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118 署名が偽造されていると知っていて、担当部署に書類を回したのですか
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月曜日、FCAの検査官が十名ほどやってきた。
株式部のトレーディングの記録を調べ、関係者へのインタビューをするためだ。
ロマネスクの取引がターゲットだった。
朝からトレーダーが何人かインタビューされていた。
十時頃、ホークのデスクの電話に会議室の一つから内線がかかってきた。
「キャンベルです」と出ると、コンプライアンスの一人から会議室に来いと言われた。
会議室には、FCAの検査官が二名と、コンプライアンスの男がいた。
「あなたの担当顧客に、ロマネスクという会社がありますね」ホークより少し年上の検査官だった。
「はい」
「いつから担当されていますか」
「二〇一二年八月からです」
「担当されている顧客の中では、取引量は多い方ですか」
「ダントツに多いです」
検査官は頷いた。
「こちらの会社に入る前から、あなたはもともとロマネスクを知っていたのですか」
「いいえ」
「取引量が多いと、何かと便宜を図ってやることもあるのではありませんか」
「どういう意味ですか」
「例えば損を補てんするとか、レートやプライスなどで優遇することです」
ホークは首をかしげた。
「特に覚えがないですね」
検査官はホークの目をじっと見つめ返した。
「毎日のように話をしていれば、当然親しくなるでしょう」
「さあ……特には」
「あなたはある女性の顧客と親しかったんですか」もう一人の検査官が言った。
ホークはそちらを向いた。
「いいえ」
コンプライアンスの男が居心地悪そうに身体を動かした。
「あなたはある女性顧客と、取引以外の話をしていたので、注意されたのではありませんか」
ホークは視線を落とした。
「そういうことも、あったかもしれません」
「覚えていないんですか」
「自分からかけた電話ではなかったので、あまり覚えていません」
「その顧客の口座は、最近凍結しているようですね」
「住所変更届けが出されていないので、そのままになっています」
検査官は興味深そうに、しげしげとホークの顔をながめた。
「住所変更届けが出されていないとは、どういうことですかな」
「口座開設時に届けられた住所に、御本人がいらっしゃらないのですが、転居先が届けられていないということです」
「おかしな話ですな」
「はい」
「あなたは本当に、その顧客の行方を聞いていないんですか」
「聞いていません」
検査官は、テーブルに伏せていたファイルの下から書類を引き出した。
「この書類は、あなたがロマネスク社に送って、ロマネスク社経由で届いたものですね」
マリー・ラクロワの署名を誰かが偽造した住所変更届だった。
「そうです」
「なぜロマネスク社に送ったんですか」
「アンドレ・ブルラク氏にそうするよう言われたからです」
「通常、顧客本人以外にそのような書類を送ることは、しないのではありませんか」
ホークは一拍置いてから答えた。
「通常はしません。が、ラクロワさんに渡してもらえると聞いたからです。ラクロワさんがレコフ社長と親しい関係にあったので、可能なのだろうと思いました」
「そして届いた書類の署名は、偽造だった」
「はい」
「あなたは署名が偽造されていると知っていて、担当部署に書類を回したのですか」
「いいえ、知りませんでした」
「本物かどうか、確認しなかったのですか」
「自分はその係りではありませんので、封筒を開封しませんでした」
「偽造だと知っていたからですか」
「……自分は署名を見ても、本物か偽造か判断できないからです」
検査官はファイルの下から別の書類を取り出した。
「これもあなたが送ったものですか」
それも住所変更届けだった。
事務所移転のお知らせという手紙が一緒に添えられている。
トマシュ・レコフのサインがある。ロマネスクのものだった。
ホークは移転先として書かれているマデイラの住所を記憶した。電話とファクス番号も覚えた。
「いいえ、送っていません」
「あなた以外に誰が送ると思いますか」
ホークは目を上げた。
「さあ……。資金決済課でしょうか」
「あなたはロマネスクの事務所が移転したことを、知っていましたか」
「いいえ」
「担当なのに、知らないんですか」
「これを見るまで知りませんでした」
「最近、ロマネスクからの注文がなかったですよね」
「はい」
「おかしいと思わなかったんですか」
「……いいえ。時に社長が海外へ出張していると、取引量が減ることはありましたから」
「あなたとロマネスクが突然疎遠になったのはなぜですか」
ホークは苦笑した。
