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2、最近流行りの転生モノってヤツですわ③
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「マリア様は本日、招待を受けて皇宮主催の茶会へと参加なさっていました。全国から淑女がお集まりになられ、ランドルフ皇子と謁見して交友を深める……つまり妻の座を巡って争っていたという訳です」
「え、ええ。順当によくある展開ね……」
「しかし、殿下は此度の茶会にはあまり乗り気でなかったようで、終始不機嫌でおられました」
「なるほど」
「多くの令嬢を袖にする殿下を見て、なにか思うところがあったのでしょう。マリア様はつかつかかのお方に歩み寄ると、大変な嫌味を食らわせながら殿下を鮮やかに牽制致しました。しかしそんな最中に平民の子供が殿下に向かって魔法をかけた石を投げてきまして……」
急に流血の香りがしだす話にごくりと唾を飲む。レイは勿体ぶるように息を吸い込むと、労わるようにそっとマリアの白魚の手を握った。表情とのちに続く言葉が合っていない。何せ、
「マリア様が、その石を右拳で粉砕致しました」
……との、ことである。
「ふんさッ!?………は!!」
ぶわっとコマ送りでプレイバックしてくるその映像に目を見開いて、あきらはわなわなと拳を震わせる。そうだ。その通りだ。おそらくマリアの意識に丁度歩道橋から転落死したあきらがリンクしたのだろう。命の危機に防衛本能が無意識に働いて殴り飛ばしてしまったのだ。 困った時にとりあえず拳で全てを解決しようとするのは、何を隠そう仕事終わりにゲーセンでパンチングマシーンを殴ることの他何も楽しみがなかった元底辺社畜あきらの元からの性格だった。
「あ、ああ~……」
「思い出されましたか、マリア様?」
「え、ええ。まあ。あの子はどうなった、のかしら。それから殿下も。もしも怪我をしていたらわたくしのメンツが丸潰れだわ」
「子供であれば、皇宮の警備員に縄をかけられていきました。おそらく極刑までは免れると思いますが……とはいえ皇族に投石ですから、どうなることか」
重苦しい息を吐いて、レイがそっと目をそらす。見たところ彼らは身分の低そうな子供だったはずだ。
今でこそこれほどきっちりと従者服を着こなし、髪を整えて背筋を伸ばしているレイだが、公式設定によると彼の出自は帝国の貧民街──すなわちスラムである。自身と同じような出自のものである子供に思うところがあるのだろうか。マリアは静かにかつての彼の姿を脳裏に浮かべた。
するとどうだろう、あきらではない誰か、つまりマリアの記憶のひとつが引っ張り出された。ぼろ切れのような衣服を纏い、幼い体は痩せ細り、それでも土に爪を立てながらこちらを強く見据える少年の姿だ。汚泥に汚れていても分かる藤色の髪、藤色の瞳。
あ、と思う。
これはきっと、出会った頃のレイだと。
なんだか見てはならないものを見たような気がして、マリアはその記憶を追い出そうとかぶりを振った。
「……あの子、多分十分にご飯も食べていなかったんでしょうね。もしもあなたがあの立場だったら、やっぱり皇子に石を投げた?」
「私だったら、ですか」
「ええ。貴方はやさしいから投げないかしら。私はきっと、投げていたわ」
小さく笑うと、レイが優しげにこちらを覗き込んできた。その柔らかく綺麗な表情にどきっとする。あきらがフィオナとしてプレイしていた頃は見た事のない、スチルや立ち絵では表現出来ない顔だった。
「お優しいのはマリア様でいらっしゃいますよ。だって貴女は、あの皇子すらお助けになった」
「それはまあ、帝国の重鎮ですし」
「それから質問への回答ですが、私なら投石など生温いことはしません。確実に殺せるよう、毒を塗った暗器で刺します。さきの彼は──皇子はそのくらい、不注意で隙だらけだった」
「レイ……」
「ですから。貴方はたいへん幸福なのですよ、ランドルフ殿下」
「え!?」
