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84 鼻息なのか、ため息なのか、わからない空気の動きが聞こえた。

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 ホークは半分だけレベッカの方に顔を向けた。

「あたしのルームメイトだった子が、よく話していたわ。知ってるでしょう、LB証券の人事部にいる、ハル・タキガワ」

「……ベッカ?」

 笑うと彼女の唇は殆ど見えなくなった。

「あの子、キャンベルさんのこと、何でも知ってるみたい」

「……」トマシュとアンドレの視線が自分に注がれている。

「君があの、ベッカ?」無理やり表情をつくって明るい声で言った。

「すごくいい仕事が見つかって出て行ったって、寂しがっていましたよ」

「ほう。共通の知り合いがいたのかね。それなら、その友達にも今度遊びに来てもらいなさい」トマシュが言った。

「嬉しい!」目を細めて笑いながら、レベッカはホークから目を離さなかった。

 耳元の髪に触った指に大きなダイヤの指輪があった。

 ダイヤを見せびらかすように手を膝の上に置いた。

 一瞬、ジェニファーの指輪かと思った。

 まさか……。



 ホテルから自分の家に向かう間、ホークは全エネルギーを頭の中に集結した。

 自分の記憶を猛スピードでスキャンする。

 ハルにしゃべったことの全てを取り出して検証する。

 いったい彼女は何をベッカにしゃべったのだ……

 カルロはダイヤの指輪については、ロニーから何も聞いていなかった。

 会社の女性と付き合っていると聞いて、捜査官の身分が割れないようにしろと注意しただけだ。

「本当に同じだったのか?」カルロが言った。

「二つを比べて見たわけじゃないし。でも、そっくりだった」

「ロマネスクの利益のために励んでいたのは確かだ。作戦として」

「じゃあ、ボーナスか? でもトマシュがそんなに気前がいい奴とは思えない」

「そういえば、おまえのボーナスはもう決まったのか?」

「さあ? もう決まる時期か?」

「クビにだけはなるなよ」



 部屋に帰ると携帯でハルに電話した。なかなか応答がない。留守番電話になった。

「ハル、訊きたいことがある。折り返し電話をくれ」

 待つ間にスーツを脱いで、冷蔵庫から冷えたペリエを出してグラスに注いだ。

 一口飲み、冷たいグラスをこめかみに当てて目を閉じた。気持ちがいい。

 携帯が鳴った。ハルだ。

「キャンベルさん」なぜか声を潜めている。

「私、まだ会社です」

「なんだ、残業か」八時半になるところだった。

「夕飯は?」

「ここで食べます」

「ええ、なんで?」

「まだ当分帰れません」

「ひどいな。どうしたんだ」

「あの、今人事部は、一年で一番忙しいんです」

「へえ、何かあるの?」

 鼻息なのか、ため息なのか、わからない空気の動きが聞こえた。

「何言ってんですか。キャンベルさん達のボーナスを準備しているからですよ!」

「あ、それそれ。今やってるんだ?」

「今日が最終の数字の締めなんですよ! ミケルソンさんからリストが来るのを待っているんです。そのあと役員会に出す書類を準備して……」

「あー、そうなんだ」

「どのくらい繰り延べに入れるかとか、フォーミュラを決めなきゃいけないし、仮の株価とか、為替レートとか、もう大変なんです」

「あー、そう」

「役員会の後、下院に出す準備もしなきゃいけないし」

「えー、大変なんだ」

「下院の委員会の人達が気に入らないと、社長が査問に呼ばれちゃうんです」

「はあー」

「だから忙しいんです!」ハルが切りそうになったので、慌ててホークは言った。

「ハル、きょう、ベッカに会った」

「え?」

「ベッカの就職先がわかったよ。僕の客の会社だった」

 実際は会社でも就職でもない。トマシュの愛人になったのだ。

「へええ……どこですか?」

「ロマネスク」

 ふーん……。ハルは会社の顧客の名前についてはよく知らないらしい。

「ベッカにおれのことしゃべっただろう」

「え? しゃべってませんよ」

「何をしゃべったか、よく整理しておいてくれないか」

 そんなこと言われても……。ごちゃごちゃと言い訳めいたことをつぶやいた。

「コンパニオンのバイトをしていたパーティに、ロマネスクの連中が来ていたんだろう。

 アンドレ・ブルラクとかトマシュ・レコフとか、覚えていないか」

 あーそう言えば……。

「そんな名刺を見せられた気がしますね」

「他に誰がいたのか、思い出せるだけ思い出してくれ」

 えー、覚えてない……。

「またランチに誘うよ。あ、そうだ」ホークは携帯を持ちかえた。

「僕のボーナス、いくらだった?」

「言えません!」ハルはきっぱりと言い放った。
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