わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ

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89 マーガレット、辞めちゃったんです。  

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 あの脅しがあってから、Z4に何かが接触して携帯が警告で振動することが度々あった。

 大抵は、駐車場でたまたま隣に車を停めた誰かが、自分の車に乗ろうとして接触する。
 
 あれ以来路上に駐車したことはないので、そのうち警告音にも慣れてしまい、まったく警告の意味を成さなくなりそうだった。

 自宅へ侵入を試みた形跡もない。

 エレベーターも、その階の住人しか降りられないシステムだから、そう簡単に住居のあるフロアにまでは侵入できないはずだ。

 以前駐車場で待ち伏せされたのは、誰かの車が帰ってきて、シャッターが上がった瞬間に車の後ろから走りこんだのに違いない。

 しかし駐車場から先へは、誰かを脅してカードキーを取り上げない限り、住居に続くエレベーターで上階へ行くことはできない。

 だが相手が誰であるにせよ、忘れるはずはない。

 一度「殺そう」と思ったからには、必ず襲ってくる。

 素手で応戦しきれないかもしれないので、拳銃を手元に置くことにした。

 車に乗るときは鍵のかかるコンパートメントに入れた。



 翌日は、東ヨーロッパの小国の情勢緊迫化に伴って、スイスフランが急騰していた。

 ユーロは下がり、欧州株は下がった。円は上がり、日本株は下がった。

 先物に大きな売りが出たせいだった。

 ジョルジオの仕掛けた売りも一役買っているらしかった。

 中には『セブンオークス』の取引もあるはずだ。

 とかく気の短いロマネスクのアンドレ・ブルラクは、大量に保有する日本株が下がるのを見ると、我慢が出来ない。

 その日は銀行株を手じまいたくなったらしく、朝方すぐに「売る」と言って来た。

 そのオーダーを受けるついでに、DAXの先物を買わないかと訊いてみた。

 アンドレは「おもしろいな」と言って、かなりまとまった枚数の買いを決めた。

 このところ疎遠だったことを考えると、すんなり受けられたのが不思議なくらいだった。

 日本株の取引は、手数料を東京の担当者と分けなければならない。

 もう何度もやっているが、タック・ヤマグチとマキ・イトウだ。

 彼らにメールを書いて、夜マキに電話することを忘れないよう、アウトルック・カレンダーに予定を入れておいた。

 現物株は値下がりしていたが、DAXの先物は順調に買われていた。

 ライアンが言った通りだ。

 市場のメカニズムは自分にはわからないし、予測もできない。

 エディのオフィスは朝からずっとドアが閉まったままで、中でエディがパソコンの画面を見ながら誰かに電話していた。

 イーサンによると、ボーナスの数字が固まるのは発表の前日くらいらしい。

 それまでは上がったり下がったりする。

 足りないと言っては、誰かを減らして誰かに付けかえる。

 ひどい時は全員一律何割か減らして、全体を調整したりするという。

 皆の予想では、去年よりはましだと思っているがさほどいいわけじゃない。

 せいぜい五パーセントアップくらいだ。

 しかしそれも業績評価で付けられた五段階のレーティングに連動して、パーセンテージが決められる。

 5が最高だとして4、3、それ以下の二つの点が付いた奴はゼロボーナス、更にひどいと一番下はクビになる。

 ホークはジェイミー・トールマンとの業績評価ミーティングの時に言われたレーティングを思い出した。

 確か、上から二番目だった。

「一番上が付く奴はいるのか?」イーサンに訊いた。

 イーサンは、ぐいっと身を乗り出してホークの耳に囁いた。

「ジョルジオくらいだ」

 ふとフロアの隅を歩いてくる人影に気づいた。
 
 黒いスーツを着たやせっぽちの女――ハルだった。

 なんだかよれよれと、アイロンの効いていないスーツのせいなのか、ふらついた足取りに見える。

 ハルは折りたたんだ大きな紙を片手に持ち、もう一方の手に計算機とマーカーペンの束を持っていた。

 よろよろとエディのオフィスのドアにたどり着くと、ノックして中に入った。

「いつもの太った姉ちゃんじゃないな」イーサンが言った。

 ホークが客との電話を一本かけている間も、ずっとエディのドアは開かなかった。

 三十分ほど経ったころようやくドアが開き、来たときと同じようにハルはよろよろと出てきた。

 ちょうど電話の切れ目だったので、トイレに行く振りをして席を立った。

 パメラが顔を上げた――が、言うべきことが何も思い浮かばず、無言で通り過ぎた。

 ハルは廊下にいた。大きな紙をたたみ直していたが、計算機を床に落とした。

「大丈夫?」ホークはさっと計算機を拾って差し出した。

「キャンベルさん……」いつもの半分以下のか細い声だった。

 目の下に隈のようなものができている。

「今日はどうしたんだ、なんでマーガレットじゃなくて、君が来たんだ?」

「だって……マーガレット、辞めちゃったんです」




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