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109 君さえよければだけど、部屋まで送ってもいいかな
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通りに出ると、相変わらずクレーンの音、工事の音がうるさかった。
家族連れ、若い女、少年たちなどが通る。
土曜の日中のごく普通の人通りだ。
Z4の前後に駐車してある車は来た時と変わっていなかった。
二十メートルほど向こうに黒いセダンがいる。
ハルを急き立てるようにホークは助手席のドアを開けた。
「ちょっと中で待ってて」え、どこに行くんですか? という声を無視してドアを閉めた。
歩道を歩き、黒いセダンに近づき、助手席の窓をノックした。
茶色いカーリーヘアでいかつい赤ら顔の男が驚きの目を向けている。
運転席側の若い男に何か一言発した。どんな悪態か想像はつく。
男は再びホークに目を戻し、ゆっくりと窓を下げた。
「お勤め御苦労さま」ホークはにこやかに言った。
「なんの用だ」
「他人行儀だな。いつも後をつけている癖に」男は憮然としている。
「たぶんおたくの管轄は違うと思うけど、あそこのアパートの三〇三号室が売春目的に使われているらしいんだ。元同僚に会いに行ったら、隣の住民がそう言ってたよ」
「……」
「取り締まってくれるとありがたいってさ」
「自分で警察に通報するように言え」
「か弱い老婦人だから、怖くてできないんだよ。現行犯逮捕をお薦めするね」ホークは行きかけて、また戻った。
「これからハマースミスに彼女を送って行くよ。どうせついてくるんだろう?」
Z4に戻るとハルが携帯を見ていた。
「ベッカです。アパートに戻って来たいって」
ホークはシートベルトをする手を止めた。
「どうしたんでしょう?」
「見せてくれ」ハルの携帯を受け取り、メールの画面を見た。
普通に個人のアドレスからハル宛てに出されている。
“またアパートを探すことになったの。見つかるまで戻ってもいい?”
「返事を出すの、待ってくれ」
「でも……」
「いや、こう言ってくれ」ホークは再びハルの携帯を取り、メッセージをタイプした。
“私、引っ越しが決まったの。”ホークが送信ボタンを押した。
「えっ?」ハルが目を丸くした。
「どうしてそんな……」
車を出してしばらく走っていると、ハルの携帯がメールを受信した。
「読んでくれ」
「“今日一晩でもいいから、泊まっていい?”」
「“いいけど、どうしたの?”と打ってくれ」
ハルがその通りにすると、すぐ返事が来た。
「“会ってから話すわ。もうすぐ行っていい?”」
「いい」とホークが頷いた。
「ベッカが来るなら、彼女の好きなもの買っておかないと」
一人分の買い置きしかないとハルが言うので、スーパーに寄って買い物をした。
ベッカが好きなスナック類、甘い清涼飲料水、アイスクリーム、チョコレート、ジャムタルト、冷凍のチップス、その他冷凍食品、などなど、ホークなら絶対買わない食料品を買い込んだ。
ハマースミスのハルのアパートに着いた時は三時を回っていた。
「君さえよければだけど」エンジンを切ってホークは言った。
「部屋まで送ってもいいかな」
「え、だめです……」
「下心なんかないからさ」
「そういうことじゃなくて、部屋がちょっと散らかってて……」
「そんなこと、気にするなよ」ホークはドアを開けた。
「部屋に異常がないか、確かめるだけだよ」
例の黒いセダンはエレファント・キャッスルからずっと後をついてきた。
普通なら車を置いて離れたくない場所だが、警察が見張っているから大丈夫だ。
手入れがされていない植え込みから枝が歩道にはみ出ている。
殆どが冬枯れしていて誰からも顧みられていない感じがする。
「庭の手入れは誰がするの」
はあ? と言うようにハルがこっちを見た。
「自分たちですよ。掃除の日が決まっているんです」管理組合をつくっていて……。
広い敷地なのに人影がない。
「いつもこんなに静かなのか」カーテンのかかっていない窓がいくつもある。
「空き部屋が増えてるみたいで……」
茶褐色の古いタイル張りの建物がいくつも不規則に並んでいる。
向こうから子供を連れた女性が歩いてくるのを見て、なんとなくほっとした。
ハルの住むワーズワース棟の入り口を入ろうとすると、若い男が足早に飛び出してきて、ホークとぶつかりそうになった。
気をつけろよ! とホークは睨みつけた。
