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1、どうぞ宜しく、皆々様③
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上から厚切りの燻製ベーコンと朝採れ卵のサンドイッチ、プレーンなスコーン、苺や季節の果実が贅沢に使われたペストリー。流石は皇宮主催とあって、ケーキスタンド上には一流の料理ばかりが乗っている。先程マリアの後ろに立っていた従者の少年は、楽しげに茶を嗜むどの令嬢よりも興味深そうにその料理たちを眺めていた。
「レイ。はしたなくてよ」
マリアがついと袖を引いた。レイと呼ばれた従者は「すみません」と呟いて、数歩下がる。
「皇宮主催のパーティーですと、やはり料理に手が込んでいるもので……つい。お屋敷で振る舞えたらと思ってしまいまして」
「仕事熱心なのは良いことだけれど、ここがただのお遊戯場で無いことは忘れないことね」
「はい、マリア様」
再度頭を下げたレイを一瞥し、マリアは息を吐いた。口元に手を当てて呟く。横目でちらりと皇子を見やった。彼は集まる令嬢たちなどに目もやらず、ただ椅子に掛けて長い足を組んでいる。頬杖さえ着いたその姿にはアンニュイな色気が滲んでいた。とても12歳ぽっちの少年には見えない。
「それにしても。ランドルフ殿下はずいぶん退屈していらっしゃるみたいね」
「ええ。先程からお茶にもお食事にも手をつけず、声をお掛けになるご令嬢方を軒並みあしらっていらっしゃいます」
「いいご身分ですこと」
マリアは眉をひそめて、吐き捨てるように言った。元より男としての彼に興味のないマリアは、ただ鬱々としている彼の我侭さに正直辟易しているのだ。皇子である以上、彼には相応の振る舞いが求められるはず。自らが努力の人であるだけに、自分より身分のある人物が相応しい振る舞いをしないことが認めがたいのだ。そんな子供っぽさでいえば、わたくしも彼も大差ないわねと笑った。
「お声掛けにならないのですか?」
「あの状態で声を掛けても、わたくしのことを視界に入れもしないでしょうから。
……そうね。もう少し人が引くか、何か良い偶然でもあれば……」
「良い偶然、ですか。では僭越ながらこの私めが殿下の足元に石でも投擲致しましょうか」
「レイ。まさか本気で言っている訳ではないのよね?つまらない冗談はよして」
「失礼。マリア様が険しいお顔をなさっていたので」
「貴方、ジョークのセンスがないわ」
「手厳しいことを仰る人だ。精進します」
くすくすと微笑む従者にため息をついて、マリアは人気の掃けてきた皇子の近くに歩いていく。後ろに付き従っているはずの従者が、ふと庭園の外を見た気配がした。
「どうかしたの?」
「いえ。平民の子でしょうか。貧しい身なりの子が、こちらを」
「食事の香りに誘われてしまったのかしら。下手に見つからなければいいわね。こちらが主催ではないし、勝手になにかしてあげることもできないから」
「普通のご令嬢は、乞食の子如きに何かしてやろうとは思いませんよ。あなたが特別やさしいのです」
「夢を見すぎだわ。わたくしはわたくしに利益を生まない者に心を砕いたりしなくてよ」
「マリア様がご自身をそう評しても、私はそれに救われたのです。このレイ、貴女様が例えどうなり何を為そうとも、生涯お仕えしますとも」
「貴方はいつでも大仰ね」
「マリア様あっての今の私ですから、大仰にもなるというものですよ。貴女は私の世界です」
とびきり甘い声音で囁かれると、マリアは「そう」とだけ零した。靡かない人だな、とレイは呟くが、マリアはさっさと皇子の方へ向かっていた。レイは誰に聞かれることもなく空気に消えた思わせぶりな言葉に自分で苦笑して、少し離れたところから談笑する様子を見ていることにした。
「ごきげんよう、ランドルフ殿下。ご挨拶が遅れてごめんなさいまし。
マリア・オートクチュールと申します。本日はお目にかかれて光栄ですわ」
ついとそっぽを向いたままの皇子に業を煮やしながら、マリアは名乗り、お手本の如き微笑をキープする。けれど、名乗るどころか一向にこちらを見もしない皇子の不遜な態度にあてられて、堪らずそっと皮肉を言った。
「先程からお食事もお話もなさっていないようですけれど、お身体でも悪くしていますの?」
その言葉で、彼はようやくじろりとこちらに視線を投げてくる。実に、実に不機嫌そうな顔だ。気遣いの奥に滲む棘に気がついたのだろうか。世が世なら不敬罪で首が飛んでも致し方ない事情だが、マリアは動じもせずに澄まし顔で続けた。
