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125 ポルシェから降りたスーツ姿の二人の男は、いかにも場違いだった
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会ってもらえなかったら、手紙を出せばいい。
エディはそれで納得した。
たいした約定もなかったので、五時過ぎ、エディの車で一緒に出かけることにした。
彼の銀色のポルシェは、ホークの車と向かいの列の、エレベーターから三台目の位置に駐車されていた。
ジェイミーのレクサス、ジョルジオのジャガーなどと並んでいる。
エディは朝、いつもホークより早く出勤する。
カルロにメールでどこへ行くのかを伝えた。
携帯にはGPSがついているので、どの道どこにいるかは把握されている。見ようと思えば、ワシントンにいる上司トニーも見ることができる。
ポルシェの車内はエディが吸う煙草の匂いがした。灰皿に数本吸い殻が残っている。
気になるので窓を少し開けた。
アダムの実家はカンタベリー近辺の町にある。シティからは百キロほどの道のりだ。
二時間以上かかるだろう。
途中まで、かつてホークの実家があったセブンオークスへ行く道と同じだ。
「悪いな、つきあわせて」エディはいつもの冷静な口調だが、声は小さかった。
「おれが言い出したことだから」ホークは言った。
アダムを巻き込んだのは自分だ。エディは仕事をしただけだ。
「おれはあいつに解雇を伝えたからな……」
「解雇を言い渡すって、どういう気分だ」
「……嫌な気分だよ」
「慣れてるのかと思った」
「何度やったって嫌なもんだ。眠れなくなる」
エディの横顔を見た。前の車のテールランプが顔に赤く反射している。
「会社の決断なんだから、仕方ないよな」
「そうだが、おれ自身、ある意味納得してやってる。会社の決断に同意して」
ホークは頷いた。
小さな町の狭い道路で多少迷った。
アダムの実家を探し当てるまで時間がかかった。
すっかり日が暮れて、町の中心から離れた狭い道は、街灯がまばらなのでよけい暗い。
明かりがついていない家もある。
人通りのない静まり返った田舎道に、減速したポルシェのエンジンの音が異様に大きく響いた。
アダムの実家は、道路から少し引っ込んだコンパウンドの中の一軒で、家の背後は牧草地に続いているらしく真っ暗だった。
スペースがあったので、敷地内にポルシェを停めた。
二階の一部屋と一階に明かりがついている。来ることをわざと知らせずに来た。
エディがドアの呼び鈴を押した。
そこには六軒の家があり、トラクターやワゴン車が駐車されていた。
ポルシェから降りたスーツ姿の二人の男は、いかにも場違いだった。
チェーンをつけたまま玄関のドアが細めに開いた。
「どなた?」女性の声だ。かなり低い位置に目があった。
「夜分突然すみません、LB証券でアダム・グリーンバーグさんの同僚だったエディ・ミケルソンです」エディは相手の目を見下ろしてしゃべった。
「アダムの会社の人?」
「はい」
「何の用?」
「実は、アダムの解雇の理由についてご家族が納得なさっていないとお聞きして、説明しに参りました」
「そのことなら、弁護士を通してください」
ドアが閉まりそうになった。ホークがドアノブを掴んだ。
「すみません、僕、アダムの隣の席だった、アラン・キャンベルです。アダムとはよくランチに行ったり、飲みに行ったり、隣同士でおしゃべりしていました。入社してから色々教えてもらって……」
ドアを閉めようとする力が弱まった。
「僕だけじゃなくて、会社のみんなも、アダムがこんなことになったのが信じられなくて、朝会もそっちのけで泣いていたんです」
「……」
「面接に行っているようだったから、決まるといいねって、皆と話していたんです」
カチャカチャという音がして、チェーンがはずされた。
「どうぞ」
ドアを開けたのはアダムの妹で、名前はキャロリンだと言った。
結婚して近くに住んでいるが、両親が体調を崩したので来ているのだ。
麦の穂のような色の髪を無造作にまとめ、化粧っ気のない雀斑のある頬に、水色の目をしていた。
アダムも背が高くなかったが、彼女も短躯で、ざっくり編んだ厚手のセーターがふくよかな体形を覆っている。
握手をした手首は骨が見えないくらい丸みを帯びていた。
ホークたちは居間に通された。
古そうな木枠のソファに手作りらしい刺繍のカバーがかかっている。