不意に扉の方に視線を向けたレイが割合に冷たい音で言った。しばしの沈黙の末、キィと渋い音を立てて扉が開く。
そこには黒衣を纏う、華奢ですらりと背の高い少年が顰め面で腕を組んで立っていた。
「……ふん」
「え、ええ。順当によくある展開ね……」
「しかし、殿下は此度の茶会にはあまり乗り気でなかったようで、終始不機嫌でおられました」
「なるほど」
「多くの令嬢を袖にする殿下を見て、なにか思うところがあったのでしょう。マリア様はつかつかかのお方に歩み寄ると、大変な嫌味を食らわせながら殿下を鮮やかに牽制致しました。しかしそんな最中に平民の子供が殿下に向かって魔法をかけた石を投げてきまして……」
急に流血の香りがしだす話にごくりと唾を飲む。レイは勿体ぶるように息を吸い込むと、労わるようにそっとマリアの白魚の手を握った。表情とのちに続く言葉が合っていない。何せ、
「マリア様が、その石を右拳で粉砕致しました」
……との、ことである。
「ふんさッ!?………は!!」
ぶわっとコマ送りでプレイバックしてくるその映像に目を見開いて、あきらはわなわなと拳を震わせる。そうだ。その通りだ。おそらくマリアの意識に丁度歩道橋から転落死したあきらがリンクしたのだろう。命の危機に防衛本能が無意識に働いて殴り飛ばしてしまったのだ。 困った時にとりあえず拳で全てを解決しようとするのは、何を隠そう仕事終わりにゲーセンでパンチングマシーンを殴ることの他何も楽しみがなかった元底辺社畜あきらの元からの性格だった。
「あ、ああ~……」
「思い出されましたか、マリア様?」
「え、ええ。まあ。あの子はどうなった、のかしら。それから殿下も。もしも怪我をしていたらわたくしのメンツが丸潰れだわ」
「子供であれば、皇宮の警備員に縄をかけられていきました。おそらく極刑までは免れると思いますが……とはいえ皇族に投石ですから、どうなることか」
重苦しい息を吐いて、レイがそっと目をそらす。見たところ彼らは身分の低そうな子供だったはずだ。
今でこそこれほどきっちりと従者服を着こなし、髪を整えて背筋を伸ばしているレイだが、公式設定によると彼の出自は帝国の貧民街──すなわちスラムである。自身と同じような出自のものである子供に思うところがあるのだろうか。マリアは静かにかつての彼の姿を脳裏に浮かべた。
するとどうだろう、あきらではない誰か、つまりマリアの記憶のひとつが引っ張り出された。ぼろ切れのような衣服を纏い、幼い体は痩せ細り、それでも土に爪を立てながらこちらを強く見据える少年の姿だ。汚泥に汚れていても分かる藤色の髪、藤色の瞳。
あ、と思う。
これはきっと、出会った頃のレイだと。
なんだか見てはならないものを見たような気がして、マリアはその記憶を追い出そうとかぶりを振った。
「……あの子、多分十分にご飯も食べていなかったんでしょうね。もしもあなたがあの立場だったら、やっぱり皇子に石を投げた?」
「私だったら、ですか」
「ええ。貴方はやさしいから投げないかしら。私はきっと、投げていたわ」
小さく笑うと、レイが優しげにこちらを覗き込んできた。その柔らかく綺麗な表情にどきっとする。あきらがフィオナとしてプレイしていた頃は見た事のない、スチルや立ち絵では表現出来ない顔だった。
「お優しいのはマリア様でいらっしゃいますよ。だって貴女は、あの皇子すらお助けになった」
「それはまあ、帝国の重鎮ですし」
「それから質問への回答ですが、私なら投石など生温いことはしません。確実に殺せるよう、毒を塗った暗器で刺します。さきの彼は──皇子はそのくらい、不注意で隙だらけだった」
「レイ……」
「ですから。貴方はたいへん幸福なのですよ、ランドルフ殿下」
「え!?」
不意に扉の方に視線を向けたレイが割合に冷たい音で言った。しばしの沈黙の末、キィと渋い音を立てて扉が開く。
そこには黒衣を纏う、華奢ですらりと背の高い少年が顰め面で腕を組んで立っていた。
「……ふん」
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