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98 フルオートでガンガン撃ちまくってたもんな
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傷の消毒をし直しに行きたかった。
しかし自分の席に戻ったとたん、絶え間なく注文の電話がかかった。
全く席を離れることができなかった。
滅多に電話が来ない客からまで注文が来る。
かかってこないのは、ロマネスクだけだ。
世界中の投資家が突如株を売買し始めた。
同じことがフランスでもドイツでも起こっているようだった。
周りの声がうるさくて電話が聞こえない。
傷の痛みに耐えながら、片方の耳を手で塞いで客の注文を聞いた。
今朝はそんなことになるとは、誰も言っていなかったのだが……。
「諸君!」すぐ後ろでジェイミーの声がした。
ライトブルーのシャツにトレードマークの赤いタイとサスペンダーをつけている。
いつも彼がつけているコロンの強い香りがした。久々の活況なので、景気づけにフロアを歩き回っているのだ。
「利益製造兵器の諸君!」
ジェイミーの大きく重い両手が、ガシッとホークの肩を掴んだ。傷に響いて受話器を落としそうになった。
「キャンベル!」
「……イエス、サー!」
「買わせているか!」
「は、はい!」
「今日は受話器を置くなよ!」
「……了解です!」
「イーサン!」
「はい!」
「売ってるか!」
「イエス、サー!」
「席を離れるなよ!」
「張り付いています!」
「アダム!」
「はい!」
「電話しろ!」
「してます!」
「ジェイミー!」
金融法人の列からジョルジオが叫んだ。
「電話回線が足りない!」
「誰かITに電話しろ!」
「その回線がありません!」
「ロケット弾が多すぎる!」
「迎撃しろ、ジョルジオ!」
「だから、発射台が足りねえ!」
リストラしすぎて人数が減ったからだ……。痛い。早く傷の消毒をしたい……。
昼近く、ようやく電話が途切れた。
ホークはデスクに倒れ込んだ。痛みがどんどんひどくなっていた。
「久々にすごかったなあ」隣のアダムが椅子ごと近寄って来た。
「……弾切れだ」
「フルオートでガンガン撃ちまくってたもんな」アダムが言った。
イーサンも近寄って来た。
「おまえ、さっき、呼ばれて何訊かれた?」
「……?」ホークは片目を開けてイーサンを見た。
「会議室だよ。エディに連れて行かれたろ」
話していいことではないと思った。だが――
「刑事が来てたんだろ?」アダムが言った。
そう、ここは隠し事ができない職場だ。
ゆっくり起き上がり、ため息をついた。
「……昨夜何時にどこにいたかとか、そういったことだよ」
二人が頷く。
「ライアンが警察に拘留されているらしいぜ」アダムが言った。
「そうなのか?」なぜそれを知っているんだ。
「ロマネスクで人が殺されたんだろう」イーサンは声を押し殺した。
まだ報道されていないはずだ。もっともニュースなど聞く暇はなかった。
「誰から聞いたんだ?」
二人とも肩を竦める。
「だいたい皆知っているよ」
「ライアンの奴、昨夜あそこに行ったんだってな。なんでだろう」とアダム。
「重要参考人になっちまったんだな」イーサンが眉間に皺を寄せた。
「ライアンは自分が殺したんじゃないって言ってるんだ」アダムが言う。
「当たり前だろ」ホークは言った。
デスクの下のプラスチックバッグを取って、意を決して立ち上がった。
脇腹が痛みで引き戻そうとする。
何か金属の棒がそこに入っているかのようだった。
「どこ行くんだ」二人が見上げる。まだ何か聞きたそうだが、もう傷が限界だ。
「エサ買ってくる」
「おれのも頼む」とイーサン。
「了解」
「客の電話、かかったらどうする?」
「死んだって言ってくれ」
昼間あまり人が来ない、地下一階の講堂のトイレに行った。誰もいなかった。
個室に入り、傷に消毒をした。どうしても消毒液の匂いはしばらく消えない。
リンパ液がテープの端から滲みだして、シャツに染みていた。
いつもは営業中暑くてシャツ一枚になるのだが、今日は上着を脱ぐことができない。
カルロに刑事が来たことを報告した。
彼は既に警察内の知り合いにコンタクトし、揉み消しに奔走していた。
「地下鉄に乗っていなかったことはすぐばれるぞ」
だとしても、あの場ではそう言うしかなかった。
「ロマネスクのオフィスの周辺の監視カメラに映っていることも、ばれるのは時間の問題だ」
きっと、あの時間帯にあのあたりを走っていたタクシーも調べ上げていることだろう。
キャナリーワーフまで歩いたが、ベイズウォーターで客を降ろした線で調べればすぐわかることだ。
カフリンクスも血痕も、失態だった。
「おまえが殺した男の一人はもとLB証券の社員だ」
「え?」
「ロニーの前任者。ロマネスクと取引を始めた営業員だ」
……たしかロシア人の、アレックと呼ばれていたという。
エディはあの場では何も言わなかったが、写真を見せられてわかったはずだ。
