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97 容疑者からはずすためなんですがね
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「昨夜、ロマネスクのオフィスのある建物で、死体が発見されたんですよ」
ホークはわずかに眉を顰めて口を少し開け、五秒数えてから言った。
「誰が……死んだんですか」刑事が「二人」と言っていないので、単数形で言った。
エディの顔を見た。エディが意味ありげに視線を返して来た。
「まさか……僕の客の……」
「いえ、レコフ社長とアシスタントのレベッカさんは無事です。財務のブルラクさんも」
「……そうですか」ホークは安堵したように、少しゆっくり息をした。
トムソンは書類の下に手をやって、何かを取り出した。
「このカフリンクスに見覚えはありませんか? または、同僚のどなたかが着けているのを見たことは?」
トムソンの手が、透明のビニール袋をテーブル越しに差し出した。
ホークは身を乗り出して――その瞬間わき腹が軋みだした――見ると、昨夜失くした銀のカフリンクスが二つとも入っている。
「ありません」
「もっとよくご覧になって下さい」刑事が袋を手に取るように差し出す。
ホークは手を伸ばさずに首を振った。
「見たことありません」
トムソンが強い視線を向けた。
「キャンベルさん、血液型は?」
「O型です」嘘だった。健康診断に行くのをさぼっているので、会社には記録がない。
「この建物を御存じですか」
トムソンが写真を何枚か見せた。ロマネスクのオフィスだ。
「……知りません」
「この二人に見覚えは」服装は違うが、昨夜、ホークが格闘した二人の男らしかった。
ホークは「ない」と首を振った。
「指紋の採取に御協力をいただけるとありがたいのですが」
即座にエディが遮った。
「それはできません。当社の社員を容疑者のように扱われるのは困ります。弁護士を通していただきたい」
「あくまでも、キャンベルさん個人にお伺いしているんですけどね」トムソンはホークから目を逸らさない。
「こちらで押収している指紋と照合して、容疑者からはずすためなんですがね」
「お断りします」エディがきっぱりと言った。
「すみません、容疑者って、なんですか」ホークはエディと刑事達を交互に見た。
トムソンは、さっきから片時もホークから目を逸らさない。
「昨夜、ロマネスクのオフィスのある建物で、この二人の男性が死体で発見されたんですよ。状況から見て、何者かに殺されたと思われます。まだニュースには流れていませんが」
ホークはエディを見た。無表情だ。
「で、なんで僕が容疑者なんですか?」
トムソンが見つめているので目を逸らしにくい。
「いえ、容疑者からはずすためにお願いしているんです」
「その二人を知りませんし、ロマネスクのオフィスに行ってもいません」
「キャンベルさん、格闘妓は得意ですか?」
ホークはわけがわからない、と戸惑って見せた。エディを見る。
「……エディと、ジムでボクシングしたことはあります」
「相当な腕前なんでしょう、お二人とも」
こいつら、いったいどこで――ライアンか? ロマネスクの連中か?
「別に相手のことを知らなくても、偶発的に殺してしまうことはありますからね。格闘妓に優れた人間は、特に」
いったいなぜ、こうまで自分を容疑者だと確信したように言うのだ。
どこから来るのだ、その確信は。自分の何を知っているのだ。誰から聞いたのだ。
アンドレかトマシュかライアンか。
しかし、傷がもう我慢の限界を超えそうだった。
ホークは時間が気になるような素振りで言った。
「もういいですか。今日、いっぱい注文入ってるんで」今にも立ち上がりたそうにする。
エディが目配せし、言った。
「よろしいですか? 彼は稼ぎ頭なんですよ。こうしている間にも、当社は利益を上げる機会を失っている」
刑事達は無言で渋々頷いた。
ホークは軽く会釈して会議室を出ると、席には戻らずトイレに駆け込んだ。
個室のドアに鍵をかけ、シャツをめくって傷を見た。
ステープラーで密着させた傷の隙間から血とリンパ液が滲んでいる。
消毒してテープを替えたいが、デスクの下に置いたままだ。
とりあえず、ポケットに入れておいた痛み止めを口に入れて噛み砕いた。
アラン・キャンベルを容疑者だと疑っているが、証拠がない。
それが彼らの立ち位置だ。
だが、なぜだ?
