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61 だって、少しでも長くキャンベルさんと一緒にいたいもの

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 席に戻ると既にパスタが運ばれていたが、マリーは手をつけていなかった。

 ぼんやりと庭のバラをながめている。

「すみません、お待たせしました」

 マリーはくるっとこっちを向いた。

「先に始めていただいてよかったのに」

「いーのよ。だって、少しでも長くキャンベルさんと一緒にいたいもの」

 ホークは微笑んだ。

「なんで僕なんかと一緒にいたいんです?」

「だって、あたしとこんな風に話してくれるの、キャンベルさんだけなんだもの。

 前のおじさんは、あたしなんか見向きもしないで、全部アンドレを通してやっていたわ」

「そうなんですか」

 それでロニーはマリーのことをあまりよく知らなかったのか。

 蛇を飼っていることも報告書で言及していなかった。

「でもキャンベルさんは、ちゃんとあたしとお話ししてくれるでしょ。それに、とってもハンサムだし」

「すみません。今度は本当にゆっくり……」後先を考えずに言った。

「じゃあ、いつ?」

「……もっと、成績を上げないと」

「あたしが何か買えばいいの?」

「そうですね……」

 ポケットのブラックベリーを取り出した。こちらも終始、振動し続けている。

 もう何通メールがたまっているか考えたくなかった。

「あ―……、本日のお勧めは……」FTSE100の先物の数字を言った。

「ただ、この間のようなことになると困りますので、この場で送金の手配をしていただかないと」

「今、お食事中じゃないの」マリーの大きな水色の目が咎めるように見た。

「すみません……」ホークは目を伏せた。伏せてもマリーの視線を感じる。

「いーわ。お食事のあとで、トマシュに電話する」ホークは目を上げて微笑んだ。

「そしたら、今度はゆっくり、あたしに奢らせて」

「わかりました」

 マリーは次にトマシュが出張する時がいい、と言った。

 それがいつか直前までわからないので、自分から連絡するとも言った。

 適当に相槌を打った。

 いざとなったらこちらも出張と言って断る手はある。

 コーヒーが運ばれて来た。

「ねえ、ラクロワさん、リリーの件ですが、僕がいい獣医を探しますよ」

「本当?」

「同僚に猫を飼っている奴がいるから」

 嘘じゃない。アダム・グリーンバーグだ。

 デスクの上に飼いネコの写真が飾られている。名前はカーチャだ。

「うれしい。キャンベルさんが、リリーのこと考えてくれるなんて」マリーが向けた笑顔は、今まで見た中では最上級だった。

「今、訊いてみます」マリーの目の前で携帯メールを送信した。相手はカルロだ。

『バスケットを預かるので、受け渡しを頼む』

「ラクロワさんは、蛇の扱いにとても慣れているんですね」

「だって、あたしのお父さん、サーカスの動物飼育係りだもの。蛇だけじゃなくて、熊もライオンもいたわ」

「……さすがに、熊やライオンは、ペットにしにくいですね」

「そんなことないわ。赤ちゃんの豹をうちで育てたことあるわ。キャンベルさんは、ペット飼わないの?」

「今は飼っていませんけど」カルロから返事が来た。“五分後にセント・ルークス教会の駐車スペース”

「子供の頃、犬を飼っていました。ジャーマン・シェパードを二匹」正確には、セブンオークスの館で父が飼っていた。

「ラクロワさん、そろそろ行きましょう」

 ナプキンを置いてウェイターを呼ぶ。

「あたしに払わせてね」マリーが小さな斜めがけポシェットからクレジット・カードを出した。

「まさか、いいですよ」マリーの手の上からカードを覆った。

「そのかわり、さっきの送金をお願いします」

「あ、そうだったわね」

 車の中で、ブラックベリーの画面に表示された金額をマリーに見せた。

 携帯でトマシュに電話するのを確かに聞いた。

「ありがとうございます」

 マリーの家までは車で一分ほどしかかからない。

「では、リリーをお預かりして、獣医に診せてきます」

「ありがと、キャンベルさん。リリーのこと、お願いね」マリーが両手でホークの手を握った。

「任せて下さい。ちゃんと……」助手席からマリーの顔が迫って来た。ホークは素早く唇の端にキスをした。

「ちゃんと獣医に診せて、明日お届けします」

「うれしい。明日も会えるのね」

「……」バイク便で届けさせようかと思っていたのだが。ホークは曖昧に笑った。

 教会の駐車場で黒いバンを見つけ、カルロの部下にバスケットの中身を見せた。

 彼は眉を顰めながら、鼠の残骸を、ビニールの手袋をはめた手でこそげ取って行った。
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