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115 張り込み中の警部補に、現行犯逮捕されただと?
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ロンドン警視庁の一室で、ホークはカルロを待っていた。
正確には身元引受人――伯父ということになっていた――に扮したカルロと、捜査局が手配した弁護士の二人だ。
捜査本部の中の会議室は、ガラスの仕切り窓に全部ブラインドが降ろされている。
微妙に隙間が空いているせいで、近くを通りかかる者が一々中を覗いて行く。
黒いセダンの赤ら顔の男は警部補で、運転していた若い男は巡査だった。
二人とも、LB証券まで捜査に来た主任警部の部下である。
取り調べが始まる前にホークは弁護人を要請し、カルロに携帯で電話することを許された。
カルロの反応は、土曜の夜十一時に部下から呼び出される、世界中全ての上司が出すであろう声音となって返ってきた。
なぜ君はよけいな問題を引き起こすのだ?
自分が起こしたんじゃない、巻き込まれたんだ。
張り込み中の警部補に、現行犯逮捕されただと?
何をどう繕ったら、君を受け出せるのか見当もつかん。
前後左右の写真を撮られ、十本指の指紋を採られ、身長体重を測られた。
これでロマネスクの社員を殺した犯人は、アラン・キャンベルだとばれてしまう。
ブラインドの掛ったガラスのドアに人影が差し、ドアが開いた。
カルロだった。ツイードのジャケットを着ている。
捜査官と言うよりは、高校の物理教師だ。
ホークもカルロも目を合わせたが、何も言わない。
カルロの後ろから、初めて見る男が顔を出した。
黒髪をきっちり分けてグレーのスーツを着ている。
本物の弁護士らしい。年はホークより少し上か。彼が名刺を差し出した。
ヴィンス・ホーランド。ある弁護士事務所に所属している。ホークはヴィンスと握手した。
「……さて」ヴィンスがテーブルの上にノート・パッドを開いた。充電は十分してあるらしい。
「どこから始めますか」
カルロがホークを睨みつけながら言った。
「他にどうしようもなかったんだろうな」
「なかったよ。待ち伏せされたんだ」
「逃げた奴は、おまえの顔を覚えているんだな」
「もともと写真でも見ているんだろう。先頭の男は僕を知っていた」
倒れていた男四人は重傷で、事情聴取できる状態ではないという。
「おまえはどこにも怪我はないんだな」
「ない」ホークは両掌を見た。
鉄パイプを強く握ったせいで手袋が擦り切れただけだ。
病院で手当てを受けている四人の身元がそのうちわかるとして、彼らがアラン・キャンベルを訴えてくる可能性があるだろうか。
むしろこちらから訴えるべきではないか。
正当防衛が認められる可能性は。
傷害事件か殺人未遂か。
アラン・キャンベルの指紋が割れてしまったせいで、もう一つの殺人容疑は逃れられない。
米国歳入庁の捜査官であることをロンドン警視庁に知らせるべきか否か。
知らせるとしたらどのレベルまでか。
当然起こるアメリカ政府に対する『苦情』についてはどのレベルが対処すべきか。
ロンドン警視庁は、メディアで報道された殺人事件の捜査を突然止めることはできないだろうから、どの程度続ける振りをするのか。
または犯人をでっちあげるのか。
本国の指示が来た。
「リークは最小限で」
カルロの車に送られてホークがフラットに戻ったのは、午前二時過ぎだった。
予備のカードでエントランスを通り、エレベーターで五階へ昇った。
玄関の明かりがついていた。ハルがつけておいてくれたらしい。
なるべく音を立てずに部屋に入る。
部屋の明かりはベッドサイドに一つだけつけられていた。
着ているものを脱いでいると、ソファの上にハルが起き上がった。
「あれ、ベッドで寝ていいのに」暗いので表情はわからない。
既に半裸になっていたので、ホークは急いでバスルームに入った。
ハルがシャワーを使ったらしく、バスタブが濡れていた。
足ふきマットはきれいに広げられて、パネルヒーターにかかっている。
使ったバスタオルなどは、たたんで床に置かれていた。
ホークは新しいタオルをリネン庫から取り出した。
シャワーから上がって、いつもは着ないバスローブをまとい、冷蔵庫から冷えたペリエを出して飲んだ。
ハルが立ち上がって近づいてきた。
「どうしたの」
「……眠れないんです」
長いTシャツのようなナイティを着ている。
大きな袋をかぶっているみたいだ。
すんなりと幅の狭い足がバレーシューズにぴたりとおさまっていた。
ホークが差し出したペリエのグラスを傾けてハルが飲んだ。
「色々ありすぎたね、今日は」こくん、と頷く。
グラスをカウンターに置いて、ハルが一歩近づいた。
ふっと自分と同じシャンプーの香りがした。
「帰ってこなかったらどうしようって思って……」
「……心配してくれたんだね」
「だって、最初は、キャンベルさんが車に轢かれたのかと思って……」
「ごめん」
「そのあとも大勢に囲まれていたから、きっと駄目だって思って……警察の人達に速く行って下さいって……」
そういえば警部補が、「あのお嬢さんが騒いでうるさかった」と言っていた。
「キャンベルさんが立っているの見て、すごくほっとして……」
ホークは、ついフフッと笑いを漏らした。
え? とハルが目を上げた。
「笑っているんですか?」
「ごめん、つい嬉しくて」
「どうしてあんな人たちに襲われるんですか?」
ホークはため息とも欠伸ともつかない息をついた。
「ごめん、君、どこで寝るの?」
「え、ソファで……」
「じゃあ、おやすみ」
ホークは寝室に入って閉めたことのないドアを閉めた。
正確には身元引受人――伯父ということになっていた――に扮したカルロと、捜査局が手配した弁護士の二人だ。
捜査本部の中の会議室は、ガラスの仕切り窓に全部ブラインドが降ろされている。
微妙に隙間が空いているせいで、近くを通りかかる者が一々中を覗いて行く。
黒いセダンの赤ら顔の男は警部補で、運転していた若い男は巡査だった。
二人とも、LB証券まで捜査に来た主任警部の部下である。
取り調べが始まる前にホークは弁護人を要請し、カルロに携帯で電話することを許された。
カルロの反応は、土曜の夜十一時に部下から呼び出される、世界中全ての上司が出すであろう声音となって返ってきた。
なぜ君はよけいな問題を引き起こすのだ?
