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124 ま、石避けくらいにはなってやるよ
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アダムの死は自殺と断定されず、警察の捜査は続いていた。
アダムの部屋は封鎖されたままで、遺体の返還もされず、家族は葬式も出せない状態だった。
「だから、会社としては何もできないんです」ハルが電話でそう言った。
「株式部は葬式みたいだよ」
客からの電話がかかってこない。周りは誰もいないのかと思うほど静かだ。その実、皆席に座っている。
「人事部もそんな感じです……」ハルの声は弱弱しい。
「大丈夫かい?」
「キャンベルさんこそ……」
「イーサンが、この列呪われているとか言い出して」
「そ、そうですよ、きっと。だって、フィッシャーさんもグリーンバーグさんも……」
「そんなわけないだろう」ホークは笑った。
「キャンベルさんが神経太すぎるんですよ」
ハルは電話をかけた用を思い出したように言った。
ホークの生命保険の受取人が「指定なし」の状態に戻ったと言う。
先週ハルに言われた通り、ホークは「受取人の変更は間違いだ」と保険会社に返事を出しておいたのだ。
「ありがとう。ところで引っ越しは済んだの?」
「はい。母が手伝ってくれて。まだいるんです」
「それはよかったね」
「それで今週末、ハウス・ウォーミングパーティーを……」
「あー残念だな。アメリカに帰るんだ」嘘を言った。
「あ、そうなんですね……じゃ、婚約者の方と……」
思わずクスッと笑った。
「何、焼きもちやいてくれるの?」
「そんな……違います」
ハルが突然「あ」と言った。声を潜める。
「ミケルソンさんです。部長の部屋から出てきました」
ハルの電話を切るとイーサンの視線を感じた。
「やっぱりこの列は呪われているんだ」
席替えの希望をエディとジェイミー宛てに出したが、返事はないらしい。
「おまえも一緒に出せよ」とホークに言う。
「いや、おれはそんな迷信深い方じゃないから」
「あ、そうか」ハッとしたようにイーサンは眉を顰めた。
「おまえの席はもう、一回祟りがあったんだ。だからクリーンだ!」
イーサンが突如立ち上がり、ガバッとホークの椅子の背を掴んだ。
「席替わってくれ!」
「え、ちょっと、待て……」
「おまえ、それで落ちついているんだな。そうだったんだ!」
「イーサン、よせ……」
「頼む! 替わってくれ!」
「落ちつけよ、それならおれじゃなくて、アダムの席にすればいいだろ」
「嫌だ! おまえの席がいい!」
「よせったら……」イーサンがホークの腕を掴んで揺さぶる。
エディがフロアに戻ってきた。何か考え込んでいるらしく、心持ち俯いて見える。いつもならエディに叱責されそうだが、彼はホークたちを無視して歩いて行った。
心ここにあらずと言う感じだ。
そのまま自分の部屋に入るのを見て、ホークは席を立った。
エディがドアを閉める前にホークは声を掛けた。
「なんだ」
「イーサンが席替えの件を待っている」
エディはため息をついた。
「今それどころじゃない」
エディは座ると片ひじをついて額を支えた。
「何かあったのか」ホークはドアを閉めた。
「……家族が納得しないんだ」
「誰の家族?」
「アダムに決まっているだろ」
「何を納得しないんだ」
「警察は、アダムは自殺した可能性もあると言っていた。解雇の理由を訊かれたから、服務規程違反だと答えた。会社の正式見解としてだ」
「それで?」
「どんな違反をしたのか説明しろと言ってきた。それは書面に残されていない。違反条項が書かれただけで、アダムがそれにサインしている」
「本人が認めたってことか」
「そうだ。それ以上詳細を公にする必要のないことだ」
エディらしい。あくまでも規則に従う。
「家族としては詳細を知りたいだろうな」
「今のままでは理由がわからないから納得しないんだ」
「……自殺じゃないと言ってるのか」
エディが顔を上げた。
「おれだって、解雇の理由のせいでアダムが自殺するとは思わない」
「そうなのか」
「おまえはどう思う?」
「理由は何なんだよ」知っていたが、そうは言えない。
エディは一瞬ためらった。
「いかがわしいビデオを会社のパーソナル・ドライブにダウンロードしたんだ」
「そんなすぐわかること、するか?」
「本人は身に覚えないと言ってた。だけどあいつ正直だから、同じものを自分のラップトップにダウンロードしたと言ったんだ。だとしたら、家から会社のサーバーにログインしている時、間違ってコピーされたのかもしれないな」
カルロのチームのハッカーが仕組んだことだ。
「あの朝コンプライアンスに呼ばれて、そのビデオを見せられたよ」
「でも、そんなことですぐ解雇するのか」
「それだけが理由じゃない。あいつは成績が既にボーダーラインだった。ビデオの件は駄目押しだ」
「……確かにそんなことで自殺しないよな」
「自殺かどうかは警察が調べて結論するまでわからないが、解雇の理由は自殺に値しない」
「で、どうするんだ」
「家族に伝えないと。法的手段に訴えられたら困る」
「……つまり、クビにはなったけど、自殺するほどのことじゃないって?」
「そうだ」
エディらしいと思った。いやこれは、もとはと言えば自分のせいだ。そもそもアダムを巻き込んだのは……。
「どうするつもりだ?」
「……これから手紙を書く」
「手紙よりも会って話した方がいい」
「会う?」エディは眉根を寄せた。
「会って話した方が、誠意が伝わると思う」
エディは当惑していた。
「どうやって誠意を伝えるんだ?」
「違反の詳細を言わないのは、本人の名誉のためと言うんだ」
