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104 就業規則を読んだんだよ

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「なんのことだ」ライアンは抑揚のない声で言った。

「おれが言わなくても、間もなくFCA金融行動監視機構(金融業に携わる企業の行動を規制する機関)が動き出すぞ」

「いったい何の事だよ!」

 ホークは九月、十月、十一月、十二月それぞれの、アンドレが指値注文を出した日付けを十日ほど並べて言った。

「全部おまえがアンドレに指示した通りの値幅だったんだろう? ジョルジオが朝、大量発注を受けておまえにプライスを出してもらった銘柄ばかりだ」

「……おれだという証拠がどこにあるんだ」

「FCAならおまえの携帯メールのハッキングくらいするぜ」

「おまえ、おれを強請ゆすりに来たのか!」

「ライアン」ホークはマグカップをガラス天板のテーブルの上に置いた。

「おれがおまえを強請る気なら、四カ月前にやっている」

 ライアンの身体が前後左右に揺れ出した。

「じゃあ……今頃……何をしに……おまえは……」

「自首しろよ」

「おれは職を失うわけに行かないんだ!」

「仕方ないだろう。おまえは法律違反をしたんだ」

 突如ライアンはホークの足元にしゃがみこんだ。

「頼む、見逃してくれ! 金を払うよ。いくらなら見逃してくれる?」

 左腕を掴んだライアンの両手の上に、ホークは右手を置いた。

「ライアン、やめろ。おれは乗らない」

「頼む。おれは稼がなきゃならないんだ」

「トレーダーはできなくなるが、前科者にならない方法はある」

 ピクッと反応してライアンが上を向いた。

「司法取引しろよ。ロマネスクに強要されたと言えばいい。捜査に協力するんだ」

「捜査って……FCAのか」

「アメリカの捜査局だ」

 ライアンの手が、すっとホークの手の下から離れた。

「あいつは見逃してくれたのに」

「あいつ?」

 ライアンは立ち上がり、ふらつきながら窓の方を向いた。

 暗い空の下に通りの夜景が見える。

「もしかして、ロニーからも同じことを言われたのか。司法取引しろって?」

 窓に映るライアンの顔は、実際よりずっとげっそりして見えた。

「見逃してくれたって、どういう意味だ?」

 ホークは彼の近くに寄って厚い肩に手を掛けた。

「ライアン! まさか、ロニーに金を払ったのか?」

「もうおしまいだ、アラン。おれもおまえも」

「何を言っているんだ」

「ロマネスクに殺される」

 ライアンは目を閉じた。

「殺されるんだよ……ロニーみたいに」

「ライアン、教えてくれ!」彼の両腕を掴み、こっちを向かせた。

「ロニーに金を払ったのは君か? それともロマネスクか?」

「……ありがとうな、サラのこと気にかけてくれて」

「そのあと彼は事故にあったのか?」

 ライアンが唇を噛んだ。

「一度じゃないんだな……いったいロニーはいつから……」

「……来て,半年くらい経ったころだよ。それからディールごとに、一定の割合でもらったはずだ」

「……」

「あいつが死んだと聞いた時、値を釣り上げる交渉がこじれたな、と思ったんだ」

 ……まさか、あのメモリースティックを保険代わりに、ロマネスクと交渉しようとしたのか?

 ロニーは一年半ロンドンにいた。

 実際は、半年くらいでロマネスクを追放できる証拠を掴んでいたのだ。

 営業でどんなに稼いでも、その報酬は自分のものにはならない。

 同僚たちが贅沢な休暇に出かけていても、自分には無理だ。

 ジェニファーと結婚しようとしていたロニー。

 ジェニファーは、彼が優秀な営業員で、どのくらい稼いでいるか知っていた。

 まさか捜査員の薄給しかもらっていないとは思わない。

「社内に他にもロマネスクから金をもらっている者がいるのか」

 ライアンは眉根を寄せた。

「他には知らない」

 ホークは携帯でカルロを呼び出した。ライアンが見ている。

「どこにかけているんだ」

「君たちを保護してもらう」ライアンの腕を引っ張って座らせた。

 カルロが出たので暗号で証人保護を頼み、住所を伝えた。

 成人男女と手術後のケアの必要な七歳の少女。無菌テントのことも伝えた。

「ローラが帰って来たら、一緒に彼らの指示に従うんだ」

 キッチンのテーブルの上に携帯が置かれていたのでホークは手に取った。

「君の携帯、預かるぞ」

「誰が来るんだ」気の抜けたような声だった。

「来ればわかる」

「もう、LB証券の皆には会えないんだな」

「そうとも限らないさ。捜査協力中は休職扱いになる。

 辞める前に挨拶くらいできるだろう」

 力なくライアンが笑った。

「よく知ってるんだな、おまえ」

「就業規則を読んだんだよ」

 インターホンが鳴った。ライアンを制してホークが出た。

 カルロだった。男女の部下を二人連れていた。

 カルロが身分証を見せながら名乗った。

 ホークを見て「ご協力ありがとう、キャンベルさん」と言った。

 ライアンは茫然としている。

 何も聞こえていないみたいだった。
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