8時間の生き直し

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第1話 死神と僕

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 僕の16年の人生が、あと5時間で閉じる。
 ……らしい。

 理由は──

『ゆきちゃん、あそこのキッチンカー、クレープ?』
「え、あ、そうだけど。死神なのにまだ食べるの?」
『食べたいの!』

 頬をふくらませて言うのは、僕にしか見えない、少女の死神・ヴィオだ。
 死神が憑いた人間は、だいたい8時間後に死ぬのが決まっているんだそう。

『あたしね、チョコたっぷりなのがいいなー』
「オケ。ヴィオちゃんは、チョコクレープね。ゆきちゃんは?」

 梶くんが僕の名前を呼ぶのが、まだ慣れない。
 なぜなら、陰キャの僕とは不釣り合いの、イケメン&陽キャの梶くんだ。
 僕なんかが隣にいるのは、とってもおかしいことなんだけど……

「えっと、バナナが入った、やつ……?」
「絶対あるわ、それ! オケ。待ってて~」

 ……この状況を説明するには、ちょうど3時間前になる。




 すっかり秋に染まった街は、枯葉と一緒に気温も落ちる。
 寒いのが苦手な僕は、学ランの詰襟を上まで閉めると、マフラーを鼻先まで巻いて、指先が冷えないようにズボンに手を入れてから、徒歩で学校に向かう。
 歩いている間、地元の高校だから、幼稚園からいっしょの奴も通り過ぎるけれど、僕もむこうも挨拶すらしない。

 理由は簡単。
 僕が相手の名前を呼ばないから。

 たったそれだけのことだけど、僕は周りと距離を縮められず、高校生までになった。
 でも、これからの人生も、僕は人の名前は絶対に呼ばない。

 呼ぶことが、できない────

 そんな変わらない、いつもの朝。
 ……のはずだったのに、通学路の交差点でいつもが変化した。

 交通事故だ。
 それも、僕を巻き込んでの。

 横断歩道の信号待ち、青信号を確認してからの一歩。
 そこに突進してきた車が一台。

 死ぬ瞬間はスローモーションだなんて、嘘だと思っていたのに本当だなんて。

 これで死ぬのか………

 僕はこの死に方に納得した。
 ようやくきただと、瞼を下ろす。
 なのに、僕の体が意図せずよろけてしまう。
 いや、後ろへ引っ張られた?
 尻餅をついた結果、僕をかすめて車が通り過ぎていく。
 ただ、すぐ先の電柱にぶつかり、車は大きくひしゃげてしまう。

『ふぅ~、どうにかなったぁ! よし、最後まで頑張ろうっ』

 この喧騒のなか、よく通る声だと、立ち上がりながら振り返ると、ガッツポーズをする見知らぬ女の子がいる。
 年齢は同じぐらいだろうか。
 だけど、どうみても地面から浮いているし、格好が変だ。
 黒いローブを着込んで、背中には身長より大きな鎌が。
 彼女はくるぶしまである紫色のドレスの裾をつまみ、ふわりと移動した。
 それも、僕の後ろへ。

 これは、憑いた、というべき……?

「……え? 君、だ、誰?」
『え? ええ!? 死神のあたしのこと、見えるの!?』

 死神……?

 お互いに見つめて固まった瞬間、僕の手首がいきなり掴まれた。
 僕を引っぱり走り出したのは、クラスメイトの陽キャ&イケメンの梶くんだ。

「ちょ、あの、」
「ヤバい! あれヤバい! 佐伯のこと狙ってる! とにかく逃げよっ!」

 染めた髪に、左耳のピアスが揺れる。
 僕はそれを見上げながら、落ちかけたバッグを握り、もつれる足を必死に前に出す。
 だけど、梶くんの足の速さは尋常じゃない。
 何度も何度も振り返り、その度に顔の色を青から白へ変えていく。
 どう見ても、恐怖だ……

「なんで、あいつ、人の背中つたってこっちに来るんだよ……!」

 焦って叫ぶ梶くんに、後ろの女の子はスイスイっと顔を寄せ、呑気に笑っている。

『この人も、あたしが見えてる? 見えてない? 見えてたらうれしいなー』

 ひょこひょこと動く彼女に向けて、梶くんの視線はない。
 もっと後ろの、でも、近くだ。
 僕は見えないものに追われる感覚に、寒気が止まらない。

「あ、おい、トラぁ、学校はぁ?」

 梶くんと同じグループの男子だ。
 彼の横を通り過ぎる際、トラと呼ばれた梶くんは、走りながら叫び返す。

「サボるわーーーっ!」
「……ええええっっ!!!!」

 そのまま引きずられるように、裏路地のカフェへと向かっていた────
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