138 / 139
138 LB証券東京支店(2)
しおりを挟む
午後四時、山口はロンドンに電話した。
「ルパート。驚いた。売れたぜ」買った相手はどこかの外国人だと聞いた。
「……だろ?」
「今日び世の中はどうなっているんだ。おれたち隔絶されているのか」
「そういうこともあるさ」
山口は隣の真紀子の方を見た。
「伊藤、こいつな、すげえ女ったらしで、殆どの女の客とできてるんだとさ」
伊藤真紀子はヘッドホンをつけてアラン・キャンベルの写真を眺めながら電話していた。聞いちゃいねえ。
「マキ?」電話を取ると同時にアラン・キャンベルが真紀子の名を呼んだ。
「売れましたー!」
「ありがとう。クライアントも喜んでいる。僕も嬉しい」
「どういたしましてー」
「君のおかげだ。楽しい夜を。じゃあまた」
真紀子は電話が切れてもまだスクリーンを眺めている。やれやれと山口は首を振った。
そろそろ帰ろうかと思っていたら、山口の携帯が鳴った。非通知と出た。誰だろう。
「もしもし?」
「タック?」外人だ。
「そうです」英語になった。
「アラン・キャンベルだ。今日はありがとう。実は頼みがある」
そもそもなんでプライベートの携帯をこいつが知っているんだ。初めて直接話す相手とはいえ、山口には言いたいことがあった。
「あのなあ、あんなプライス出されると、怪しい取引だって言われて当局に報告されるぞ。とばっちりはごめんだからな」
「報告されていないよな」
「今日はされてないが、次は断る」
「わかった」――なんだ、結構素直じゃん。
「で、頼みがあるんだが」
「なんだい」
「あのプライスで買った相手が誰かを知りたい」
トレーダーから外国人だとは聞いている。しかしブローカーがどこかはわかるが、普通、客の名前までは……。
「すぐわかるかどうか」
「調べてくれ」
カチンと来て、山口は押し黙った。なんでおまえに何かしろと言われなきゃならないんだ。すると相手が言い方を変えた。
「できれば調べてもらえると、とても助かるんだが。重要なんだ」
英語に丁寧な言い回しがあるとすれば、今彼が言ったのはそれにあたる。
「まあ……訊いてみるよ」
「この携帯に連絡をくれ。何時でもかまわない」相手は44で始まる番号を言った。
山口の問い合わせが知り合いから知り合いを回り、それが知り合いの知り合いを経てようやく戻ってきた。翌日の昼になっていた。ロンドンは夜中の三時。何時でもいいと言っていたので、山口はアラン・キャンベルが言っていた番号に携帯から電話した。
ツー・コール目に返事があった。
「……タック?」少し声が擦れている。
「わかったか」
外国人の名前を言った。個人だった。
「ちょっと待ってくれ」
直後に何か物が落ちるような音が伝わってきた。イテエ……という声が聞こえたような気もする。
「どうかしたか」
「……ペンを取ろうとして……名前を言ってくれ」
もう一度その外国人の名前を言った。
「スペルアウトしてくれ」発音が悪かったらしい。ロンドンL,大阪Oなどと言っていく。
「ありがとう。とても助かる」
「なんでこれが重要なんだ」
「……あとできっと話す。それまで時間をくれ」電話が切れた。
「ルパート。驚いた。売れたぜ」買った相手はどこかの外国人だと聞いた。
「……だろ?」
「今日び世の中はどうなっているんだ。おれたち隔絶されているのか」
「そういうこともあるさ」
山口は隣の真紀子の方を見た。
「伊藤、こいつな、すげえ女ったらしで、殆どの女の客とできてるんだとさ」
伊藤真紀子はヘッドホンをつけてアラン・キャンベルの写真を眺めながら電話していた。聞いちゃいねえ。
「マキ?」電話を取ると同時にアラン・キャンベルが真紀子の名を呼んだ。
「売れましたー!」
「ありがとう。クライアントも喜んでいる。僕も嬉しい」
「どういたしましてー」
「君のおかげだ。楽しい夜を。じゃあまた」