「春の風邪は厄介ですわ。どうかご自愛なさって下さいませ。お食事が喉を通らなくとも、お茶は身体を温めます。宜しければ、新しいものを注ぎますわよ」
ティーポットに手を伸ばそうとすると、その手をぱんと弾かれる。弾いたのは他でもない、皇子だ。
彼は睨めつけるように、低く唸った。
「レイ。はしたなくてよ」
マリアがついと袖を引いた。レイと呼ばれた従者は「すみません」と呟いて、数歩下がる。
「皇宮主催のパーティーですと、やはり料理に手が込んでいるもので……つい。お屋敷で振る舞えたらと思ってしまいまして」
「仕事熱心なのは良いことだけれど、ここがただのお遊戯場で無いことは忘れないことね」
「はい、マリア様」
再度頭を下げたレイを一瞥し、マリアは息を吐いた。口元に手を当てて呟く。横目でちらりと皇子を見やった。彼は集まる令嬢たちなどに目もやらず、ただ椅子に掛けて長い足を組んでいる。頬杖さえ着いたその姿にはアンニュイな色気が滲んでいた。とても12歳ぽっちの少年には見えない。
「それにしても。ランドルフ殿下はずいぶん退屈していらっしゃるみたいね」
「ええ。先程からお茶にもお食事にも手をつけず、声をお掛けになるご令嬢方を軒並みあしらっていらっしゃいます」
「いいご身分ですこと」
マリアは眉をひそめて、吐き捨てるように言った。元より男としての彼に興味のないマリアは、ただ鬱々としている彼の我侭さに正直辟易しているのだ。皇子である以上、彼には相応の振る舞いが求められるはず。自らが努力の人であるだけに、自分より身分のある人物が相応しい振る舞いをしないことが認めがたいのだ。そんな子供っぽさでいえば、わたくしも彼も大差ないわねと笑った。
「お声掛けにならないのですか?」
「あの状態で声を掛けても、わたくしのことを視界に入れもしないでしょうから。
……そうね。もう少し人が引くか、何か良い偶然でもあれば……」
「良い偶然、ですか。では僭越ながらこの私めが殿下の足元に石でも投擲致しましょうか」
「レイ。まさか本気で言っている訳ではないのよね?つまらない冗談はよして」
「失礼。マリア様が険しいお顔をなさっていたので」
「貴方、ジョークのセンスがないわ」
「手厳しいことを仰る人だ。精進します」
くすくすと微笑む従者にため息をついて、マリアは人気の掃けてきた皇子の近くに歩いていく。後ろに付き従っているはずの従者が、ふと庭園の外を見た気配がした。
「どうかしたの?」
「いえ。平民の子でしょうか。貧しい身なりの子が、こちらを」
「食事の香りに誘われてしまったのかしら。下手に見つからなければいいわね。こちらが主催ではないし、勝手になにかしてあげることもできないから」
「普通のご令嬢は、乞食の子如きに何かしてやろうとは思いませんよ。あなたが特別やさしいのです」
「夢を見すぎだわ。わたくしはわたくしに利益を生まない者に心を砕いたりしなくてよ」
「マリア様がご自身をそう評しても、私はそれに救われたのです。このレイ、貴女様が例えどうなり何を為そうとも、生涯お仕えしますとも」
「貴方はいつでも大仰ね」
「マリア様あっての今の私ですから、大仰にもなるというものですよ。貴女は私の世界です」
とびきり甘い声音で囁かれると、マリアは「そう」とだけ零した。靡かない人だな、とレイは呟くが、マリアはさっさと皇子の方へ向かっていた。レイは誰に聞かれることもなく空気に消えた思わせぶりな言葉に自分で苦笑して、少し離れたところから談笑する様子を見ていることにした。
「ごきげんよう、ランドルフ殿下。ご挨拶が遅れてごめんなさいまし。
マリア・オートクチュールと申します。本日はお目にかかれて光栄ですわ」
ついとそっぽを向いたままの皇子に業を煮やしながら、マリアは名乗り、お手本の如き微笑をキープする。けれど、名乗るどころか一向にこちらを見もしない皇子の不遜な態度にあてられて、堪らずそっと皮肉を言った。
「先程からお食事もお話もなさっていないようですけれど、お身体でも悪くしていますの?」
その言葉で、彼はようやくじろりとこちらに視線を投げてくる。実に、実に不機嫌そうな顔だ。気遣いの奥に滲む棘に気がついたのだろうか。世が世なら不敬罪で首が飛んでも致し方ない事情だが、マリアは動じもせずに澄まし顔で続けた。
「春の風邪は厄介ですわ。どうかご自愛なさって下さいませ。お食事が喉を通らなくとも、お茶は身体を温めます。宜しければ、新しいものを注ぎますわよ」
ティーポットに手を伸ばそうとすると、その手をぱんと弾かれる。弾いたのは他でもない、皇子だ。
彼は睨めつけるように、低く唸った。
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