相手はちらと振り向いただけで行ってしまった。
「ここの住人?」ハルは首を振った。
「知らない人です」
家族連れ、若い女、少年たちなどが通る。
土曜の日中のごく普通の人通りだ。
Z4の前後に駐車してある車は来た時と変わっていなかった。
二十メートルほど向こうに黒いセダンがいる。
ハルを急き立てるようにホークは助手席のドアを開けた。
「ちょっと中で待ってて」え、どこに行くんですか? という声を無視してドアを閉めた。
歩道を歩き、黒いセダンに近づき、助手席の窓をノックした。
茶色いカーリーヘアでいかつい赤ら顔の男が驚きの目を向けている。
運転席側の若い男に何か一言発した。どんな悪態か想像はつく。
男は再びホークに目を戻し、ゆっくりと窓を下げた。
「お勤め御苦労さま」ホークはにこやかに言った。
「なんの用だ」
「他人行儀だな。いつも後をつけている癖に」男は憮然としている。
「たぶんおたくの管轄は違うと思うけど、あそこのアパートの三〇三号室が売春目的に使われているらしいんだ。元同僚に会いに行ったら、隣の住民がそう言ってたよ」
「……」
「取り締まってくれるとありがたいってさ」
「自分で警察に通報するように言え」
「か弱い老婦人だから、怖くてできないんだよ。現行犯逮捕をお薦めするね」ホークは行きかけて、また戻った。
「これからハマースミスに彼女を送って行くよ。どうせついてくるんだろう?」
Z4に戻るとハルが携帯を見ていた。
「ベッカです。アパートに戻って来たいって」
ホークはシートベルトをする手を止めた。
「どうしたんでしょう?」
「見せてくれ」ハルの携帯を受け取り、メールの画面を見た。
普通に個人のアドレスからハル宛てに出されている。
“またアパートを探すことになったの。見つかるまで戻ってもいい?”
「返事を出すの、待ってくれ」
「でも……」
「いや、こう言ってくれ」ホークは再びハルの携帯を取り、メッセージをタイプした。
“私、引っ越しが決まったの。”ホークが送信ボタンを押した。
「えっ?」ハルが目を丸くした。
「どうしてそんな……」
車を出してしばらく走っていると、ハルの携帯がメールを受信した。
「読んでくれ」
「“今日一晩でもいいから、泊まっていい?”」
「“いいけど、どうしたの?”と打ってくれ」
ハルがその通りにすると、すぐ返事が来た。
「“会ってから話すわ。もうすぐ行っていい?”」
「いい」とホークが頷いた。
「ベッカが来るなら、彼女の好きなもの買っておかないと」
一人分の買い置きしかないとハルが言うので、スーパーに寄って買い物をした。
ベッカが好きなスナック類、甘い清涼飲料水、アイスクリーム、チョコレート、ジャムタルト、冷凍のチップス、その他冷凍食品、などなど、ホークなら絶対買わない食料品を買い込んだ。
ハマースミスのハルのアパートに着いた時は三時を回っていた。
「君さえよければだけど」エンジンを切ってホークは言った。
「部屋まで送ってもいいかな」
「え、だめです……」
「下心なんかないからさ」
「そういうことじゃなくて、部屋がちょっと散らかってて……」
「そんなこと、気にするなよ」ホークはドアを開けた。
「部屋に異常がないか、確かめるだけだよ」
例の黒いセダンはエレファント・キャッスルからずっと後をついてきた。
普通なら車を置いて離れたくない場所だが、警察が見張っているから大丈夫だ。
手入れがされていない植え込みから枝が歩道にはみ出ている。
殆どが冬枯れしていて誰からも顧みられていない感じがする。
「庭の手入れは誰がするの」
はあ? と言うようにハルがこっちを見た。
「自分たちですよ。掃除の日が決まっているんです」管理組合をつくっていて……。
広い敷地なのに人影がない。
「いつもこんなに静かなのか」カーテンのかかっていない窓がいくつもある。
「空き部屋が増えてるみたいで……」
茶褐色の古いタイル張りの建物がいくつも不規則に並んでいる。
向こうから子供を連れた女性が歩いてくるのを見て、なんとなくほっとした。
ハルの住むワーズワース棟の入り口を入ろうとすると、若い男が足早に飛び出してきて、ホークとぶつかりそうになった。
気をつけろよ! とホークは睨みつけた。
相手はちらと振り向いただけで行ってしまった。
「ここの住人?」ハルは首を振った。
「知らない人です」
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