真紀子は電話が切れてもまだスクリーンを眺めている。やれやれと山口は首を振った。
そろそろ帰ろうかと思っていたら、山口の携帯が鳴った。非通知と出た。誰だろう。
「もしもし?」
「タック?」外人だ。
「そうです」英語になった。
「アラン・キャンベルだ。今日はありがとう。実は頼みがある」
そもそもなんでプライベートの携帯をこいつが知っているんだ。初めて直接話す相手とはいえ、山口には言いたいことがあった。
「あのなあ、あんなプライス出されると、怪しい取引だって言われて当局に報告されるぞ。とばっちりはごめんだからな」
「報告されていないよな」
「今日はされてないが、次は断る」
「わかった」――なんだ、結構素直じゃん。
「で、頼みがあるんだが」
「なんだい」
「あのプライスで買った相手が誰かを知りたい」
トレーダーから外国人だとは聞いている。しかしブローカーがどこかはわかるが、普通、客の名前までは……。
「すぐわかるかどうか」
「調べてくれ」
カチンと来て、山口は押し黙った。なんでおまえに何かしろと言われなきゃならないんだ。すると相手が言い方を変えた。
「できれば調べてもらえると、とても助かるんだが。重要なんだ」
英語に丁寧な言い回しがあるとすれば、今彼が言ったのはそれにあたる。
「まあ……訊いてみるよ」
「この携帯に連絡をくれ。何時でもかまわない」相手は44で始まる番号を言った。
山口の問い合わせが知り合いから知り合いを回り、それが知り合いの知り合いを経てようやく戻ってきた。翌日の昼になっていた。ロンドンは夜中の三時。何時でもいいと言っていたので、山口はアラン・キャンベルが言っていた番号に携帯から電話した。
ツー・コール目に返事があった。
「……タック?」少し声が擦れている。
「わかったか」
外国人の名前を言った。個人だった。
「ちょっと待ってくれ」
直後に何か物が落ちるような音が伝わってきた。イテエ……という声が聞こえたような気もする。
「どうかしたか」
「……ペンを取ろうとして……名前を言ってくれ」
もう一度その外国人の名前を言った。
「スペルアウトしてくれ」発音が悪かったらしい。ロンドンL,大阪Oなどと言っていく。
「ありがとう。とても助かる」
「なんでこれが重要なんだ」
「……あとできっと話す。それまで時間をくれ」電話が切れた。
1
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
最近、夫の様子がちょっとおかしい
野地マルテ
ミステリー
シーラは、探偵事務所でパートタイマーとして働くごくごく普通の兼業主婦。一人息子が寄宿学校に入り、時間に余裕ができたシーラは夫と二人きりの生活を楽しもうと考えていたが、最近夫の様子がおかしいのだ。話しかけても上の空。休みの日は「チェスをしに行く」と言い、いそいそと出かけていく。
シーラは夫が浮気をしているのではないかと疑いはじめる。
失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話
本見りん
ミステリー
交通事故に遭った沙良が目を覚ますと、そこには婚約者の拓人が居た。
一年前の交通事故で沙良は記憶を失い、今は彼と結婚しているという。
しかし今の沙良にはこの一年の記憶がない。
そして、彼女が記憶を失う交通事故の前に見たものは……。
『○曜○イド劇場』風、ミステリーとサスペンスです。
最後のやり取りはお約束の断崖絶壁の海に行きたかったのですが、海の公園辺りになっています。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
冤罪! 全身拘束刑に処せられた女
ジャン・幸田
ミステリー
刑務所が廃止された時代。懲役刑は変化していた! 刑の執行は強制的にロボットにされる事であった! 犯罪者は人類に奉仕する機械労働者階級にされることになっていた!
