く歪んだ唇。
引きつった笑顔で僕を見つめて、不気味すぎる。
もしかすると、ファントムにはこんな顔がいっぱいついているのかもしれない。
異様で、目つきに生気がないし、何より視線だけなのに、恐怖が体にへばりついて、手が震える。
少しでも距離を取ろうと下がるけど、ここはエレベーターだ。
四方が壁!
「早く早く早く!」
梶くんの声とは裏腹に、ようやく閉まり始めた扉。
なのに止まらない女性の足。
赤いヒールがガツンガツンと床を鳴らす。
エレベーターは古いままのため、建て付けの悪い扉のように、軋む音を立てながら、ガタン、ガタンと隙間を埋めていく。
閉まりかけた瞬間、あの女の人の手が差し込まれた。
「ひっ!」
長い爪をひっかけるように扉を掴んだ手を、躊躇なく、梶くんの足が蹴り下ろされる。
「誰が乗せるかぁ!」
この言葉は、僕を守りたい、というよりは、彼が見えているグロテスクなファントムと同乗したくない、という意味だと僕は直感的に理解した。
どうにか閉まり、安全地帯となったエレベーターで一息つくけれど、
「ね、」
「なんだよ、ゆきちゃん」
「もしかしたら、一階にファントム背負った人たちが集まってるとかって、ある……?」
『……だ、ダッシュの準備! ってか、あたし、ファントム、斬る? 斬っちゃう?』
「ヴィオちゃん、ひと薙ぎで何体切れる?」
『1体まで、です』
「「温存」」
僕らの意見が一致したところで、古いエレベーターは、結構な振動を立てて、じんわりと止まった。
「走るぞ、ゆきちゃんっ」
梶くんがいきなり僕の右手首を握った。
額からの汗が粒になって頬を伝っている。
『ゴー! ゴー! ゴー!』
外国映画のように、ヴィオの叫びで飛び出した僕たちは、1階の店舗を繋ぐ通路を走り出す。
朝同様、引っ張られるように走っていくけど、僕でもわかる。
目つきが全く違う。
ファントムが憑いている人が、あっちこっちに、いる……!
いつの間にか改装されていたようだ。
小洒落たレトロな映画館になっている。
1階は雑貨屋とカフェがあり、2階に映画館がある。
昔は1階にも映画館が入っていた記憶があるが、自信がないので話題には出さなかった。
チケットを購入しようと、カウンターで指を3本立てる。
席に余裕があるというので、どの席がいいか決めようとした時、僕にぶら下がっていたヴィオの手が、僕の人差し指を握った。
『2、だよ! あたし、席いらないし』
「でも、せっかくだから、席、取ろう?」
カウンターのお姉さんは少し不思議な顔をしたけれど、3席分のチケットを出してくれた。
すぐロビーに戻ると、梶くんが両手いっぱいにフードを抱えている。
「チケット代、これで交換にしよ! オレはコーラ。あとは、ジンジャーエールとオレンジジュース買ってきた。チュロスの味は三つ違うから、好きなのとっていいよ。あとポップコーンは無難に塩で統一したわ」
『あたし、オレンジジュース! ゆきちゃんはジンジャーエールね。チュロス、シナモン以外なら食べれるから、ゆきちゃん、シナモン食べてよ』
「はいはい。ん?」
「なんかゆきちゃんとヴィオちゃんのコンビ、息合ってる」
ケラケラと笑いながら係の人にチケットを手渡す梶くんだけど、どこまでも明るくて、気が利いて、見た目だって垢抜けてカッコいいし、憧れてしまう。
『トラちゃん、カッコイイねぇ』
「そうだね……」
『ゆきちゃんは、相手のこと大切にするところが素敵だよ? ほら、置いてかれちゃう。ヤバい。めっちゃ映画、楽しみぃ!』
ヴィオは改めて僕の背中に乗ると、梶くんの背中を指差した。
マフラーをほどいても、ヴィオの腕の重みをうっすらと感じる。
少し暑く感じるのも、ヴィオのせいだろうか。
「席、後ろだから、見やすいと思うよ」
『やったぁ!』
僕らの席は、一番後ろの列の、ど真ん中。
というのも、平日のお昼前、中度半端な時間なのと、ロングランしているせいか、観客が僕ら含めて10人もいなかったのだ。平日の映画館なんて、こんなものなのかもしれない。
お客さんの入場が終わったのもあり、改めて梶くんにファントムチェックをしてもらう。
「誰にも憑いてない。よーし、楽しもうぜぇ」
僕と梶くんの間が空いている。そこにヴィオが腰を下ろしているのだけれど、側から見ると、わざと席を開けて座っている友達、みたいに見えるのかな。
『わぁ~! 絵柄が違うっ。すごい、キレイだねぇ~』
「……静かにしてよ」
『いいじゃん、あたしの声、誰にも聞こえないし』
見ると、梶くんには触れずに喋っているようだ。
『あたし、この映画、大好き。ゆきちゃんと見れて嬉しいっ』
「そっか。僕は、あんまし」
『なら、今日、好きになるよ!』
映画の注意から、最新作のCM動画が終わり、すぐに可愛らしい緑色のタヌキのキャラクターがコミカルに動きだした────
ストーリーは、新興住宅地として開拓が進む森で、妖怪と偶然出会ったタヌえモンが、妖怪と人間の抗争に巻き込まれていく、というもの。
ターゲットが小学生の映画だけあって、友情、努力、勝利が散りばめられた、緩急あるわかりやすい作品だ。
エンドロールも流れ終え、ちょうど2時間。明るくなった室内だが、まだ2人は立てていない。
なぜなら……
「ヤバ、ゆきちゃん、これ、泣けてマジ、ヤバ……。あのミル美ちゃんがさ、最後には妖怪を許して、さらには、手を差し伸べて……うぐっ!」
