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131 おまえは甘いな、キャンベル
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マーガレットは目を動かしてホークを見た。驚いている。ホークはもう一度、声を出すな、と囁いた。
「ここから逃げたいだろう?」
マーガレットは目を見張ったまま小刻みに頷いた。
調理台の上に六人分のコーヒーと切り分けられた大きなピザが載っている。
「少年はどこにいる?」
マーガレットは肘から下を動かして、食器棚の斜め向こうを指した。
「頼みがある」ホークは言った。
「それを運んで連中を少年から引き離してくれ」
マーガレットは身体が固まってしまったように動かない。口を塞ぐ手をはずしても言葉が出ない。ここにいる連中と一緒にいる間、ずっと緊張していたのだろう。怖かったに違いない。更に自分が脅した。なぜアラン・キャンベルがここにいるのかわからず混乱しているのかもしれない。
ホークは安心させるように彼女の背に手を置いた。
「君の助けが必要なんだ。僕が少年のもとに行ったら、君は連中から離れてここを出るんだ。トイレに行く振りをするといい。裏口はわかるね?」そこに男が倒れているが、それは省略した。
「道路に出て、通りがかりの車を止めて警察まで乗せてもらえ」
マーガレットの顔が歪んだ。
「ひ、ひとりで……?」
「僕も彼を連れて合流する」そううまくいくかどうかわからないが、そう言った。力づけるように背中の手に力をこめる。
マーガレットは食器棚のハッチを開けて、向こう側に箱ごとピザを押し出した。続いて六個のプラスチックカップをハンドル付きの台紙ごと持って食器棚の向こうへ行った。準備できました、と彼女が言うのが聞こえた。
ハッチの向こうにダイニングテーブルがあるのだ。食器棚の陰でホークが窺っていると、男の重い足音が近づいて来た。二人だ。
六人の内、一人はエディ、二人は気を失っている。マーガレットを除いて現在の脅威は二人だ。
何か話しているが、ドイツ語でもないようだ。ロシア語か。たぶんエディの到着が遅いと言っているのだろう。
二人なら勝算がある。
ホークはドアから廊下へ出て、もう一つのドアをそっと開けた。
玄関と居間の間にドローイングルームがある。距離にして四メートル。開いたままの入口から座った人影が見えた。黒い三脚も見える。ライブ映像を撮るカメラのためだろう。
ピザを食べている二人がこちらを見ていない瞬間に、背をかがめて素早くドローイングルームに入った。マーガレットだけがこっちを向いていた。
こんな小さな部屋だっただろうか。それとも自分が小さかったから、大きく感じていたのか。
木造の梁を見上げた。頑丈なつくりだから、大風が吹いてもびくともしないと言われていた。雨漏りの痕もない。
窓にかかっていたはずのレースのカーテンはなくなっている。汚れたガラスの向こうに今は黒々とした夜の闇しか見えない。
グレンは映像で見た通り木の椅子に縛られて眠っていた――何かの薬を嗅がされたのだろう。
縛っているのはロープだけではない。導火線のようなケーブルもだ。ケーブルを辿ると爆弾があった。時限ではない。アンテナがついている。いつでもリモートで起爆できる装置だ。
交渉がこじれたら建物ごと吹っ飛ばすつもりなのか。
ホークはグレンのロープをほどいた。ぐったりして力がない。すぐには歩けないかもしれない。
茶褐色で少しカールした髪。父親のマークと同じだ。母に似ているのは顎の線、鼻の形――自分にも似ているとホークは思った。
グレンが薄目を開けた。が、すぐに閉じた。眉間に皺を寄せる。ひどい頭痛なのだろう。
「大丈夫。もうすぐ家に帰れる」と言っても、ここも君の家の一つだな。
グレンがまた目を開けた。何か言ったようだ。耳を近づける。
「ここは、どこ……」
「セブンオークス」ホークは言った。
え? とグレンが目を見開いた。ハッとする。恐怖の色が目に浮かぶ。
ホークの右手にある銃を見ていた。
「大丈夫、僕は君の味方だ。助けに来たんだ」グレンの腕を持って立たせようとする。
「歩けるか?」
しかし、グレンはふらついた。体重がホークにかかってくる。背はホークの肩までくらいだ。
歩けないとすると、担いで走るしかない。脇の下から持ち上げる。六十キロ近くあるようだ。
「おやおや、自分からやってくるとはな」
グレンを肩に担いだまま、ホークは素早く声がした方に銃を構えて狙いをつけた。アンドレ・ブルラクともう一人男がいた。
アンドレはいつもの眼鏡をかけていない。黒っぽいダウンに足元はブーツ。スーツを着ていないと、発達した筋肉のせいでスポーツ選手のように見えた。
「あんたはマデイラに行ったんじゃなかったのか」銃の安全装置をはずした。
「これが終わったら行くさ」銃口を向けられているのに笑っている。
「後ろを見てからにしたらどうだ?」
玄関側のドアを見るとエディがいた。手に拳銃があり、グレンの頭に向けられていた。もう片方の手が後ろにいた人物をグイっと前に押し出した。
「こいつが道をうろうろしていた」
