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114 怒ったキャンベルさん、怖かったです
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ホークは憮然として眉を顰めた。
「何してるんだ、そこで」
「よほどあたしが気に入らないのねえ」女は身を乗り出してテーブルに肘を付いた。
「ビール一杯くらい奢んなさいよ」
「どいてくれ」ホークは立ち上がり、女の腕に手をかけた。
すると女は反対側の手でホークの手首を掴んだ。
「お兄さんに伝言があんのよ、キャンベルさん」
ホークは再び席に座った。
「誰から」
「名前は知らないわ。でもあんたにはわかるそうよ。『金返せ』だって」
「は?」
「あんた、大泥棒だって言ってたわよ」黒い縁取りの灰色の目が細くなる。
「それを言った奴、まだここにいるのか」
女は首をめぐらせた。
「さあねえ」
「人相は」
黒い唇がにんまり笑う。
「ビールも奢ってもらえないんだから」
ホークは十ポンド紙幣を出してテーブルの上に置いた。
女が掴み取ろうとするのを上から手で押さえた。
「人相は」
「よく覚えてないわね」灰色の目が上目づかいに見た。
「あんたのこと人殺しだって言ってたわ」
「どの男だ」ホークが手に力を入れた。
「痛いわよ」
「言えよ。人相は」
「痛いったら、放して!」
「キャンベルさん、止めて!」ハルが腕にすがりついた。
ホークは手を放した。
「……ひどい男」女は手をさすりながら札をひったくった。
「ぼこぼこにやられるといいわ」
「何なんですか、あれ?」女が行ってしまうとハルが恐る恐る言った。
ホークはふっと息をついた。
「なんでもない」ハルが心配そうに見ていた。
「ごめん」
パブを出て、フラットに向かって歩いた。
一ブロックもない道のりだ。
大気は冷やりと冷え込み、人通りは少なくなっていた。
往来する車のライトで、少し靄がかかっていることがわかる。
ハルがぽつんと言った。
「怒ったキャンベルさん、怖かったです」
「……ごめん」
「ううん、謝ることないです。何かトラブルに巻き込まれているんですか?」
十メートルほど先に五六人の人影があった。
歩道の真ん中にたむろしている。通行の邪魔になることなどおかまいなしだ。
ホークは小声で言った。
「ハル、先に帰ってくれ」
「え?」更に声を低くした。
「通りを渡って、向こう側から帰ってくれ。フラットの前に停まっている黒いセダンまで行くんだ」
「え、どうして」
「警察の車に保護してもらうんだ」
「でも、どうして」
ちょうど通りの車が途切れた瞬間、「行け!」ポンと背中を押した。
ハルは小走りに通りを渡った。
反対側は明かりが少なく、彼女の顔はすぐ陰になって見えなくなった。
人影の群れが近付いてきた。その中の一人が進み出る。顔はよく見えない。
「何か?」ホークは言った。
「伝言受け取ったか」アイルランドのアクセントだ、と思った。
「人違いだろ」車のライトに男の顔が照らされた。見覚えのない顔だった。
「泥棒で人殺しのキャンベルはそうはいねえ」
暗くてよく見えないが、それぞれ鉄パイプだかナイフだか、手に武器を持っているようだった。
「こっちは一人なのにそっちは六人? 監視カメラが四つもあるところで、勘弁しろよ」
「ごたごたうるせえ!」
先頭の男が手にした棒状の物を振りかぶった。
ビュン! と風を切る音をホークはくぐり、男の腰をタックルして車道に投げ飛ばした。
そこにちょうど走ってきた車が急ブレーキをかけた。
タイヤが擦れる音と、ドスン! という衝突音。気味の悪い悲鳴が聞こえた。
鉄パイプがカラカラと転がっている。
それを拾って次の男の攻撃を受ける。
ガーン! 鉄パイプが当たって火花が散る。
左の男の顎を上段回し蹴りで吹っ飛ばした。
くるっと身体を回転させてもう一人の腹を蹴る。
右の二人が同時にかかってきた。しゃがんで避け、鉄パイプで足元をなぎ払った。
転んだ一人を上から打ち据えた。
後ろに回られたらまずい。ホークは壁を背にしてまだ立っている二人と対峙した。
車道では車を降りた運転手が携帯で電話をかけている。
撥ねられた男はまだ呻いていた。
歩道には倒れた男が三人呻き声を上げていた。
立っている一人の手には鉄パイプ、もう一人はナイフらしい。
二人同時には躱し切れない――
突如サイレンが聞こえた。猛スピードで青い緊急灯をつけた車が来て止まった。
黒いセダンだ。
「くそ!」 罵りながら二人は反対方向に逃げだす。
通りは男を轢いた車のせいで渋滞していた。
停まっている車を迂回して、後ろの車がのろのろと追い越して行く。
反対車線の車が激しくクラクションを鳴らす。
立ち往生する車の列のライトが煌煌と辺りを照らしだした。
黒いセダンから降りた二人の刑事が倒れている男たちに手錠をかけた。
「来るの遅いぜ」ホークは言った。
ハルが後部座席に座っている。赤ら顔の男がにやりと笑った。
「腕前はとくと拝見したよ」
「正当防衛だろう」サイレンが近づいてくる。二台、三台……。
今日はサイレンに縁のある日だ。赤ら顔の男はにやにやしている。
「乗れよ」後部座席のドアを開く。
「なんで?」
「乗らないとおまえにも手錠をかけるぞ。こってりと絞ってやる」
「絶対、正当防衛だ」