『手をさ、シーサーがちょこって、ちょこって、触るのが、もうっ! もう……だめだ……あぁ……涙がどばんだいっ』
僕はというと、横でワーワーしゃべる死神のせいで、全然集中ができなかった。
いや、それは言い訳だ。
白く浮かぶヴィオの顔が、どこか懐かしい顔に見えて仕方がなかった。
それが誰かが気になって、喉の奥の小骨のようで、集中できなかった。
『ゆぎぢゃんも、好きになっだじょ?』
もう涙と鼻水でぐずぐずのヴィオに、「まあ」と返すと、肩を叩かれた。全く痛くはなかったけど。
だらだらと会場を出て、すぐにトイレ問題が。
ヴィオは慣れたもので、目隠しで難を逃れ、僕たちは再びロビーへと戻ってきた。
梶くんの足が急に止まる。
みるみる顔つきが険しくなっていく。
「……急げ。ヤバい! エレベーターまで走れぇっ!」
梶くんの声に合わせて、ヴィオがいきなり顔を手で覆った。
『臭っ! なにこれ! めっちゃいるっ』
「いくぞ、ほら見つかる! ……見つかったぁぁぁ!」
一番僕がわからないため、再び引っ張られながらエレベーターへ駆け込んでいく。
「閉まれ閉まれ閉まれ!」
梶くんの声が呪文のようだ。
ヴィオは僕にしっかりしがみついて、すんすんと鼻を鳴らしている。
『やばい、四方八方にいる……』
右手にチケットを持っている女性が、どうしてか大股でこちらへ向かってくる。
閉まりかけたエレベーターを見つめる目じゃない。
「……僕を、見てる……」
釣り上がった目に、細く歪んだ唇。
引きつった笑顔で僕を見つめて、不気味すぎる。
もしかすると、ファントムにはこんな顔がいっぱいついているのかもしれない。
異様で、目つきに生気がないし、何より視線だけなのに、恐怖が体にへばりついて、手が震える。
少しでも距離を取ろうと下がるけど、ここはエレベーターだ。
四方が壁!
「早く早く早く!」
梶くんの声とは裏腹に、ようやく閉まり始めた扉。
なのに止まらない女性の足。
赤いヒールがガツンガツンと床を鳴らす。
エレベーターは古いままのため、建て付けの悪い扉のように、軋む音を立てながら、ガタン、ガタンと隙間を埋めていく。
閉まりかけた瞬間、あの女の人の手が差し込まれた。
「ひっ!」
長い爪をひっかけるように扉を掴んだ手を、躊躇なく、梶くんの足が蹴り下ろされる。
「誰が乗せるかぁ!」
この言葉は、僕を守りたい、というよりは、彼が見えているグロテスクなファントムと同乗したくない、という意味だと僕は直感的に理解した。
どうにか閉まり、安全地帯となったエレベーターで一息つくけれど、
「ね、」
「なんだよ、ゆきちゃん」
「もしかしたら、一階にファントム背負った人たちが集まってるとかって、ある……?」
『……だ、ダッシュの準備! ってか、あたし、ファントム、斬る? 斬っちゃう?』
「ヴィオちゃん、ひと薙ぎで何体切れる?」
『1体まで、です』
「「温存」」
僕らの意見が一致したところで、古いエレベーターは、結構な振動を立てて、じんわりと止まった。
「走るぞ、ゆきちゃんっ」
梶くんがいきなり僕の右手首を握った。
額からの汗が粒になって頬を伝っている。
『ゴー! ゴー! ゴー!』
外国映画のように、ヴィオの叫びで飛び出した僕たちは、1階の店舗を繋ぐ通路を走り出す。
朝同様、引っ張られるように走っていくけど、僕でもわかる。
目つきが全く違う。
ファントムが憑いている人が、あっちこっちに、いる……!
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
M性に目覚めた若かりしころの思い出
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
僕とやっちゃん
山中聡士
青春
高校2年生の浅野タケシは、クラスで浮いた存在。彼がひそかに思いを寄せるのは、クラスの誰もが憧れるキョウちゃんこと、坂本京香だ。
ある日、タケシは同じくクラスで浮いた存在の内田靖子、通称やっちゃんに「キョウちゃんのこと、好きなんでしょ?」と声をかけられる。
読書好きのタケシとやっちゃんは、たちまち意気投合。
やっちゃんとの出会いをきっかけに、タケシの日常は変わり始める。
これは、ちょっと変わった高校生たちの、ちょっと変わった青春物語。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
生活
shun.y
青春
人には、毎日違う生活がある。
嬉しいことがあった日、何をやっても上手くいかない日。毎日の新しい日々をあなたはどんな思いで過ごしていますか?
少し立ち止まって、人の生活を覗いてみてください。読み終わったときに新しい何かがあなたの中に芽生えていてくだされば、幸いです。
【完結】君への祈りが届くとき
remo
青春
私は秘密を抱えている。
深夜1時43分。震えるスマートフォンの相手は、ふいに姿を消した学校の有名人。
彼の声は私の心臓を鷲掴みにする。
ただ愛しい。あなたがそこにいてくれるだけで。
あなたの思う電話の相手が、私ではないとしても。
彼を想うと、胸の奥がヒリヒリする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる