(続編連載開始しました)わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ

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97 容疑者からはずすためなんですがね

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「昨夜、ロマネスクのオフィスのある建物で、死体が発見されたんですよ」

 ホークはわずかに眉をひそめて口を少し開け、五秒数えてから言った。

「誰が……死んだんですか」刑事が「二人」と言っていないので、単数形で言った。

 エディの顔を見た。エディが意味ありげに視線を返して来た。

「まさか……僕の客の……」

「いえ、レコフ社長とアシスタントのレベッカさんは無事です。財務のブルラクさんも」

「……そうですか」ホークは安堵したように、少しゆっくり息をした。

 トムソンは書類の下に手をやって、何かを取り出した。

「このカフリンクスに見覚えはありませんか? または、同僚のどなたかが着けているのを見たことは?」

 トムソンの手が、透明のビニール袋をテーブル越しに差し出した。

 ホークは身を乗り出して――その瞬間わき腹が軋みだした――見ると、昨夜失くした銀のカフリンクスが二つとも入っている。

「ありません」

「もっとよくご覧になって下さい」刑事が袋を手に取るように差し出す。

 ホークは手を伸ばさずに首を振った。

「見たことありません」

 トムソンが強い視線を向けた。

「キャンベルさん、血液型は?」

「O型です」嘘だった。健康診断に行くのをさぼっているので、会社には記録がない。

「この建物を御存じですか」

 トムソンが写真を何枚か見せた。ロマネスクのオフィスだ。

「……知りません」

「この二人に見覚えは」服装は違うが、昨夜、ホークが格闘した二人の男らしかった。

 ホークは「ない」と首を振った。

「指紋の採取に御協力をいただけるとありがたいのですが」

 即座にエディが遮った。

「それはできません。当社の社員を容疑者のように扱われるのは困ります。弁護士を通していただきたい」

「あくまでも、キャンベルさん個人にお伺いしているんですけどね」トムソンはホークから目を逸らさない。

「こちらで押収している指紋と照合して、容疑者からはずすためなんですがね」

「お断りします」エディがきっぱりと言った。

「すみません、容疑者って、なんですか」ホークはエディと刑事達を交互に見た。

 トムソンは、さっきから片時もホークから目を逸らさない。

「昨夜、ロマネスクのオフィスのある建物で、この二人の男性が死体で発見されたんですよ。状況から見て、何者かに殺されたと思われます。まだニュースには流れていませんが」

 ホークはエディを見た。無表情だ。

「で、なんで僕が容疑者なんですか?」

 トムソンが見つめているので目を逸らしにくい。

「いえ、容疑者からはずすためにお願いしているんです」

「その二人を知りませんし、ロマネスクのオフィスに行ってもいません」

「キャンベルさん、格闘妓は得意ですか?」

 ホークはわけがわからない、と戸惑って見せた。エディを見る。

「……エディと、ジムでボクシングしたことはあります」

「相当な腕前なんでしょう、お二人とも」

 こいつら、いったいどこで――ライアンか? ロマネスクの連中か?

「別に相手のことを知らなくても、偶発的に殺してしまうことはありますからね。格闘妓に優れた人間は、特に」

 いったいなぜ、こうまで自分を容疑者だと確信したように言うのだ。

 どこから来るのだ、その確信は。自分の何を知っているのだ。誰から聞いたのだ。

 アンドレかトマシュかライアンか。

 しかし、傷がもう我慢の限界を超えそうだった。

 ホークは時間が気になるような素振りで言った。

「もういいですか。今日、いっぱい注文入ってるんで」今にも立ち上がりたそうにする。

 エディが目配せし、言った。

「よろしいですか? 彼は稼ぎ頭なんですよ。こうしている間にも、当社は利益を上げる機会を失っている」

 刑事達は無言で渋々頷いた。

 ホークは軽く会釈して会議室を出ると、席には戻らずトイレに駆け込んだ。

 個室のドアに鍵をかけ、シャツをめくって傷を見た。

 ステープラーで密着させた傷の隙間から血とリンパ液が滲んでいる。

 消毒してテープを替えたいが、デスクの下に置いたままだ。

 とりあえず、ポケットに入れておいた痛み止めを口に入れて噛み砕いた。

 アラン・キャンベルを容疑者だと疑っているが、証拠がない。

 それが彼らの立ち位置だ。

 だが、なぜだ?
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