エディは半信半疑だ。
「行っても歓迎されないだろう」
「門前払いかもしれないな。石を投げられるか」
エディは苦笑した。
「ま、石避けくらいにはなってやるよ」
アダムの部屋は封鎖されたままで、遺体の返還もされず、家族は葬式も出せない状態だった。
「だから、会社としては何もできないんです」ハルが電話でそう言った。
「株式部は葬式みたいだよ」
客からの電話がかかってこない。周りは誰もいないのかと思うほど静かだ。その実、皆席に座っている。
「人事部もそんな感じです……」ハルの声は弱弱しい。
「大丈夫かい?」
「キャンベルさんこそ……」
「イーサンが、この列呪われているとか言い出して」
「そ、そうですよ、きっと。だって、フィッシャーさんもグリーンバーグさんも……」
「そんなわけないだろう」ホークは笑った。
「キャンベルさんが神経太すぎるんですよ」
ハルは電話をかけた用を思い出したように言った。
ホークの生命保険の受取人が「指定なし」の状態に戻ったと言う。
先週ハルに言われた通り、ホークは「受取人の変更は間違いだ」と保険会社に返事を出しておいたのだ。
「ありがとう。ところで引っ越しは済んだの?」
「はい。母が手伝ってくれて。まだいるんです」
「それはよかったね」
「それで今週末、ハウス・ウォーミングパーティーを……」
「あー残念だな。アメリカに帰るんだ」嘘を言った。
「あ、そうなんですね……じゃ、婚約者の方と……」
思わずクスッと笑った。
「何、焼きもちやいてくれるの?」
「そんな……違います」
ハルが突然「あ」と言った。声を潜める。
「ミケルソンさんです。部長の部屋から出てきました」
ハルの電話を切るとイーサンの視線を感じた。
「やっぱりこの列は呪われているんだ」
席替えの希望をエディとジェイミー宛てに出したが、返事はないらしい。
「おまえも一緒に出せよ」とホークに言う。
「いや、おれはそんな迷信深い方じゃないから」
「あ、そうか」ハッとしたようにイーサンは眉を顰めた。
「おまえの席はもう、一回祟りがあったんだ。だからクリーンだ!」
イーサンが突如立ち上がり、ガバッとホークの椅子の背を掴んだ。
「席替わってくれ!」
「え、ちょっと、待て……」
「おまえ、それで落ちついているんだな。そうだったんだ!」
「イーサン、よせ……」
「頼む! 替わってくれ!」
「落ちつけよ、それならおれじゃなくて、アダムの席にすればいいだろ」
「嫌だ! おまえの席がいい!」
「よせったら……」イーサンがホークの腕を掴んで揺さぶる。
エディがフロアに戻ってきた。何か考え込んでいるらしく、心持ち俯いて見える。いつもならエディに叱責されそうだが、彼はホークたちを無視して歩いて行った。
心ここにあらずと言う感じだ。
そのまま自分の部屋に入るのを見て、ホークは席を立った。
エディがドアを閉める前にホークは声を掛けた。
「なんだ」
「イーサンが席替えの件を待っている」
エディはため息をついた。
「今それどころじゃない」
エディは座ると片ひじをついて額を支えた。
「何かあったのか」ホークはドアを閉めた。
「……家族が納得しないんだ」
「誰の家族?」
「アダムに決まっているだろ」
「何を納得しないんだ」
「警察は、アダムは自殺した可能性もあると言っていた。解雇の理由を訊かれたから、服務規程違反だと答えた。会社の正式見解としてだ」
「それで?」
「どんな違反をしたのか説明しろと言ってきた。それは書面に残されていない。違反条項が書かれただけで、アダムがそれにサインしている」
「本人が認めたってことか」
「そうだ。それ以上詳細を公にする必要のないことだ」
エディらしい。あくまでも規則に従う。
「家族としては詳細を知りたいだろうな」
「今のままでは理由がわからないから納得しないんだ」
「……自殺じゃないと言ってるのか」
エディが顔を上げた。
「おれだって、解雇の理由のせいでアダムが自殺するとは思わない」
「そうなのか」
「おまえはどう思う?」
「理由は何なんだよ」知っていたが、そうは言えない。
エディは一瞬ためらった。
「いかがわしいビデオを会社のパーソナル・ドライブにダウンロードしたんだ」
「そんなすぐわかること、するか?」
「本人は身に覚えないと言ってた。だけどあいつ正直だから、同じものを自分のラップトップにダウンロードしたと言ったんだ。だとしたら、家から会社のサーバーにログインしている時、間違ってコピーされたのかもしれないな」
カルロのチームのハッカーが仕組んだことだ。
「あの朝コンプライアンスに呼ばれて、そのビデオを見せられたよ」
「でも、そんなことですぐ解雇するのか」
「それだけが理由じゃない。あいつは成績が既にボーダーラインだった。ビデオの件は駄目押しだ」
「……確かにそんなことで自殺しないよな」
「自殺かどうかは警察が調べて結論するまでわからないが、解雇の理由は自殺に値しない」
「で、どうするんだ」
「家族に伝えないと。法的手段に訴えられたら困る」
「……つまり、クビにはなったけど、自殺するほどのことじゃないって?」
「そうだ」
エディらしいと思った。いやこれは、もとはと言えば自分のせいだ。そもそもアダムを巻き込んだのは……。
「どうするつもりだ?」
「……これから手紙を書く」
「手紙よりも会って話した方がいい」
「会う?」エディは眉根を寄せた。
「会って話した方が、誠意が伝わると思う」
エディは当惑していた。
「どうやって誠意を伝えるんだ?」
「違反の詳細を言わないのは、本人の名誉のためと言うんだ」
エディは半信半疑だ。
「行っても歓迎されないだろう」
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