96 / 141
96 何の御用でしょうか?
しおりを挟む
二十階の会議室の一つに入った。
長いテーブルの中央に二人並んでダークスーツの男が座っている。
一人は若く、ホークが部屋に入るなり、顔を上げて目を合わせた。
何気なく手元の写真と照合している。
もう一人は五十代くらいか。顔も上げず、書類を見ている。
金融業界の人間とも当局の役人とも違う。
ホークにしてみれば、むしろ同類の匂いがした――刑事だ。
エディが「営業のアラン・キャンベルです」と言った。
ホークは二人と握手をした。
彼らは首都警察の捜査官だと名乗った。
年上の方が、ベテランらしい鋭い目でじっとホークの目を見つめた。
口元は笑っているが、目は笑っていない。
「何の御用でしょうか?」ホークは二人の刑事から視線を逸らせてエディを見る。
エディが「座れ」と刑事の向かい側の椅子を指した。
ホークは座ったが、誰も何も言わない。
歩いたせいで脇腹が疼き出した。今すぐ痛み止めを飲みたい。
「あの……スピード違反とか、信号無視とかの件ですか?」
トムソンと言う名の年上の刑事が顔を上げた。
「スピード違反とか信号無視をしたのかな?」
「いえ、したつもりはないですが、もしかして……」
「それはあとでCCTVで確認しよう」トムソンは笑っていない。
「我々は、ある事件についての捜査をしています。
キャンベルさん、あくまでも任意でご協力いただける範囲で、少々質問させて下さい。
今朝は何時に出勤しましたか」
ホークはわざと二三度瞬きをして、戸惑って見せた。
「いつもと同じ、いや、ちょっと遅れたかな。でも、六時半頃です」
「なぜ遅れたんですか」
「それは……」ホークはエディの顔を見た。無表情な目だ。
「昨夜飲み会で、ちょっと飲み過ぎて……」
「飲み過ぎ? 宿酔には見えませんね」トムソンはにこりともせずに言った。
ホークは口を噤んだ。
若い方の刑事はノートパッドに記録をしている。
「キャンベルさん、昨夜十時頃どこにいましたか?」トムソンが言った。
どうにも脇腹の痛みが治まらないのでホークは姿勢を変えた。
「え―……たぶん、地下鉄の中です」
「地下鉄? どこから乗ったんですか」
「コヴェント・ガーデンからです」
「地下鉄に乗る前は、どこに?」
「クラブで飲んでいました」
「誰とですか」
「営業部のみんなといっしょに、コヴェント・ガーデンの近くのクラブです」
若い方の刑事がタイプする手が速くなった。
「彼らと何時頃まで一緒でしたか」
「たぶん、九時半頃ですかね」
「そのあとはどうしました?」
「……家に帰りました」
「タクシーに乗ったのではないのですか」
「地下鉄です」
「家はどこですか」
「ベイズウォーターの近くです」
「ふだん地下鉄によく乗るんですか」
「乗ります」
「でも通勤は車でしょう」
「地下鉄にも乗りますよ」
「道順を説明して下さい」
ホークはため息をつき、面倒臭そうに言った。
「コヴェント・ガーデンからピカデリー・ラインでホルボーンまで行って、セントラルラインに乗り換えてノッティングヒル・ゲートまで。そこから歩いても十分位なので、歩きました」
「家に着いたのは何時ですか」
「十時半過ぎだったかな」
「それを証明する人は」
「……誰にも会っていないので、いないですね」
痛みの周期が狭まって来た。痛み止めの効果が切れたのだ。
「あのー……」痛みをこらえてホークは少し身を乗り出した。肘で上体を支える。
「いったい、何で刑事さん達は、僕にそんな質問するんですか?」
トムソンは全く動じなかった。
「先ほどの地下鉄のルートは、あとでCCTVで確認しておきます」
「僕の質問には答えてくれないんですか」
一瞬、刑事の強い視線に捉えられた。ホークは目を伏せた。
「ロシアの海運業、ロマネスク社は、あなたが担当する顧客ですね」
エディを見た。彼がうなずく。
「そうです」
「ロマネスクのオフィスに行ったことはありますか」
「ありません」
「顧客なのに、ないのですか」
ここでもう一度エディを見た。彼はただ瞬きした。
「彼らとは、ここで会うか、どこか彼らが指定する場所かで会います。
普段は電話で話せば用が済むので、オフィスに行ったことはありません」
若い方の刑事がタイプするのをトムソンは見ていた。
いきなりまた鋭い目を、ホークに向けた。
「先ほどの質問ですがね、キャンベルさん」ホークは目を上げた。
長いテーブルの中央に二人並んでダークスーツの男が座っている。