そんなある時、山村愛莉はライバルにはめられ、ガイノイドと呼ばれるロボットにされる全身拘束刑に処せられてしまった! いわば奴隷階級に落とされたのだ! 彼女の罪状は「国家機密漏洩罪」! しかも、首謀者にされた。
機械の身体に融合された彼女は、自称「とある政治家の手下」のチャラ男にしかみえない長崎淳司の手引きによって自分を陥れた者たちの魂胆を探るべく、ガイノイド「エリー」として潜入したのだが、果たして真実に辿りつけるのか? 再会した後輩の真由美とともに危険な冒険が始まる!
サイエンスホラーミステリー! 身体を改造された少女は事件を解決し冤罪を晴らして元の生活に戻れるのだろうか?
*追加加筆していく予定です。そのため時期によって内容は違っているかもしれません、よろしくお願いしますね!
*他の投稿小説サイトでも公開しておりますが、基本的に内容は同じです。
*現実世界を連想するような国名などが出ますがフィクションです。パラレルワールドの出来事という設定です。
私が愛しているのは、誰でしょう?
ぬこまる
ミステリー
考古学者の父が決めた婚約者に会うため、離島ハーランドにあるヴガッティ城へと招待された私──マイラは、私立探偵をしているお嬢様。そしてヴガッティ城にたどり着いたら、なんと婚約者が殺されました!
「私は犯人ではありません!」
すぐに否定しますが、問答無用で容疑者にされる私。しかし絶対絶命のピンチを救ってくれたのは、執事のレオでした。
「マイラさんは、俺が守る!」
こうして私は、犯人を探すのですが、不思議なことに次々と連続殺人が起きてしまい、事件はヴガッティ家への“復讐”に発展していくのでした……。この物語は、近代ヨーロッパを舞台にした恋愛ミステリー小説です。よろしかったらご覧くださいませ。
登場人物紹介
マイラ
私立探偵のお嬢様。恋する乙女。
レオ
ヴガッティ家の執事。無自覚なイケメン。
ロベルト
ヴガッティ家の長男。夢は世界征服。
ケビン
ヴガッティ家の次男。女と金が大好き。
レベッカ
総督の妻。美術品の収集家。
ヴガッティ
ハーランド島の総督。冷酷な暴君。
クロエ
メイド長、レオの母。人形のように無表情。
リリー
メイド。明るくて元気。
エヴァ
メイド。コミュ障。
ハリー
近衛兵隊長。まじめでお人好し。
ポール
近衛兵。わりと常識人。
ヴィル
近衛兵。筋肉バカ。
クライフ
王立弁護士。髭と帽子のジェントルマン。
ムバッペ
離島の警察官。童顔で子どもっぽい。
ジョゼ・グラディオラ
考古学者、マイラの父。宝探しのロマンチスト。
マキシマス
有名な建築家。ワイルドで優しい
ハーランド族
離島の先住民。恐ろしい戦闘力がある。
人狼ゲーム『Selfishly -エリカの礎-』
半沢柚々
ミステリー
「誰が……誰が人狼なんだよ!?」
「用心棒の人、頼む、今晩は俺を守ってくれ」
「違う! うちは村人だよ!!」
『汝は人狼なりや?』
――――Are You a Werewolf?
――――ゲームスタート
「あたしはね、商品だったのよ? この顔も、髪も、体も。……でもね、心は、売らない」
「…………人狼として、処刑する」
人気上昇の人狼ゲームをモチーフにしたデスゲーム。
全会話形式で進行します。
この作品は『村人』視点で読者様も一緒に推理できるような公正になっております。同時進行で『人狼』視点の物も書いているので、完結したら『暴露モード』と言う形で公開します。プロット的にはかなり違う物語になる予定です。
▼この作品は【自サイト】、【小説家になろう】、【ハーメルン】、【comico】にて多重投稿されております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる