104 / 139
104 就業規則を読んだんだよ
しおりを挟む
「なんのことだ」ライアンは抑揚のない声で言った。
「おれが言わなくても、間もなくFCA(金融業に携わる企業の行動を規制する機関)が動き出すぞ」
「いったい何の事だよ!」
ホークは九月、十月、十一月、十二月それぞれの、アンドレが指値注文を出した日付けを十日ほど並べて言った。
「全部おまえがアンドレに指示した通りの値幅だったんだろう? ジョルジオが朝、大量発注を受けておまえにプライスを出してもらった銘柄ばかりだ」
「……おれだという証拠がどこにあるんだ」
「FCAならおまえの携帯メールのハッキングくらいするぜ」
「おまえ、おれを強請りに来たのか!」
「ライアン」ホークはマグカップをガラス天板のテーブルの上に置いた。
「おれがおまえを強請る気なら、四カ月前にやっている」
ライアンの身体が前後左右に揺れ出した。
「じゃあ……今頃……何をしに……おまえは……」
「自首しろよ」
「おれは職を失うわけに行かないんだ!」
「仕方ないだろう。おまえは法律違反をしたんだ」
突如ライアンはホークの足元にしゃがみこんだ。
「頼む、見逃してくれ! 金を払うよ。いくらなら見逃してくれる?」
左腕を掴んだライアンの両手の上に、ホークは右手を置いた。
「ライアン、やめろ。おれは乗らない」
「頼む。おれは稼がなきゃならないんだ」
「トレーダーはできなくなるが、前科者にならない方法はある」
ピクッと反応してライアンが上を向いた。
「司法取引しろよ。ロマネスクに強要されたと言えばいい。捜査に協力するんだ」
「捜査って……FCAのか」
「アメリカの捜査局だ」
ライアンの手が、すっとホークの手の下から離れた。
「あいつは見逃してくれたのに」
「あいつ?」
ライアンは立ち上がり、ふらつきながら窓の方を向いた。
暗い空の下に通りの夜景が見える。
「もしかして、ロニーからも同じことを言われたのか。司法取引しろって?」
窓に映るライアンの顔は、実際よりずっとげっそりして見えた。
「見逃してくれたって、どういう意味だ?」
ホークは彼の近くに寄って厚い肩に手を掛けた。
「ライアン! まさか、ロニーに金を払ったのか?」
「もうおしまいだ、アラン。おれもおまえも」
「何を言っているんだ」
「ロマネスクに殺される」
ライアンは目を閉じた。
「殺されるんだよ……ロニーみたいに」
「ライアン、教えてくれ!」彼の両腕を掴み、こっちを向かせた。
「ロニーに金を払ったのは君か? それともロマネスクか?」
「……ありがとうな、サラのこと気にかけてくれて」
「そのあと彼は事故にあったのか?」
ライアンが唇を噛んだ。
「一度じゃないんだな……いったいロニーはいつから……」
「……来て,半年くらい経ったころだよ。それからディールごとに、一定の割合でもらったはずだ」
「……」
「あいつが死んだと聞いた時、値を釣り上げる交渉がこじれたな、と思ったんだ」
……まさか、あのメモリースティックを保険代わりに、ロマネスクと交渉しようとしたのか?
ロニーは一年半ロンドンにいた。
実際は、半年くらいでロマネスクを追放できる証拠を掴んでいたのだ。
営業でどんなに稼いでも、その報酬は自分のものにはならない。
同僚たちが贅沢な休暇に出かけていても、自分には無理だ。
ジェニファーと結婚しようとしていたロニー。
ジェニファーは、彼が優秀な営業員で、どのくらい稼いでいるか知っていた。
まさか捜査員の薄給しかもらっていないとは思わない。
「社内に他にもロマネスクから金をもらっている者がいるのか」
ライアンは眉根を寄せた。
「他には知らない」
ホークは携帯でカルロを呼び出した。ライアンが見ている。
「どこにかけているんだ」
「君たちを保護してもらう」ライアンの腕を引っ張って座らせた。
カルロが出たので暗号で証人保護を頼み、住所を伝えた。
成人男女と手術後のケアの必要な七歳の少女。無菌テントのことも伝えた。
「ローラが帰って来たら、一緒に彼らの指示に従うんだ」
キッチンのテーブルの上に携帯が置かれていたのでホークは手に取った。
「君の携帯、預かるぞ」
「誰が来るんだ」気の抜けたような声だった。
「来ればわかる」
「もう、LB証券の皆には会えないんだな」
「そうとも限らないさ。捜査協力中は休職扱いになる。
辞める前に挨拶くらいできるだろう」
力なくライアンが笑った。
「よく知ってるんだな、おまえ」
「就業規則を読んだんだよ」
インターホンが鳴った。ライアンを制してホークが出た。
カルロだった。男女の部下を二人連れていた。
カルロが身分証を見せながら名乗った。
ホークを見て「ご協力ありがとう、キャンベルさん」と言った。
ライアンは茫然としている。
何も聞こえていないみたいだった。
「おれが言わなくても、間もなくFCA(金融業に携わる企業の行動を規制する機関)が動き出すぞ」
「いったい何の事だよ!」
ホークは九月、十月、十一月、十二月それぞれの、アンドレが指値注文を出した日付けを十日ほど並べて言った。
「全部おまえがアンドレに指示した通りの値幅だったんだろう? ジョルジオが朝、大量発注を受けておまえにプライスを出してもらった銘柄ばかりだ」
「……おれだという証拠がどこにあるんだ」
「FCAならおまえの携帯メールのハッキングくらいするぜ」
「おまえ、おれを強請りに来たのか!」
「ライアン」ホークはマグカップをガラス天板のテーブルの上に置いた。
「おれがおまえを強請る気なら、四カ月前にやっている」
ライアンの身体が前後左右に揺れ出した。
「じゃあ……今頃……何をしに……おまえは……」
「自首しろよ」
「おれは職を失うわけに行かないんだ!」
「仕方ないだろう。おまえは法律違反をしたんだ」
突如ライアンはホークの足元にしゃがみこんだ。
「頼む、見逃してくれ! 金を払うよ。いくらなら見逃してくれる?」
左腕を掴んだライアンの両手の上に、ホークは右手を置いた。
「ライアン、やめろ。おれは乗らない」
「頼む。おれは稼がなきゃならないんだ」
「トレーダーはできなくなるが、前科者にならない方法はある」
ピクッと反応してライアンが上を向いた。
「司法取引しろよ。ロマネスクに強要されたと言えばいい。捜査に協力するんだ」
「捜査って……FCAのか」
「アメリカの捜査局だ」
ライアンの手が、すっとホークの手の下から離れた。
「あいつは見逃してくれたのに」
「あいつ?」
ライアンは立ち上がり、ふらつきながら窓の方を向いた。
暗い空の下に通りの夜景が見える。
「もしかして、ロニーからも同じことを言われたのか。司法取引しろって?」
窓に映るライアンの顔は、実際よりずっとげっそりして見えた。
「見逃してくれたって、どういう意味だ?」
ホークは彼の近くに寄って厚い肩に手を掛けた。
「ライアン! まさか、ロニーに金を払ったのか?」
「もうおしまいだ、アラン。おれもおまえも」
「何を言っているんだ」
「ロマネスクに殺される」
ライアンは目を閉じた。
「殺されるんだよ……ロニーみたいに」
「ライアン、教えてくれ!」彼の両腕を掴み、こっちを向かせた。
「ロニーに金を払ったのは君か? それともロマネスクか?」
「……ありがとうな、サラのこと気にかけてくれて」
「そのあと彼は事故にあったのか?」
ライアンが唇を噛んだ。
「一度じゃないんだな……いったいロニーはいつから……」
「……来て,半年くらい経ったころだよ。それからディールごとに、一定の割合でもらったはずだ」
「……」
「あいつが死んだと聞いた時、値を釣り上げる交渉がこじれたな、と思ったんだ」
……まさか、あのメモリースティックを保険代わりに、ロマネスクと交渉しようとしたのか?
ロニーは一年半ロンドンにいた。
実際は、半年くらいでロマネスクを追放できる証拠を掴んでいたのだ。
営業でどんなに稼いでも、その報酬は自分のものにはならない。
同僚たちが贅沢な休暇に出かけていても、自分には無理だ。
ジェニファーと結婚しようとしていたロニー。
ジェニファーは、彼が優秀な営業員で、どのくらい稼いでいるか知っていた。
まさか捜査員の薄給しかもらっていないとは思わない。
「社内に他にもロマネスクから金をもらっている者がいるのか」
ライアンは眉根を寄せた。
「他には知らない」
ホークは携帯でカルロを呼び出した。ライアンが見ている。
「どこにかけているんだ」
「君たちを保護してもらう」ライアンの腕を引っ張って座らせた。
カルロが出たので暗号で証人保護を頼み、住所を伝えた。
成人男女と手術後のケアの必要な七歳の少女。無菌テントのことも伝えた。
「ローラが帰って来たら、一緒に彼らの指示に従うんだ」
キッチンのテーブルの上に携帯が置かれていたのでホークは手に取った。
「君の携帯、預かるぞ」
「誰が来るんだ」気の抜けたような声だった。
「来ればわかる」
「もう、LB証券の皆には会えないんだな」
「そうとも限らないさ。捜査協力中は休職扱いになる。
辞める前に挨拶くらいできるだろう」
力なくライアンが笑った。
「よく知ってるんだな、おまえ」
「就業規則を読んだんだよ」
インターホンが鳴った。ライアンを制してホークが出た。
カルロだった。男女の部下を二人連れていた。
カルロが身分証を見せながら名乗った。
ホークを見て「ご協力ありがとう、キャンベルさん」と言った。
ライアンは茫然としている。
何も聞こえていないみたいだった。
1
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
憑代の柩
菱沼あゆ
ミステリー
「お前の顔は整形しておいた。今から、僕の婚約者となって、真犯人を探すんだ」
教会での爆破事件に巻き込まれ。
目が覚めたら、記憶喪失な上に、勝手に整形されていた『私』。
「何もかもお前のせいだ」
そう言う男に逆らえず、彼の婚約者となって、真犯人を探すが。
周りは怪しい人間と霊ばかり――。
ホラー&ミステリー
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる