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121 息子のことが心配でならないんだ
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ワシントンとロンドンとの間で協議が行われた――
作戦終了前にホークを帰国させるべきかどうか。
ロマネスクの資金洗浄クライアントらしきローガン・ファレルなる人物について。
どの程度ホークの正体を知って殺害を企てているのか。
マーガレット・ブラウンに指示をしていたのは誰だ?
FCAからホークはその後何度か呼び出された。
「あなたはロマネスクからの指値注文の買い手が誰か知っていましたか」
「知りません」
「指値のプライスがおかしいとは思わなかったのですか」
「思ったこともあります」日本株の件で東京のタック・ヤマグチにそう言われた。
「あなたはおかしなプライスだと思って、断ることはしなかったのですか」
「断ったこともあります」レベッカの指値注文を断った件だ。
電話の録音を聞けばわかることなのに、彼らはしつこかった。
「アダムの奴、どうしているかな」
「この間、S社を受けてたらしいぜ」
「決まりそうなのか」
「だといいけどな」
ルパートとイーサンが話している。
「そういや受付の彼女が言ってたけど、うちも営業員候補を面接しているらしいぜ」
営業部の面々は、今の発言をしたルパートの方を向いた。
「いや、前の会社の営業にいた奴が、一階のクライアント・エリアから出て来たのを見かけたからさ」
「そうやって何人か候補者に会っているうちに、たまたまいい奴が予定外に出てくると、あっさりおれ達が切られて入れ替えられるんだ」イーサンが言った。
「よくあることだぜ」FXのジョンが言った。
「そん時は割り増し退職金をもらう交渉でもやるんだな」ルパートが言った。
二十階のスタッフたちは二十一階のセミナールームに座っている。
審査部が社内向けに開いた『地政学リスク』についてのレクチャーを聴くためだ。
話題は中東、イスラエル、ウクライナ、中国、パキスタン、インド、北朝鮮などであった。
レイチェルのチームがまとめた最新情報の分析だったが、見ていると、ワシントンにいるアナリストたちのやることに似ているところが多かった。
ただしこちらは目的が、投資環境と金融商品の先行きを予測することにある点が違う。
ロシアはクリミヤ半島を失いたくない。もともとオデッサはロシアの軍港だ。
ウクライナが親ロシア政権であれば、ロシアの艦隊が停泊していられる。
ホークは身を乗り出した。
レイチェルのスライドに映し出された港の写真に、偶然ロマネスク所有の大型貨物船が写っていた。
ウクライナに大型貨物船で運ぶ荷は何だ? 食品は陸路と空路で来る。
船で運ぶものは腐らなくて重いものだ。
武器かもしれない。だが誰に売るのだ? ロシア艦隊の目の前で――。
スクリーンに目を凝らしていると、隣からジョルジオの声がした。
「何かあるのか」
「ああ、ロマネスクの貨物船が」そう言った時、既に画面は変わっていた。
「あれ、いつの映像かな」
「最近さ」ジョルジオは言った。
「アメリカはロシアを制裁すると思うか」
「どうして」
「聞いてなかったのか」
来年ソチオリンピックを控えている。ロシアは成功させたいはずだ。
「ウクライナの親EU派が選挙で勝つとか、またはクーデターとか起こした場合、ロシアは親ロシア派に手を差し伸べる」
「内戦になるのか?」
ジョルジオは頷いた。
「今日のレクチャーは、まさにそれを示唆している」
ホークは壇上のレイチェルを見た。既に話は中東に移っている。
「ウクライナがEUに加盟したら、オデッサにロシアの艦隊は停泊できなくなる」
「それは避けたいだろうな」
「思うに、ロシアは今から親ロシア民兵組織のようなものをつくっている」
ジョルジオの形のいい鼻をスクリーンのライトが青白く照らしていた。
「なんでそんなことを知っているんだ」
「知りはしない。そう思うだけだ」
「クリミア争奪戦に備えて?」
「ああ」
「当然アメリカも黙っちゃいないな」
「どうすると思う」
「親EUの民兵組織をつくる」
二人は顔を合わせてにんまり笑った。
「そう言えば、ジャパン・ツアーはどうだった?」
ジョルジオはにこやかに言った。
「北から南まで随分会社を回った。東京のスタッフも一緒にな」
「タック?」
「ああ。あと、マキが旅程を全部やってくれた」
「……『セブンオークス』は」
「社長と投資のヘッドが来た。いろんな話をしたよ。社長の息子の話とか」
「息子?」
「息子のことが心配でならないんだ。運転手付きの車で通学させようとしたら、絶対嫌だって猛反発されたって。当たり前だろ」
「何かあったのか?」ホークはジョルジオの顔を見た。
「過保護なだけさ」
……叔父は意味もなく、過保護にはしない。
「どうかしたか?」
「いや……」
「そこの二人! 何か質問?」
レイチェルの厳しい声が飛んできた。
作戦終了前にホークを帰国させるべきかどうか。
ロマネスクの資金洗浄クライアントらしきローガン・ファレルなる人物について。
どの程度ホークの正体を知って殺害を企てているのか。
マーガレット・ブラウンに指示をしていたのは誰だ?
FCAからホークはその後何度か呼び出された。
「あなたはロマネスクからの指値注文の買い手が誰か知っていましたか」
「知りません」
「指値のプライスがおかしいとは思わなかったのですか」
「思ったこともあります」日本株の件で東京のタック・ヤマグチにそう言われた。
「あなたはおかしなプライスだと思って、断ることはしなかったのですか」
「断ったこともあります」レベッカの指値注文を断った件だ。
電話の録音を聞けばわかることなのに、彼らはしつこかった。
「アダムの奴、どうしているかな」
「この間、S社を受けてたらしいぜ」
「決まりそうなのか」
「だといいけどな」
ルパートとイーサンが話している。
「そういや受付の彼女が言ってたけど、うちも営業員候補を面接しているらしいぜ」
営業部の面々は、今の発言をしたルパートの方を向いた。
「いや、前の会社の営業にいた奴が、一階のクライアント・エリアから出て来たのを見かけたからさ」
「そうやって何人か候補者に会っているうちに、たまたまいい奴が予定外に出てくると、あっさりおれ達が切られて入れ替えられるんだ」イーサンが言った。
「よくあることだぜ」FXのジョンが言った。
「そん時は割り増し退職金をもらう交渉でもやるんだな」ルパートが言った。
二十階のスタッフたちは二十一階のセミナールームに座っている。
審査部が社内向けに開いた『地政学リスク』についてのレクチャーを聴くためだ。
話題は中東、イスラエル、ウクライナ、中国、パキスタン、インド、北朝鮮などであった。
レイチェルのチームがまとめた最新情報の分析だったが、見ていると、ワシントンにいるアナリストたちのやることに似ているところが多かった。
ただしこちらは目的が、投資環境と金融商品の先行きを予測することにある点が違う。
ロシアはクリミヤ半島を失いたくない。もともとオデッサはロシアの軍港だ。
ウクライナが親ロシア政権であれば、ロシアの艦隊が停泊していられる。
ホークは身を乗り出した。
レイチェルのスライドに映し出された港の写真に、偶然ロマネスク所有の大型貨物船が写っていた。
ウクライナに大型貨物船で運ぶ荷は何だ? 食品は陸路と空路で来る。
船で運ぶものは腐らなくて重いものだ。
武器かもしれない。だが誰に売るのだ? ロシア艦隊の目の前で――。
スクリーンに目を凝らしていると、隣からジョルジオの声がした。
「何かあるのか」
「ああ、ロマネスクの貨物船が」そう言った時、既に画面は変わっていた。
「あれ、いつの映像かな」
「最近さ」ジョルジオは言った。
「アメリカはロシアを制裁すると思うか」
「どうして」
「聞いてなかったのか」
来年ソチオリンピックを控えている。ロシアは成功させたいはずだ。
「ウクライナの親EU派が選挙で勝つとか、またはクーデターとか起こした場合、ロシアは親ロシア派に手を差し伸べる」
「内戦になるのか?」
ジョルジオは頷いた。
「今日のレクチャーは、まさにそれを示唆している」
ホークは壇上のレイチェルを見た。既に話は中東に移っている。
「ウクライナがEUに加盟したら、オデッサにロシアの艦隊は停泊できなくなる」
「それは避けたいだろうな」
「思うに、ロシアは今から親ロシア民兵組織のようなものをつくっている」
ジョルジオの形のいい鼻をスクリーンのライトが青白く照らしていた。
「なんでそんなことを知っているんだ」
「知りはしない。そう思うだけだ」
「クリミア争奪戦に備えて?」
「ああ」
「当然アメリカも黙っちゃいないな」
「どうすると思う」
「親EUの民兵組織をつくる」
二人は顔を合わせてにんまり笑った。
「そう言えば、ジャパン・ツアーはどうだった?」
ジョルジオはにこやかに言った。
「北から南まで随分会社を回った。東京のスタッフも一緒にな」
「タック?」
「ああ。あと、マキが旅程を全部やってくれた」
「……『セブンオークス』は」
「社長と投資のヘッドが来た。いろんな話をしたよ。社長の息子の話とか」
「息子?」
「息子のことが心配でならないんだ。運転手付きの車で通学させようとしたら、絶対嫌だって猛反発されたって。当たり前だろ」
「何かあったのか?」ホークはジョルジオの顔を見た。
「過保護なだけさ」
……叔父は意味もなく、過保護にはしない。
「どうかしたか?」
「いや……」
「そこの二人! 何か質問?」
レイチェルの厳しい声が飛んできた。
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