ホークはわずかに眉を顰めて口を少し開け、五秒数えてから言った。
「誰が……死んだんですか」刑事が「二人」と言っていないので、単数形で言った。
エディの顔を見た。エディが意味ありげに視線を返して来た。
「まさか……僕の客の……」
「いえ、レコフ社長とアシスタントのレベッカさんは無事です。財務のブルラクさんも」
「……そうですか」ホークは安堵したように、少しゆっくり息をした。
トムソンは書類の下に手をやって、何かを取り出した。
「このカフリンクスに見覚えはありませんか? または、同僚のどなたかが着けているのを見たことは?」
トムソンの手が、透明のビニール袋をテーブル越しに差し出した。
ホークは身を乗り出して――その瞬間わき腹が軋みだした――見ると、昨夜失くした銀のカフリンクスが二つとも入っている。
「ありません」
「もっとよくご覧になって下さい」刑事が袋を手に取るように差し出す。
ホークは手を伸ばさずに首を振った。
「見たことありません」
トムソンが強い視線を向けた。
「キャンベルさん、血液型は?」
「O型です」嘘だった。健康診断に行くのをさぼっているので、会社には記録がない。
「この建物を御存じですか」
トムソンが写真を何枚か見せた。ロマネスクのオフィスだ。
「……知りません」
「この二人に見覚えは」服装は違うが、昨夜、ホークが格闘した二人の男らしかった。
ホークは「ない」と首を振った。
「指紋の採取に御協力をいただけるとありがたいのですが」
即座にエディが遮った。
「それはできません。当社の社員を容疑者のように扱われるのは困ります。弁護士を通していただきたい」
「あくまでも、キャンベルさん個人にお伺いしているんですけどね」トムソンはホークから目を逸らさない。
「こちらで押収している指紋と照合して、容疑者からはずすためなんですがね」
「お断りします」エディがきっぱりと言った。
「すみません、容疑者って、なんですか」ホークはエディと刑事達を交互に見た。
トムソンは、さっきから片時もホークから目を逸らさない。
「昨夜、ロマネスクのオフィスのある建物で、この二人の男性が死体で発見されたんですよ。状況から見て、何者かに殺されたと思われます。まだニュースには流れていませんが」
ホークはエディを見た。無表情だ。
「で、なんで僕が容疑者なんですか?」
トムソンが見つめているので目を逸らしにくい。
「いえ、容疑者からはずすためにお願いしているんです」
「その二人を知りませんし、ロマネスクのオフィスに行ってもいません」
「キャンベルさん、格闘妓は得意ですか?」
ホークはわけがわからない、と戸惑って見せた。エディを見る。
「……エディと、ジムでボクシングしたことはあります」
「相当な腕前なんでしょう、お二人とも」
こいつら、いったいどこで――ライアンか? ロマネスクの連中か?
「別に相手のことを知らなくても、偶発的に殺してしまうことはありますからね。格闘妓に優れた人間は、特に」
いったいなぜ、こうまで自分を容疑者だと確信したように言うのだ。
どこから来るのだ、その確信は。自分の何を知っているのだ。誰から聞いたのだ。
アンドレかトマシュかライアンか。
しかし、傷がもう我慢の限界を超えそうだった。
ホークは時間が気になるような素振りで言った。
「もういいですか。今日、いっぱい注文入ってるんで」今にも立ち上がりたそうにする。
エディが目配せし、言った。
「よろしいですか? 彼は稼ぎ頭なんですよ。こうしている間にも、当社は利益を上げる機会を失っている」
刑事達は無言で渋々頷いた。
ホークは軽く会釈して会議室を出ると、席には戻らずトイレに駆け込んだ。
個室のドアに鍵をかけ、シャツをめくって傷を見た。
ステープラーで密着させた傷の隙間から血とリンパ液が滲んでいる。
消毒してテープを替えたいが、デスクの下に置いたままだ。
とりあえず、ポケットに入れておいた痛み止めを口に入れて噛み砕いた。
アラン・キャンベルを容疑者だと疑っているが、証拠がない。
それが彼らの立ち位置だ。
だが、なぜだ?
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