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119 優しいの、アランだけよ。
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ようやく検査官から解放されたホークは席に戻った。
いったい誰がロマネスクに住所変更届の用紙を送ったのだ。
パメラが自分の席でデスクに片肘をつき、ぼんやりとPCのスクリーンを見ていた。
なんとなく元気がなさそうだ。
十一時を回っていたので、フロアのスタッフの大半はランチに出て留守だった。
「どうかしたの」パメラは肘をついたまま、顔をこっちに向けた。
「元気ないじゃないか」
「今日、みんな機嫌悪いんだもの」つんつんと親指で背後のエディの部屋を指した。
ああ、とホークは頷いた。
「検査官が来ているから、ピリピリしているんだろう」
パメラのマスカラの縁取りが、大きな目と一緒に上を向いた。
「アラン、大丈夫だった?」
「ああ」空いている椅子を引っ張ってきて、パメラの隣に座った。
「最近おれのいない時に、ロマネスクから電話あったかな」
パメラはマスカラを大きく見開いてホークを見つめ、首を振った。
「ないわ。あったら、アランに言うわよ」
「じゃあ、誰かから、住所変更届をロマネスクに送る様に言われなかった?」
「ううん。ロマネスクの住所、変わったの?」
「そうらしい」
ふーん、とパメラは不満そうに言った。
「でもそういうことは、普通担当者のアランに言うものよね」
「おれは聞いていなかった」
「変じゃない、それ」パメラは唇を尖らせた。
「ロマネスクの人達もいなくなって、あのエロイ金髪のグラマーからも電話ないし。なんか、アラン、まずいことしたの?」
ホークは肩をすくめた。パメラが手招きする。耳を近づけた。
ラメ入りセーターの深い胸元から、彼女のオレンジ系コロンが立ち昇った。
「ライアンが何かしたの?」
「さあ」
「ジョルジオは東京に行ってるし、優しいの、アランだけよ」
ジョルジオは『セブンオークス』の社長と投資責任者を伴って日本の投資先の視察に行っている。
あの叔父と四六時中一緒にいて身が持つのだから、たいしたものだ。
パメラがマスカラの縁取りを狭めてじっと見つめてくる。
「最近、週末もアメリカに帰ってないみたいじゃない?」
「帰りたいんだけどね」
「彼女もちっともこっちに来ないし」
「来てほしいんだけどさ」
「アランを放っておくなんて、信じられない」
席に戻りたいが、こういう時に限って電話がかかってこない。
イーサンも暇そうだ。
「キャンベル!」エディがドアを開けてこっちを見ていた。
「ちょっと来い」
ごめん、とパメラにウィンクして離れた。
エディの部屋に入ってドアを閉めると、思わずため息が出た。
「FCAに何を訊かれた」声がイラついている。
そう言えば、検査官の質問にはエディが同席しそうなものだが、今日はしなかった。
「何って……ロマネスクの移転の件だったよ」
「移転? どこに」エディが目を上げた。
「マデイラだってさ」頭の中でアドレスを諳んじた。
「確か、トマシュの別荘があるって聞いたことがある」
「ロンドンの事務所はどうなったんだ」
「さあ」
「検査官は何を知りたかったんだ」
「おれがロマネスクの移転を知っていたかどうか。それと住所変更届の用紙を送ったかどうか」
「知っていたのか」
「知らなかったし、おれが送ったんじゃないと言っておいたよ」
エディが眉を顰めた。
「それだけか」
「それだけだ」
エディはしばらく虚空を睨んでいた。
いったい誰がロマネスクに住所変更届の用紙を送ったのだ。
パメラが自分の席でデスクに片肘をつき、ぼんやりとPCのスクリーンを見ていた。
なんとなく元気がなさそうだ。
十一時を回っていたので、フロアのスタッフの大半はランチに出て留守だった。
「どうかしたの」パメラは肘をついたまま、顔をこっちに向けた。
「元気ないじゃないか」
「今日、みんな機嫌悪いんだもの」つんつんと親指で背後のエディの部屋を指した。
ああ、とホークは頷いた。
「検査官が来ているから、ピリピリしているんだろう」
パメラのマスカラの縁取りが、大きな目と一緒に上を向いた。
「アラン、大丈夫だった?」
「ああ」空いている椅子を引っ張ってきて、パメラの隣に座った。
「最近おれのいない時に、ロマネスクから電話あったかな」
パメラはマスカラを大きく見開いてホークを見つめ、首を振った。
「ないわ。あったら、アランに言うわよ」
「じゃあ、誰かから、住所変更届をロマネスクに送る様に言われなかった?」
「ううん。ロマネスクの住所、変わったの?」
「そうらしい」
ふーん、とパメラは不満そうに言った。
「でもそういうことは、普通担当者のアランに言うものよね」
「おれは聞いていなかった」
「変じゃない、それ」パメラは唇を尖らせた。
「ロマネスクの人達もいなくなって、あのエロイ金髪のグラマーからも電話ないし。なんか、アラン、まずいことしたの?」
ホークは肩をすくめた。パメラが手招きする。耳を近づけた。
ラメ入りセーターの深い胸元から、彼女のオレンジ系コロンが立ち昇った。
「ライアンが何かしたの?」
「さあ」
「ジョルジオは東京に行ってるし、優しいの、アランだけよ」
ジョルジオは『セブンオークス』の社長と投資責任者を伴って日本の投資先の視察に行っている。
あの叔父と四六時中一緒にいて身が持つのだから、たいしたものだ。
パメラがマスカラの縁取りを狭めてじっと見つめてくる。
「最近、週末もアメリカに帰ってないみたいじゃない?」
「帰りたいんだけどね」
「彼女もちっともこっちに来ないし」
「来てほしいんだけどさ」
「アランを放っておくなんて、信じられない」
席に戻りたいが、こういう時に限って電話がかかってこない。
イーサンも暇そうだ。
「キャンベル!」エディがドアを開けてこっちを見ていた。
「ちょっと来い」
ごめん、とパメラにウィンクして離れた。
エディの部屋に入ってドアを閉めると、思わずため息が出た。
「FCAに何を訊かれた」声がイラついている。
そう言えば、検査官の質問にはエディが同席しそうなものだが、今日はしなかった。
「何って……ロマネスクの移転の件だったよ」
「移転? どこに」エディが目を上げた。
「マデイラだってさ」頭の中でアドレスを諳んじた。
「確か、トマシュの別荘があるって聞いたことがある」
「ロンドンの事務所はどうなったんだ」
「さあ」
「検査官は何を知りたかったんだ」
「おれがロマネスクの移転を知っていたかどうか。それと住所変更届の用紙を送ったかどうか」
「知っていたのか」
「知らなかったし、おれが送ったんじゃないと言っておいたよ」
エディが眉を顰めた。
「それだけか」
「それだけだ」
エディはしばらく虚空を睨んでいた。
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