自分が起こしたんじゃない、巻き込まれたんだ。
張り込み中の警部補に、現行犯逮捕されただと?
何をどう繕ったら、君を受け出せるのか見当もつかん。
前後左右の写真を撮られ、十本指の指紋を採られ、身長体重を測られた。
これでロマネスクの社員を殺した犯人は、アラン・キャンベルだとばれてしまう。
ブラインドの掛ったガラスのドアに人影が差し、ドアが開いた。
カルロだった。ツイードのジャケットを着ている。
捜査官と言うよりは、高校の物理教師だ。
ホークもカルロも目を合わせたが、何も言わない。
カルロの後ろから、初めて見る男が顔を出した。
黒髪をきっちり分けてグレーのスーツを着ている。
本物の弁護士らしい。年はホークより少し上か。彼が名刺を差し出した。
ヴィンス・ホーランド。ある弁護士事務所に所属している。ホークはヴィンスと握手した。
「……さて」ヴィンスがテーブルの上にノート・パッドを開いた。充電は十分してあるらしい。
「どこから始めますか」
カルロがホークを睨みつけながら言った。
「他にどうしようもなかったんだろうな」
「なかったよ。待ち伏せされたんだ」
「逃げた奴は、おまえの顔を覚えているんだな」
「もともと写真でも見ているんだろう。先頭の男は僕を知っていた」
倒れていた男四人は重傷で、事情聴取できる状態ではないという。
「おまえはどこにも怪我はないんだな」
「ない」ホークは両掌を見た。
鉄パイプを強く握ったせいで手袋が擦り切れただけだ。
病院で手当てを受けている四人の身元がそのうちわかるとして、彼らがアラン・キャンベルを訴えてくる可能性があるだろうか。
むしろこちらから訴えるべきではないか。
正当防衛が認められる可能性は。
傷害事件か殺人未遂か。
アラン・キャンベルの指紋が割れてしまったせいで、もう一つの殺人容疑は逃れられない。
米国歳入庁の捜査官であることをロンドン警視庁に知らせるべきか否か。
知らせるとしたらどのレベルまでか。
当然起こるアメリカ政府に対する『苦情』についてはどのレベルが対処すべきか。
ロンドン警視庁は、メディアで報道された殺人事件の捜査を突然止めることはできないだろうから、どの程度続ける振りをするのか。
または犯人をでっちあげるのか。
本国の指示が来た。
「リークは最小限で」
カルロの車に送られてホークがフラットに戻ったのは、午前二時過ぎだった。
予備のカードでエントランスを通り、エレベーターで五階へ昇った。
玄関の明かりがついていた。ハルがつけておいてくれたらしい。
なるべく音を立てずに部屋に入る。
部屋の明かりはベッドサイドに一つだけつけられていた。
着ているものを脱いでいると、ソファの上にハルが起き上がった。
「あれ、ベッドで寝ていいのに」暗いので表情はわからない。
既に半裸になっていたので、ホークは急いでバスルームに入った。
ハルがシャワーを使ったらしく、バスタブが濡れていた。
足ふきマットはきれいに広げられて、パネルヒーターにかかっている。
使ったバスタオルなどは、たたんで床に置かれていた。
ホークは新しいタオルをリネン庫から取り出した。
シャワーから上がって、いつもは着ないバスローブをまとい、冷蔵庫から冷えたペリエを出して飲んだ。
ハルが立ち上がって近づいてきた。
「どうしたの」
「……眠れないんです」
長いTシャツのようなナイティを着ている。
大きな袋をかぶっているみたいだ。
すんなりと幅の狭い足がバレーシューズにぴたりとおさまっていた。
ホークが差し出したペリエのグラスを傾けてハルが飲んだ。
「色々ありすぎたね、今日は」こくん、と頷く。
グラスをカウンターに置いて、ハルが一歩近づいた。
ふっと自分と同じシャンプーの香りがした。
「帰ってこなかったらどうしようって思って……」
「……心配してくれたんだね」
「だって、最初は、キャンベルさんが車に轢かれたのかと思って……」
「ごめん」
「そのあとも大勢に囲まれていたから、きっと駄目だって思って……警察の人達に速く行って下さいって……」
そういえば警部補が、「あのお嬢さんが騒いでうるさかった」と言っていた。
「キャンベルさんが立っているの見て、すごくほっとして……」
ホークは、ついフフッと笑いを漏らした。
え? とハルが目を上げた。
「笑っているんですか?」
「ごめん、つい嬉しくて」
「どうしてあんな人たちに襲われるんですか?」
ホークはため息とも欠伸ともつかない息をついた。
「ごめん、君、どこで寝るの?」
「え、ソファで……」
「じゃあ、おやすみ」
ホークは寝室に入って閉めたことのないドアを閉めた。
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