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103 百万ポンド以上稼いでいるトレーダーの生活とは思えない
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「警察に尾行されているぞ。まだ殺人容疑をかけられている」カルロが言った。
アイリッシュ・マフィアの線も捜査しているが、容疑者が行方不明だから捜査は難航しているのだ。
その容疑者はこの世にいない――。
監視カメラの映像その他の件でカルロは警察に手を回した。
しかしトムソン刑事は納得していない。
もっと上の方から圧力をかける必要がある、とカルロは言った。
とはいえ警察の尾行は、却って都合がよかった。
姿を見せない誰かにつけ狙われているかもしれないのだから、警察のおかげで連中を遠ざけることができる。
その後、ライアンは拘留を解かれた。
しかしかなり精神的にまいっているとのことで、会社を休んでいた。
カルロから連絡が来た――この前相談した件だ。
ライアンが警察に拘留されている間はよかったが、家に戻った後、ロマネスクが放っておくはずがない。
一家全員を証人保護プログラムに入れる準備ができた。
ホークはライアンの携帯にメールを出した。
「サラの様子はどう?」
手術の後、そろそろ娘が退院したはずだった。数分で返事が来た。
「ありがとう。今家で術後療養している。順調だ」
唐突に思われないよう気を付けた。
「帰り道に見舞いに寄ってもいいか。みんなから花束を預かっている」
「悪いな」
花束を用意し、ライアンの部下達にカードを書かせた。
家が一番近いのはホークなので、行くのは自然だった。
ライアンの家はエッジウェア・ロード駅近くの、賑やかな通りに面した五階建てアパートの一室だ。
交通量のかなり多い路上にZ4を停めた。
三台ほど後ろに、警察の車と思われる、黒塗りのセダンが停まるのが見えた。
一階のインターホンでライアンを呼び、エントランスのロックを解除してもらった。
エレベーターで五階へ向かう。
築五十年は経っており、改装を行ったのは、たぶん十年前と思われた。
壁にも床にも長年の通行の傷がある。
廊下を歩いてほどなくライアンの505号室に行きあたった。
玄関のドアを開けた彼は無精ひげを生やし、アイロンのかかっていないシャツの上に、毛玉の出たセーターを着ていた。
「アラン」笑顔が無理しているように見える。
「これ、みんなから」とホークは花束とカードを差し出した。
「ありがとう。サラが喜ぶよ」
キッチンと居間がつながっている。居室は廊下の向こう側に並んでいる。
テーブルも椅子も、リサイクルショップで安く手に入れたような安価なものだ。
クッションやカーテンの柄と色がちぐはぐなのは、その場しのぎでネットやセールで買ったものだからだろう。
部屋全体の広さはワシントンでホークが借りている平屋の一軒家に似ていた。
奥から彼の妻のローラが出てきたので挨拶した。
ローラはライアンと同じ南アフリカの白人社会で育った。
ストレートの長い金髪を後ろでまとめている。
着ているドレスは近所のショッピングモールで量販されているようなプリント柄。
とても百万ポンド以上稼いでいるトレーダーの生活とは思えないほど質素だ。
サラは無菌カーテンに囲まれたベッドに寝ているという。
「わざわざおまえが来てくれるなんて」
ライアンが、マグカップに入れてコーヒーを持ってきた。
「あまり休んでいると、部下に仕事取られるぞ」コーヒーは薄かった。
「……そうだな」窓の外に目を向ける。
「買い物に行く」とローラが言い、玄関のドアがしまる音がした。
「警察になんて言ったんだ」ホークが言うと、ライアンはびくっと身体を震わせた。
「何を?」
「なぜあの日ロマネスクにいたのか、訊かれただろう」
「……」
「ロマネスクに誘われたからか?」
ライアンは目を伏せた。
「そうだよ」
「それだけじゃないだろう」
ゆっくりと彼の目が上を向いた。
アイリッシュ・マフィアの線も捜査しているが、容疑者が行方不明だから捜査は難航しているのだ。
その容疑者はこの世にいない――。
監視カメラの映像その他の件でカルロは警察に手を回した。
しかしトムソン刑事は納得していない。
もっと上の方から圧力をかける必要がある、とカルロは言った。
とはいえ警察の尾行は、却って都合がよかった。
姿を見せない誰かにつけ狙われているかもしれないのだから、警察のおかげで連中を遠ざけることができる。
その後、ライアンは拘留を解かれた。
しかしかなり精神的にまいっているとのことで、会社を休んでいた。
カルロから連絡が来た――この前相談した件だ。
ライアンが警察に拘留されている間はよかったが、家に戻った後、ロマネスクが放っておくはずがない。
一家全員を証人保護プログラムに入れる準備ができた。
ホークはライアンの携帯にメールを出した。
「サラの様子はどう?」
手術の後、そろそろ娘が退院したはずだった。数分で返事が来た。
「ありがとう。今家で術後療養している。順調だ」
唐突に思われないよう気を付けた。
「帰り道に見舞いに寄ってもいいか。みんなから花束を預かっている」
「悪いな」
花束を用意し、ライアンの部下達にカードを書かせた。
家が一番近いのはホークなので、行くのは自然だった。
ライアンの家はエッジウェア・ロード駅近くの、賑やかな通りに面した五階建てアパートの一室だ。
交通量のかなり多い路上にZ4を停めた。
三台ほど後ろに、警察の車と思われる、黒塗りのセダンが停まるのが見えた。
一階のインターホンでライアンを呼び、エントランスのロックを解除してもらった。
エレベーターで五階へ向かう。
築五十年は経っており、改装を行ったのは、たぶん十年前と思われた。
壁にも床にも長年の通行の傷がある。
廊下を歩いてほどなくライアンの505号室に行きあたった。
玄関のドアを開けた彼は無精ひげを生やし、アイロンのかかっていないシャツの上に、毛玉の出たセーターを着ていた。
「アラン」笑顔が無理しているように見える。
「これ、みんなから」とホークは花束とカードを差し出した。
「ありがとう。サラが喜ぶよ」
キッチンと居間がつながっている。居室は廊下の向こう側に並んでいる。
テーブルも椅子も、リサイクルショップで安く手に入れたような安価なものだ。
クッションやカーテンの柄と色がちぐはぐなのは、その場しのぎでネットやセールで買ったものだからだろう。
部屋全体の広さはワシントンでホークが借りている平屋の一軒家に似ていた。
奥から彼の妻のローラが出てきたので挨拶した。
ローラはライアンと同じ南アフリカの白人社会で育った。
ストレートの長い金髪を後ろでまとめている。
着ているドレスは近所のショッピングモールで量販されているようなプリント柄。
とても百万ポンド以上稼いでいるトレーダーの生活とは思えないほど質素だ。
サラは無菌カーテンに囲まれたベッドに寝ているという。
「わざわざおまえが来てくれるなんて」
ライアンが、マグカップに入れてコーヒーを持ってきた。
「あまり休んでいると、部下に仕事取られるぞ」コーヒーは薄かった。
「……そうだな」窓の外に目を向ける。
「買い物に行く」とローラが言い、玄関のドアがしまる音がした。
「警察になんて言ったんだ」ホークが言うと、ライアンはびくっと身体を震わせた。
「何を?」
「なぜあの日ロマネスクにいたのか、訊かれただろう」
「……」
「ロマネスクに誘われたからか?」
ライアンは目を伏せた。
「そうだよ」
「それだけじゃないだろう」
ゆっくりと彼の目が上を向いた。
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