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95 ああ、面倒なことになりそうだ
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寒い、と感じて目が覚めた。
血が固まってバスタオルの繊維が皮膚に貼りついている。
それを剥がしてバスルームから這い出た。
リビングルームの壁時計は五時五十分――まずい!
少し痛みがましになっていた。
テープをはがして消毒し、また新しくテープを貼った。
消毒液、テープ、脱脂綿、痛み止めなどをプラスチックバッグにつっこむ。
速攻で顔を洗い髭を剃る。
いつもより多めにローションを使い、髪をなでつけ、歯を磨き、クリーニング済みのシャツを着た。
スーツも別の、ダークブルーのものを着た。ネクタイは手に持った。
冷蔵庫から持ってきたペットボトルの水で、痛み止めを飲み下す。
エレベーターに走り、地下駐車場に直行し、Z4がないことに気づいた。
そうだ、会社に置いたままだ。
外に出て、近くのホテルの前にいたタクシーをつかまえる。
朝会が始まる六時半まであと十五分。無理だ。間に合わない。
六時四十分に社屋の前に到着した。
携帯にカルロからの着信がいくつも入っていた。エレベーターの中でメールした。
すぐ返事が来た。
「死体が二つ発見されて、既に警察が来ている。防犯カメラの映像は消したが、その他は間に合わなかった」
つまり、指紋と血痕は残ったままだ。もうとっくに採取されている。
自分のデスクに滑り込んだ。
既に席についている皆はスクリーンを見ながら、ヘッドホンから流れるアナリストのコメントを聞いている。
スクリーンを立ち上げ、ヘッドホンを着ける。
椅子ごと移動して、通路の朝食用ワゴンから、まだ残っていたペストリーを一つ取って口にくわえる。
更にぬるくなったコーヒーとリンゴを持ってデスクに戻った。
トレーダーのデスクの列を見やった。
ライアンが来ていない。あのあとどうしたのだろう。
警察が来る前に逃げただろうか。
自分の指紋はあの廊下のあちこちに残っている。
血痕もあるだろう。
こんなに証拠を残したままで、容疑者にされるわけにいかない。
警察は、殺された二人とLB証券を結びつけるだろうか。
自分はあそこにいなかった。だからいつも通りに出社して、いつも通りに振舞うのだ。
ジョルジオを見ると、昨夜と同じ服を着ていた。外泊か。
エディのアシスタントのシャロンはまだ来ていない。
アダムが何かブツブツ独り言を言いだした。
顔色が青いのは、宿酔のせいかもしれない。
そう言えば、なんとなく周囲から、酒臭い匂いが漂ってくる。
そうか、今朝は宿酔の連中が多いのだ。
「またどーせ、株は下がり続けるんだろ」アダムのぼやきだった。
K社の株価が八ポイント下がった理由は……。A国の債券金利の上昇を受け……C社は今期生産拠点の八十%をEU諸国外に移すと発表し……全米住宅着工指数は……円安が進み日本株の先高感から……FRBの観測によると財政の崖回避の後……
指数チャートを見ている振りをしながら全く集中できなかった。
あの二人を殺さずに逃げる方法は、どう考えてもなかった。
全くの災難だ。あいつらにとっても、自分にとっても。
週末の掃除サービスが来る前に、血の付いたスーツとシャツとタオルを全て始末しなければ。
あとで気がついたが、銀のカフリンクスがどこかへ行ってしまった。
もしかしたら、あの廊下に落ちたままだ。
腕時計を見ると、針が止まっている。
あのナイフの男を左手で殴った時だ。
そう言えば靴も傷だらけだ。イタリア製で履き心地がよかったのだが。
誰かに気づかれる前に、ロッカーの替え置きに履き替えなければ。
カルロの部下は現場で音声録音できたのだろうか。
ライアンが今朝出社していないのは、死体が発見された時にまだ現場にいたからか。
ロマネスクとLB証券。二人の男の死体。
ああ、面倒なことになりそうだ。
午前十時頃、ジェイミーが急ぎ足でエディのオフィスまでやってきた。
いつも部下を呼び付ける上司なのに珍しい。ドアを閉めて何か話している。
よほどの緊急事態、非常事態だ。
だが事件はまだ報道されていない。
誰もロマネスクの社屋で人が殺されたことを聞いていないはずだ。
ほどなくジェイミーが、エディと一緒にトレーディング・フロアを出ていった。
どこかのミーティング・ルームに行くようだ。
そのような時に、イスラエルと周辺の国の件がニュースで流れ、原油・運輸・その他関連株の値が動き出した。
客から指値注文を大量に受けた。
今日はライアンがいないので、彼の部下のトレーダーに取り次ぐ。
親指で買いのOKサインをもらうと、電話で出来たことを客に報告し、パメラに約定の内容をメールで流した。
同時に三メートル向こうの席にいる彼女に顔を向け、身振りで確認した。
パメラは眠そうな顔をしている。
電話を切ると、肩に手が置かれた。後ろにエディが立っていた。
「キャンベル、ちょっと来てくれ」
なぜだ。エディを見上げた。
「場中だぜ?」
「いいから来い」
……警察か?
立ち上がったとたん、脇腹がズキンと痛んだが、顔には出さなかった。
周りの視線が集まった。
エディの後ろを歩きながら、首の前で手をさっと横に動かす。
「おれクビか?」
血が固まってバスタオルの繊維が皮膚に貼りついている。
それを剥がしてバスルームから這い出た。
リビングルームの壁時計は五時五十分――まずい!
少し痛みがましになっていた。
テープをはがして消毒し、また新しくテープを貼った。
消毒液、テープ、脱脂綿、痛み止めなどをプラスチックバッグにつっこむ。
速攻で顔を洗い髭を剃る。
いつもより多めにローションを使い、髪をなでつけ、歯を磨き、クリーニング済みのシャツを着た。
スーツも別の、ダークブルーのものを着た。ネクタイは手に持った。
冷蔵庫から持ってきたペットボトルの水で、痛み止めを飲み下す。
エレベーターに走り、地下駐車場に直行し、Z4がないことに気づいた。
そうだ、会社に置いたままだ。
外に出て、近くのホテルの前にいたタクシーをつかまえる。
朝会が始まる六時半まであと十五分。無理だ。間に合わない。
六時四十分に社屋の前に到着した。
携帯にカルロからの着信がいくつも入っていた。エレベーターの中でメールした。
すぐ返事が来た。
「死体が二つ発見されて、既に警察が来ている。防犯カメラの映像は消したが、その他は間に合わなかった」
つまり、指紋と血痕は残ったままだ。もうとっくに採取されている。
自分のデスクに滑り込んだ。
既に席についている皆はスクリーンを見ながら、ヘッドホンから流れるアナリストのコメントを聞いている。
スクリーンを立ち上げ、ヘッドホンを着ける。
椅子ごと移動して、通路の朝食用ワゴンから、まだ残っていたペストリーを一つ取って口にくわえる。
更にぬるくなったコーヒーとリンゴを持ってデスクに戻った。
トレーダーのデスクの列を見やった。
ライアンが来ていない。あのあとどうしたのだろう。
警察が来る前に逃げただろうか。
自分の指紋はあの廊下のあちこちに残っている。
血痕もあるだろう。
こんなに証拠を残したままで、容疑者にされるわけにいかない。
警察は、殺された二人とLB証券を結びつけるだろうか。
自分はあそこにいなかった。だからいつも通りに出社して、いつも通りに振舞うのだ。
ジョルジオを見ると、昨夜と同じ服を着ていた。外泊か。
エディのアシスタントのシャロンはまだ来ていない。
アダムが何かブツブツ独り言を言いだした。
顔色が青いのは、宿酔のせいかもしれない。
そう言えば、なんとなく周囲から、酒臭い匂いが漂ってくる。
そうか、今朝は宿酔の連中が多いのだ。
「またどーせ、株は下がり続けるんだろ」アダムのぼやきだった。
K社の株価が八ポイント下がった理由は……。A国の債券金利の上昇を受け……C社は今期生産拠点の八十%をEU諸国外に移すと発表し……全米住宅着工指数は……円安が進み日本株の先高感から……FRBの観測によると財政の崖回避の後……
指数チャートを見ている振りをしながら全く集中できなかった。
あの二人を殺さずに逃げる方法は、どう考えてもなかった。
全くの災難だ。あいつらにとっても、自分にとっても。
週末の掃除サービスが来る前に、血の付いたスーツとシャツとタオルを全て始末しなければ。
あとで気がついたが、銀のカフリンクスがどこかへ行ってしまった。
もしかしたら、あの廊下に落ちたままだ。
腕時計を見ると、針が止まっている。
あのナイフの男を左手で殴った時だ。
そう言えば靴も傷だらけだ。イタリア製で履き心地がよかったのだが。
誰かに気づかれる前に、ロッカーの替え置きに履き替えなければ。
カルロの部下は現場で音声録音できたのだろうか。
ライアンが今朝出社していないのは、死体が発見された時にまだ現場にいたからか。
ロマネスクとLB証券。二人の男の死体。
ああ、面倒なことになりそうだ。
午前十時頃、ジェイミーが急ぎ足でエディのオフィスまでやってきた。
いつも部下を呼び付ける上司なのに珍しい。ドアを閉めて何か話している。
よほどの緊急事態、非常事態だ。
だが事件はまだ報道されていない。
誰もロマネスクの社屋で人が殺されたことを聞いていないはずだ。
ほどなくジェイミーが、エディと一緒にトレーディング・フロアを出ていった。
どこかのミーティング・ルームに行くようだ。
そのような時に、イスラエルと周辺の国の件がニュースで流れ、原油・運輸・その他関連株の値が動き出した。
客から指値注文を大量に受けた。
今日はライアンがいないので、彼の部下のトレーダーに取り次ぐ。
親指で買いのOKサインをもらうと、電話で出来たことを客に報告し、パメラに約定の内容をメールで流した。
同時に三メートル向こうの席にいる彼女に顔を向け、身振りで確認した。
パメラは眠そうな顔をしている。
電話を切ると、肩に手が置かれた。後ろにエディが立っていた。
「キャンベル、ちょっと来てくれ」
なぜだ。エディを見上げた。
「場中だぜ?」
「いいから来い」
……警察か?
立ち上がったとたん、脇腹がズキンと痛んだが、顔には出さなかった。
周りの視線が集まった。
エディの後ろを歩きながら、首の前で手をさっと横に動かす。
「おれクビか?」
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