座ると二人の男の長い脚が、低い木のテーブルに向かって膝を突き出す格好になった。
エディはそれで納得した。
たいした約定もなかったので、五時過ぎ、エディの車で一緒に出かけることにした。
彼の銀色のポルシェは、ホークの車と向かいの列の、エレベーターから三台目の位置に駐車されていた。
ジェイミーのレクサス、ジョルジオのジャガーなどと並んでいる。
エディは朝、いつもホークより早く出勤する。
カルロにメールでどこへ行くのかを伝えた。
携帯にはGPSがついているので、どの道どこにいるかは把握されている。見ようと思えば、ワシントンにいる上司トニーも見ることができる。
ポルシェの車内はエディが吸う煙草の匂いがした。灰皿に数本吸い殻が残っている。
気になるので窓を少し開けた。
アダムの実家はカンタベリー近辺の町にある。シティからは百キロほどの道のりだ。
二時間以上かかるだろう。
途中まで、かつてホークの実家があったセブンオークスへ行く道と同じだ。
「悪いな、つきあわせて」エディはいつもの冷静な口調だが、声は小さかった。
「おれが言い出したことだから」ホークは言った。
アダムを巻き込んだのは自分だ。エディは仕事をしただけだ。
「おれはあいつに解雇を伝えたからな……」
「解雇を言い渡すって、どういう気分だ」
「……嫌な気分だよ」
「慣れてるのかと思った」
「何度やったって嫌なもんだ。眠れなくなる」
エディの横顔を見た。前の車のテールランプが顔に赤く反射している。
「会社の決断なんだから、仕方ないよな」
「そうだが、おれ自身、ある意味納得してやってる。会社の決断に同意して」
ホークは頷いた。
小さな町の狭い道路で多少迷った。
アダムの実家を探し当てるまで時間がかかった。
すっかり日が暮れて、町の中心から離れた狭い道は、街灯がまばらなのでよけい暗い。
明かりがついていない家もある。
人通りのない静まり返った田舎道に、減速したポルシェのエンジンの音が異様に大きく響いた。
アダムの実家は、道路から少し引っ込んだコンパウンドの中の一軒で、家の背後は牧草地に続いているらしく真っ暗だった。
スペースがあったので、敷地内にポルシェを停めた。
二階の一部屋と一階に明かりがついている。来ることをわざと知らせずに来た。
エディがドアの呼び鈴を押した。
そこには六軒の家があり、トラクターやワゴン車が駐車されていた。
ポルシェから降りたスーツ姿の二人の男は、いかにも場違いだった。
チェーンをつけたまま玄関のドアが細めに開いた。
「どなた?」女性の声だ。かなり低い位置に目があった。
「夜分突然すみません、LB証券でアダム・グリーンバーグさんの同僚だったエディ・ミケルソンです」エディは相手の目を見下ろしてしゃべった。
「アダムの会社の人?」
「はい」
「何の用?」
「実は、アダムの解雇の理由についてご家族が納得なさっていないとお聞きして、説明しに参りました」
「そのことなら、弁護士を通してください」
ドアが閉まりそうになった。ホークがドアノブを掴んだ。
「すみません、僕、アダムの隣の席だった、アラン・キャンベルです。アダムとはよくランチに行ったり、飲みに行ったり、隣同士でおしゃべりしていました。入社してから色々教えてもらって……」
ドアを閉めようとする力が弱まった。
「僕だけじゃなくて、会社のみんなも、アダムがこんなことになったのが信じられなくて、朝会もそっちのけで泣いていたんです」
「……」
「面接に行っているようだったから、決まるといいねって、皆と話していたんです」
カチャカチャという音がして、チェーンがはずされた。
「どうぞ」
ドアを開けたのはアダムの妹で、名前はキャロリンだと言った。
結婚して近くに住んでいるが、両親が体調を崩したので来ているのだ。
麦の穂のような色の髪を無造作にまとめ、化粧っ気のない雀斑のある頬に、水色の目をしていた。
アダムも背が高くなかったが、彼女も短躯で、ざっくり編んだ厚手のセーターがふくよかな体形を覆っている。
握手をした手首は骨が見えないくらい丸みを帯びていた。
ホークたちは居間に通された。
古そうな木枠のソファに手作りらしい刺繍のカバーがかかっている。
座ると二人の男の長い脚が、低い木のテーブルに向かって膝を突き出す格好になった。
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