マーガレット。怯え切って泣いている。
「早かったな」ホークは言った。
「おまえは甘いな、キャンベル。銃を捨てろ」
「ここから逃げたいだろう?」
マーガレットは目を見張ったまま小刻みに頷いた。
調理台の上に六人分のコーヒーと切り分けられた大きなピザが載っている。
「少年はどこにいる?」
マーガレットは肘から下を動かして、食器棚の斜め向こうを指した。
「頼みがある」ホークは言った。
「それを運んで連中を少年から引き離してくれ」
マーガレットは身体が固まってしまったように動かない。口を塞ぐ手をはずしても言葉が出ない。ここにいる連中と一緒にいる間、ずっと緊張していたのだろう。怖かったに違いない。更に自分が脅した。なぜアラン・キャンベルがここにいるのかわからず混乱しているのかもしれない。
ホークは安心させるように彼女の背に手を置いた。
「君の助けが必要なんだ。僕が少年のもとに行ったら、君は連中から離れてここを出るんだ。トイレに行く振りをするといい。裏口はわかるね?」そこに男が倒れているが、それは省略した。
「道路に出て、通りがかりの車を止めて警察まで乗せてもらえ」
マーガレットの顔が歪んだ。
「ひ、ひとりで……?」
「僕も彼を連れて合流する」そううまくいくかどうかわからないが、そう言った。力づけるように背中の手に力をこめる。
マーガレットは食器棚のハッチを開けて、向こう側に箱ごとピザを押し出した。続いて六個のプラスチックカップをハンドル付きの台紙ごと持って食器棚の向こうへ行った。準備できました、と彼女が言うのが聞こえた。
ハッチの向こうにダイニングテーブルがあるのだ。食器棚の陰でホークが窺っていると、男の重い足音が近づいて来た。二人だ。
六人の内、一人はエディ、二人は気を失っている。マーガレットを除いて現在の脅威は二人だ。
何か話しているが、ドイツ語でもないようだ。ロシア語か。たぶんエディの到着が遅いと言っているのだろう。
二人なら勝算がある。
ホークはドアから廊下へ出て、もう一つのドアをそっと開けた。
玄関と居間の間にドローイングルームがある。距離にして四メートル。開いたままの入口から座った人影が見えた。黒い三脚も見える。ライブ映像を撮るカメラのためだろう。
ピザを食べている二人がこちらを見ていない瞬間に、背をかがめて素早くドローイングルームに入った。マーガレットだけがこっちを向いていた。
こんな小さな部屋だっただろうか。それとも自分が小さかったから、大きく感じていたのか。
木造の梁を見上げた。頑丈なつくりだから、大風が吹いてもびくともしないと言われていた。雨漏りの痕もない。
窓にかかっていたはずのレースのカーテンはなくなっている。汚れたガラスの向こうに今は黒々とした夜の闇しか見えない。
グレンは映像で見た通り木の椅子に縛られて眠っていた――何かの薬を嗅がされたのだろう。
縛っているのはロープだけではない。導火線のようなケーブルもだ。ケーブルを辿ると爆弾があった。時限ではない。アンテナがついている。いつでもリモートで起爆できる装置だ。
交渉がこじれたら建物ごと吹っ飛ばすつもりなのか。
ホークはグレンのロープをほどいた。ぐったりして力がない。すぐには歩けないかもしれない。
茶褐色で少しカールした髪。父親のマークと同じだ。母に似ているのは顎の線、鼻の形――自分にも似ているとホークは思った。
グレンが薄目を開けた。が、すぐに閉じた。眉間に皺を寄せる。ひどい頭痛なのだろう。
「大丈夫。もうすぐ家に帰れる」と言っても、ここも君の家の一つだな。
グレンがまた目を開けた。何か言ったようだ。耳を近づける。
「ここは、どこ……」
「セブンオークス」ホークは言った。
え? とグレンが目を見開いた。ハッとする。恐怖の色が目に浮かぶ。
ホークの右手にある銃を見ていた。
「大丈夫、僕は君の味方だ。助けに来たんだ」グレンの腕を持って立たせようとする。
「歩けるか?」
しかし、グレンはふらついた。体重がホークにかかってくる。背はホークの肩までくらいだ。
歩けないとすると、担いで走るしかない。脇の下から持ち上げる。六十キロ近くあるようだ。
「おやおや、自分からやってくるとはな」
グレンを肩に担いだまま、ホークは素早く声がした方に銃を構えて狙いをつけた。アンドレ・ブルラクともう一人男がいた。
アンドレはいつもの眼鏡をかけていない。黒っぽいダウンに足元はブーツ。スーツを着ていないと、発達した筋肉のせいでスポーツ選手のように見えた。
「あんたはマデイラに行ったんじゃなかったのか」銃の安全装置をはずした。
「これが終わったら行くさ」銃口を向けられているのに笑っている。
「後ろを見てからにしたらどうだ?」
玄関側のドアを見るとエディがいた。手に拳銃があり、グレンの頭に向けられていた。もう片方の手が後ろにいた人物をグイっと前に押し出した。
「こいつが道をうろうろしていた」
マーガレット。怯え切って泣いている。
「早かったな」ホークは言った。
「おまえは甘いな、キャンベル。銃を捨てろ」
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