「それはむしろロマネスクにお訊きになっていただきたいですね」
検査官は微笑しながら頷いた。
「それができればね」
株式部のトレーディングの記録を調べ、関係者へのインタビューをするためだ。
ロマネスクの取引がターゲットだった。
朝からトレーダーが何人かインタビューされていた。
十時頃、ホークのデスクの電話に会議室の一つから内線がかかってきた。
「キャンベルです」と出ると、コンプライアンスの一人から会議室に来いと言われた。
会議室には、FCAの検査官が二名と、コンプライアンスの男がいた。
「あなたの担当顧客に、ロマネスクという会社がありますね」ホークより少し年上の検査官だった。
「はい」
「いつから担当されていますか」
「二〇一二年八月からです」
「担当されている顧客の中では、取引量は多い方ですか」
「ダントツに多いです」
検査官は頷いた。
「こちらの会社に入る前から、あなたはもともとロマネスクを知っていたのですか」
「いいえ」
「取引量が多いと、何かと便宜を図ってやることもあるのではありませんか」
「どういう意味ですか」
「例えば損を補てんするとか、レートやプライスなどで優遇することです」
ホークは首をかしげた。
「特に覚えがないですね」
検査官はホークの目をじっと見つめ返した。
「毎日のように話をしていれば、当然親しくなるでしょう」
「さあ……特には」
「あなたはある女性の顧客と親しかったんですか」もう一人の検査官が言った。
ホークはそちらを向いた。
「いいえ」
コンプライアンスの男が居心地悪そうに身体を動かした。
「あなたはある女性顧客と、取引以外の話をしていたので、注意されたのではありませんか」
ホークは視線を落とした。
「そういうことも、あったかもしれません」
「覚えていないんですか」
「自分からかけた電話ではなかったので、あまり覚えていません」
「その顧客の口座は、最近凍結しているようですね」
「住所変更届けが出されていないので、そのままになっています」
検査官は興味深そうに、しげしげとホークの顔をながめた。
「住所変更届けが出されていないとは、どういうことですかな」
「口座開設時に届けられた住所に、御本人がいらっしゃらないのですが、転居先が届けられていないということです」
「おかしな話ですな」
「はい」
「あなたは本当に、その顧客の行方を聞いていないんですか」
「聞いていません」
検査官は、テーブルに伏せていたファイルの下から書類を引き出した。
「この書類は、あなたがロマネスク社に送って、ロマネスク社経由で届いたものですね」
マリー・ラクロワの署名を誰かが偽造した住所変更届だった。
「そうです」
「なぜロマネスク社に送ったんですか」
「アンドレ・ブルラク氏にそうするよう言われたからです」
「通常、顧客本人以外にそのような書類を送ることは、しないのではありませんか」
ホークは一拍置いてから答えた。
「通常はしません。が、ラクロワさんに渡してもらえると聞いたからです。ラクロワさんがレコフ社長と親しい関係にあったので、可能なのだろうと思いました」
「そして届いた書類の署名は、偽造だった」
「はい」
「あなたは署名が偽造されていると知っていて、担当部署に書類を回したのですか」
「いいえ、知りませんでした」
「本物かどうか、確認しなかったのですか」
「自分はその係りではありませんので、封筒を開封しませんでした」
「偽造だと知っていたからですか」
「……自分は署名を見ても、本物か偽造か判断できないからです」
検査官はファイルの下から別の書類を取り出した。
「これもあなたが送ったものですか」
それも住所変更届けだった。
事務所移転のお知らせという手紙が一緒に添えられている。
トマシュ・レコフのサインがある。ロマネスクのものだった。
ホークは移転先として書かれているマデイラの住所を記憶した。電話とファクス番号も覚えた。
「いいえ、送っていません」
「あなた以外に誰が送ると思いますか」
ホークは目を上げた。
「さあ……。資金決済課でしょうか」
「あなたはロマネスクの事務所が移転したことを、知っていましたか」
「いいえ」
「担当なのに、知らないんですか」
「これを見るまで知りませんでした」
「最近、ロマネスクからの注文がなかったですよね」
「はい」
「おかしいと思わなかったんですか」
「……いいえ。時に社長が海外へ出張していると、取引量が減ることはありましたから」
「あなたとロマネスクが突然疎遠になったのはなぜですか」
ホークは苦笑した。
「それはむしろロマネスクにお訊きになっていただきたいですね」
検査官は微笑しながら頷いた。
「それができればね」
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