三階のカフェテリアで、トールサイズのコーヒー二つとラザニアのパック、イーサンのためにハンバーガーを買った。
しかし自分の席に戻ったとたん、絶え間なく注文の電話がかかった。
全く席を離れることができなかった。
滅多に電話が来ない客からまで注文が来る。
かかってこないのは、ロマネスクだけだ。
世界中の投資家が突如株を売買し始めた。
同じことがフランスでもドイツでも起こっているようだった。
周りの声がうるさくて電話が聞こえない。
傷の痛みに耐えながら、片方の耳を手で塞いで客の注文を聞いた。
今朝はそんなことになるとは、誰も言っていなかったのだが……。
「諸君!」すぐ後ろでジェイミーの声がした。
ライトブルーのシャツにトレードマークの赤いタイとサスペンダーをつけている。
いつも彼がつけているコロンの強い香りがした。久々の活況なので、景気づけにフロアを歩き回っているのだ。
「利益製造兵器の諸君!」
ジェイミーの大きく重い両手が、ガシッとホークの肩を掴んだ。傷に響いて受話器を落としそうになった。
「キャンベル!」
「……イエス、サー!」
「買わせているか!」
「は、はい!」
「今日は受話器を置くなよ!」
「……了解です!」
「イーサン!」
「はい!」
「売ってるか!」
「イエス、サー!」
「席を離れるなよ!」
「張り付いています!」
「アダム!」
「はい!」
「電話しろ!」
「してます!」
「ジェイミー!」
金融法人の列からジョルジオが叫んだ。
「電話回線が足りない!」
「誰かITに電話しろ!」
「その回線がありません!」
「ロケット弾が多すぎる!」
「迎撃しろ、ジョルジオ!」
「だから、発射台が足りねえ!」
リストラしすぎて人数が減ったからだ……。痛い。早く傷の消毒をしたい……。
昼近く、ようやく電話が途切れた。
ホークはデスクに倒れ込んだ。痛みがどんどんひどくなっていた。
「久々にすごかったなあ」隣のアダムが椅子ごと近寄って来た。
「……弾切れだ」
「フルオートでガンガン撃ちまくってたもんな」アダムが言った。
イーサンも近寄って来た。
「おまえ、さっき、呼ばれて何訊かれた?」
「……?」ホークは片目を開けてイーサンを見た。
「会議室だよ。エディに連れて行かれたろ」
話していいことではないと思った。だが――
「刑事が来てたんだろ?」アダムが言った。
そう、ここは隠し事ができない職場だ。
ゆっくり起き上がり、ため息をついた。
「……昨夜何時にどこにいたかとか、そういったことだよ」
二人が頷く。
「ライアンが警察に拘留されているらしいぜ」アダムが言った。
「そうなのか?」なぜそれを知っているんだ。
「ロマネスクで人が殺されたんだろう」イーサンは声を押し殺した。
まだ報道されていないはずだ。もっともニュースなど聞く暇はなかった。
「誰から聞いたんだ?」
二人とも肩を竦める。
「だいたい皆知っているよ」
「ライアンの奴、昨夜あそこに行ったんだってな。なんでだろう」とアダム。
「重要参考人になっちまったんだな」イーサンが眉間に皺を寄せた。
「ライアンは自分が殺したんじゃないって言ってるんだ」アダムが言う。
「当たり前だろ」ホークは言った。
デスクの下のプラスチックバッグを取って、意を決して立ち上がった。
脇腹が痛みで引き戻そうとする。
何か金属の棒がそこに入っているかのようだった。
「どこ行くんだ」二人が見上げる。まだ何か聞きたそうだが、もう傷が限界だ。
「エサ買ってくる」
「おれのも頼む」とイーサン。
「了解」
「客の電話、かかったらどうする?」
「死んだって言ってくれ」
昼間あまり人が来ない、地下一階の講堂のトイレに行った。誰もいなかった。
個室に入り、傷に消毒をした。どうしても消毒液の匂いはしばらく消えない。
リンパ液がテープの端から滲みだして、シャツに染みていた。
いつもは営業中暑くてシャツ一枚になるのだが、今日は上着を脱ぐことができない。
カルロに刑事が来たことを報告した。
彼は既に警察内の知り合いにコンタクトし、揉み消しに奔走していた。
「地下鉄に乗っていなかったことはすぐばれるぞ」
だとしても、あの場ではそう言うしかなかった。
「ロマネスクのオフィスの周辺の監視カメラに映っていることも、ばれるのは時間の問題だ」
きっと、あの時間帯にあのあたりを走っていたタクシーも調べ上げていることだろう。
キャナリーワーフまで歩いたが、ベイズウォーターで客を降ろした線で調べればすぐわかることだ。
カフリンクスも血痕も、失態だった。
「おまえが殺した男の一人はもとLB証券の社員だ」
「え?」
「ロニーの前任者。ロマネスクと取引を始めた営業員だ」
……たしかロシア人の、アレックと呼ばれていたという。
エディはあの場では何も言わなかったが、写真を見せられてわかったはずだ。
三階のカフェテリアで、トールサイズのコーヒー二つとラザニアのパック、イーサンのためにハンバーガーを買った。
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