わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ

文字の大きさ
上 下
121 / 139

121 息子のことが心配でならないんだ

しおりを挟む
 ワシントンとロンドンとの間で協議が行われた――

 作戦終了前にホークを帰国させるべきかどうか。

 ロマネスクの資金洗浄クライアントらしきローガン・ファレルなる人物について。

 どの程度ホークの正体を知って殺害を企てているのか。

 マーガレット・ブラウンに指示をしていたのは誰だ? 


 FCA金融行動監視機構からホークはその後何度か呼び出された。

「あなたはロマネスクからの指値さしね注文の買い手が誰か知っていましたか」

「知りません」

「指値のプライスがおかしいとは思わなかったのですか」

「思ったこともあります」日本株の件で東京のタック・ヤマグチにそう言われた。

「あなたはおかしなプライスだと思って、断ることはしなかったのですか」

「断ったこともあります」レベッカの指値注文を断った件だ。

 電話の録音を聞けばわかることなのに、彼らはしつこかった。


「アダムの奴、どうしているかな」

「この間、S社を受けてたらしいぜ」

「決まりそうなのか」

「だといいけどな」

 ルパートとイーサンが話している。

「そういや受付の彼女が言ってたけど、うちも営業員候補を面接しているらしいぜ」

 営業部の面々は、今の発言をしたルパートの方を向いた。

「いや、前の会社の営業にいた奴が、一階のクライアント・エリアから出て来たのを見かけたからさ」

「そうやって何人か候補者に会っているうちに、たまたまいい奴が予定外に出てくると、あっさりおれ達が切られて入れ替えられるんだ」イーサンが言った。

「よくあることだぜ」FXのジョンが言った。

「そん時は割り増し退職金をもらう交渉でもやるんだな」ルパートが言った。

 二十階のスタッフたちは二十一階のセミナールームに座っている。

 審査部が社内向けに開いた『地政学リスク』についてのレクチャーを聴くためだ。

 話題は中東、イスラエル、ウクライナ、中国、パキスタン、インド、北朝鮮などであった。

 レイチェルのチームがまとめた最新情報の分析だったが、見ていると、ワシントンにいるアナリストたちのやることに似ているところが多かった。

 ただしこちらは目的が、投資環境と金融商品の先行きを予測することにある点が違う。

 ロシアはクリミヤ半島を失いたくない。もともとオデッサはロシアの軍港だ。

 ウクライナが親ロシア政権であれば、ロシアの艦隊が停泊していられる。

 ホークは身を乗り出した。

 レイチェルのスライドに映し出された港の写真に、偶然ロマネスク所有の大型貨物船が写っていた。

 ウクライナに大型貨物船で運ぶ荷は何だ? 食品は陸路と空路で来る。

 船で運ぶものは腐らなくて重いものだ。

 武器かもしれない。だが誰に売るのだ? ロシア艦隊の目の前で――。

 スクリーンに目を凝らしていると、隣からジョルジオの声がした。

「何かあるのか」

「ああ、ロマネスクの貨物船が」そう言った時、既に画面は変わっていた。

「あれ、いつの映像かな」

「最近さ」ジョルジオは言った。

「アメリカはロシアを制裁すると思うか」

「どうして」

「聞いてなかったのか」

 来年ソチオリンピックを控えている。ロシアは成功させたいはずだ。

「ウクライナの親EU派が選挙で勝つとか、またはクーデターとか起こした場合、ロシアは親ロシア派に手を差し伸べる」

「内戦になるのか?」

 ジョルジオは頷いた。

「今日のレクチャーは、まさにそれを示唆している」

 ホークは壇上のレイチェルを見た。既に話は中東に移っている。

「ウクライナがEUに加盟したら、オデッサにロシアの艦隊は停泊できなくなる」

「それは避けたいだろうな」

「思うに、ロシアは今から親ロシア民兵組織のようなものをつくっている」

 ジョルジオの形のいい鼻をスクリーンのライトが青白く照らしていた。

「なんでそんなことを知っているんだ」

「知りはしない。そう思うだけだ」

「クリミア争奪戦に備えて?」

「ああ」

「当然アメリカも黙っちゃいないな」

「どうすると思う」

「親EUの民兵組織をつくる」

 二人は顔を合わせてにんまり笑った。

「そう言えば、ジャパン・ツアーはどうだった?」

 ジョルジオはにこやかに言った。

「北から南まで随分会社を回った。東京のスタッフも一緒にな」

「タック?」

「ああ。あと、マキが旅程を全部やってくれた」

「……『セブンオークス』は」

「社長と投資のヘッドが来た。いろんな話をしたよ。社長の息子の話とか」

「息子?」

「息子のことが心配でならないんだ。運転手付きの車で通学させようとしたら、絶対嫌だって猛反発されたって。当たり前だろ」

「何かあったのか?」ホークはジョルジオの顔を見た。

「過保護なだけさ」

 ……叔父は意味もなく、過保護にはしない。

「どうかしたか?」

「いや……」

「そこの二人! 何か質問?」

 レイチェルの厳しい声が飛んできた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

COVERTー隠れ蓑を探してー

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
潜入捜査官である山崎晶(やまざきあきら)は、船舶代理店の営業として生活をしていた。営業と言いながらも、愛想を振りまく事が苦手で、未だエス(情報提供者)の数が少なかった。  ある日、ボスからエスになれそうな女性がいると合コンを秘密裏にセッティングされた。山口夏恋(やまぐちかれん)という女性はよいエスに育つだろうとボスに言われる。彼女をエスにするかはゆっくりと考えればいい。そう思っていた矢先に事件は起きた。    潜入先の会社が手配したコンテナ船の荷物から大量の武器が発見された。追い打ちをかけるように、合コンで知り合った山口夏恋が何者かに連れ去られてしまう。 『もしかしたら、事件は全て繋がっているんじゃないのか!』  山崎は真の身分を隠したまま、事件を解決することができるのか。そして、山口夏恋を無事に救出することはできるのか。偽りで固めた生活に、後ろめたさを抱えながら捜索に疾走する若手潜入捜査官のお話です。 ※全てフィクションです。 ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...