ホークは渋々後部座席に乗ろうとし、
「彼女は行かなくていいだろう」と、ハルに降りるように言った。
「何してるんだ、そこで」
「よほどあたしが気に入らないのねえ」女は身を乗り出してテーブルに肘を付いた。
「ビール一杯くらい奢んなさいよ」
「どいてくれ」ホークは立ち上がり、女の腕に手をかけた。
すると女は反対側の手でホークの手首を掴んだ。
「お兄さんに伝言があんのよ、キャンベルさん」
ホークは再び席に座った。
「誰から」
「名前は知らないわ。でもあんたにはわかるそうよ。『金返せ』だって」
「は?」
「あんた、大泥棒だって言ってたわよ」黒い縁取りの灰色の目が細くなる。
「それを言った奴、まだここにいるのか」
女は首をめぐらせた。
「さあねえ」
「人相は」
黒い唇がにんまり笑う。
「ビールも奢ってもらえないんだから」
ホークは十ポンド紙幣を出してテーブルの上に置いた。
女が掴み取ろうとするのを上から手で押さえた。
「人相は」
「よく覚えてないわね」灰色の目が上目づかいに見た。
「あんたのこと人殺しだって言ってたわ」
「どの男だ」ホークが手に力を入れた。
「痛いわよ」
「言えよ。人相は」
「痛いったら、放して!」
「キャンベルさん、止めて!」ハルが腕にすがりついた。
ホークは手を放した。
「……ひどい男」女は手をさすりながら札をひったくった。
「ぼこぼこにやられるといいわ」
「何なんですか、あれ?」女が行ってしまうとハルが恐る恐る言った。
ホークはふっと息をついた。
「なんでもない」ハルが心配そうに見ていた。
「ごめん」
パブを出て、フラットに向かって歩いた。
一ブロックもない道のりだ。
大気は冷やりと冷え込み、人通りは少なくなっていた。
往来する車のライトで、少し靄がかかっていることがわかる。
ハルがぽつんと言った。
「怒ったキャンベルさん、怖かったです」
「……ごめん」
「ううん、謝ることないです。何かトラブルに巻き込まれているんですか?」
十メートルほど先に五六人の人影があった。
歩道の真ん中にたむろしている。通行の邪魔になることなどおかまいなしだ。
ホークは小声で言った。
「ハル、先に帰ってくれ」
「え?」更に声を低くした。
「通りを渡って、向こう側から帰ってくれ。フラットの前に停まっている黒いセダンまで行くんだ」
「え、どうして」
「警察の車に保護してもらうんだ」
「でも、どうして」
ちょうど通りの車が途切れた瞬間、「行け!」ポンと背中を押した。
ハルは小走りに通りを渡った。
反対側は明かりが少なく、彼女の顔はすぐ陰になって見えなくなった。
人影の群れが近付いてきた。その中の一人が進み出る。顔はよく見えない。
「何か?」ホークは言った。
「伝言受け取ったか」アイルランドのアクセントだ、と思った。
「人違いだろ」車のライトに男の顔が照らされた。見覚えのない顔だった。
「泥棒で人殺しのキャンベルはそうはいねえ」
暗くてよく見えないが、それぞれ鉄パイプだかナイフだか、手に武器を持っているようだった。
「こっちは一人なのにそっちは六人? 監視カメラが四つもあるところで、勘弁しろよ」
「ごたごたうるせえ!」
先頭の男が手にした棒状の物を振りかぶった。
ビュン! と風を切る音をホークはくぐり、男の腰をタックルして車道に投げ飛ばした。
そこにちょうど走ってきた車が急ブレーキをかけた。
タイヤが擦れる音と、ドスン! という衝突音。気味の悪い悲鳴が聞こえた。
鉄パイプがカラカラと転がっている。
それを拾って次の男の攻撃を受ける。
ガーン! 鉄パイプが当たって火花が散る。
左の男の顎を上段回し蹴りで吹っ飛ばした。
くるっと身体を回転させてもう一人の腹を蹴る。
右の二人が同時にかかってきた。しゃがんで避け、鉄パイプで足元をなぎ払った。
転んだ一人を上から打ち据えた。
後ろに回られたらまずい。ホークは壁を背にしてまだ立っている二人と対峙した。
車道では車を降りた運転手が携帯で電話をかけている。
撥ねられた男はまだ呻いていた。
歩道には倒れた男が三人呻き声を上げていた。
立っている一人の手には鉄パイプ、もう一人はナイフらしい。
二人同時には躱し切れない――
突如サイレンが聞こえた。猛スピードで青い緊急灯をつけた車が来て止まった。
黒いセダンだ。
「くそ!」 罵りながら二人は反対方向に逃げだす。
通りは男を轢いた車のせいで渋滞していた。
停まっている車を迂回して、後ろの車がのろのろと追い越して行く。
反対車線の車が激しくクラクションを鳴らす。
立ち往生する車の列のライトが煌煌と辺りを照らしだした。
黒いセダンから降りた二人の刑事が倒れている男たちに手錠をかけた。
「来るの遅いぜ」ホークは言った。
ハルが後部座席に座っている。赤ら顔の男がにやりと笑った。
「腕前はとくと拝見したよ」
「正当防衛だろう」サイレンが近づいてくる。二台、三台……。
今日はサイレンに縁のある日だ。赤ら顔の男はにやにやしている。
「乗れよ」後部座席のドアを開く。
「なんで?」
「乗らないとおまえにも手錠をかけるぞ。こってりと絞ってやる」
「絶対、正当防衛だ」
ホークは渋々後部座席に乗ろうとし、
「彼女は行かなくていいだろう」と、ハルに降りるように言った。
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