一人は若く、ホークが部屋に入るなり、顔を上げて目を合わせた。
何気なく手元の写真と照合している。
もう一人は五十代くらいか。顔も上げず、書類を見ている。
金融業界の人間とも当局の役人とも違う。
ホークにしてみれば、むしろ同類の匂いがした――刑事だ。
エディが「営業のアラン・キャンベルです」と言った。
ホークは二人と握手をした。
彼らは首都警察の捜査官だと名乗った。
年上の方が、ベテランらしい鋭い目でじっとホークの目を見つめた。
口元は笑っているが、目は笑っていない。
「何の御用でしょうか?」ホークは二人の刑事から視線を逸らせてエディを見る。
エディが「座れ」と刑事の向かい側の椅子を指した。
ホークは座ったが、誰も何も言わない。
歩いたせいで脇腹が疼き出した。今すぐ痛み止めを飲みたい。
「あの……スピード違反とか、信号無視とかの件ですか?」
トムソンと言う名の年上の刑事が顔を上げた。
「スピード違反とか信号無視をしたのかな?」
「いえ、したつもりはないですが、もしかして……」
「それはあとでCCTVで確認しよう」トムソンは笑っていない。
「我々は、ある事件についての捜査をしています。
キャンベルさん、あくまでも任意でご協力いただける範囲で、少々質問させて下さい。
今朝は何時に出勤しましたか」
ホークはわざと二三度瞬きをして、戸惑って見せた。
「いつもと同じ、いや、ちょっと遅れたかな。でも、六時半頃です」
「なぜ遅れたんですか」
「それは……」ホークはエディの顔を見た。無表情な目だ。
「昨夜飲み会で、ちょっと飲み過ぎて……」
「飲み過ぎ? 宿酔には見えませんね」トムソンはにこりともせずに言った。
ホークは口を噤んだ。
若い方の刑事はノートパッドに記録をしている。
「キャンベルさん、昨夜十時頃どこにいましたか?」トムソンが言った。
どうにも脇腹の痛みが治まらないのでホークは姿勢を変えた。
「え―……たぶん、地下鉄の中です」
「地下鉄? どこから乗ったんですか」
「コヴェント・ガーデンからです」
「地下鉄に乗る前は、どこに?」
「クラブで飲んでいました」
「誰とですか」
「営業部のみんなといっしょに、コヴェント・ガーデンの近くのクラブです」
若い方の刑事がタイプする手が速くなった。
「彼らと何時頃まで一緒でしたか」
「たぶん、九時半頃ですかね」
「そのあとはどうしました?」
「……家に帰りました」
「タクシーに乗ったのではないのですか」
「地下鉄です」
「家はどこですか」
「ベイズウォーターの近くです」
「ふだん地下鉄によく乗るんですか」
「乗ります」
「でも通勤は車でしょう」
「地下鉄にも乗りますよ」
「道順を説明して下さい」
ホークはため息をつき、面倒臭そうに言った。
「コヴェント・ガーデンからピカデリー・ラインでホルボーンまで行って、セントラルラインに乗り換えてノッティングヒル・ゲートまで。そこから歩いても十分位なので、歩きました」
「家に着いたのは何時ですか」
「十時半過ぎだったかな」
「それを証明する人は」
「……誰にも会っていないので、いないですね」
痛みの周期が狭まって来た。痛み止めの効果が切れたのだ。
「あのー……」痛みをこらえてホークは少し身を乗り出した。肘で上体を支える。
「いったい、何で刑事さん達は、僕にそんな質問するんですか?」
トムソンは全く動じなかった。
「先ほどの地下鉄のルートは、あとでCCTVで確認しておきます」
「僕の質問には答えてくれないんですか」
一瞬、刑事の強い視線に捉えられた。ホークは目を伏せた。
「ロシアの海運業、ロマネスク社は、あなたが担当する顧客ですね」
エディを見た。彼がうなずく。
「そうです」
「ロマネスクのオフィスに行ったことはありますか」
「ありません」
「顧客なのに、ないのですか」
ここでもう一度エディを見た。彼はただ瞬きした。
「彼らとは、ここで会うか、どこか彼らが指定する場所かで会います。
普段は電話で話せば用が済むので、オフィスに行ったことはありません」
若い方の刑事がタイプするのをトムソンは見ていた。
いきなりまた鋭い目を、ホークに向けた。
「先ほどの質問ですがね、キャンベルさん」ホークは目を上げた。
2
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。


夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる