(続編連載開始しました)わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ

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83 そのリンクスキャットは、前の持ち主の方がずっと似合っていた

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 六時数分前にメイフェアのホテルの駐車場にZ4を入れた。

 バックミラーで自分の顔を見る。

 表情が暗い。

 笑顔をつくろうとしたが、その気になれないので止めた。

 シャツを着替え、ネクタイもクリーニングしたてのライト・ブルー。

 髪はきっちり分けて撫でつけてある。

 コロンが強すぎないかと、シャツの胸をつまんだ。

 まあいいだろう。午後遅いし、香水を使っている客が多い場所柄だ。

 地下駐車場からエレベーターでシャンパン・バーに向かう。

 ホテル内のジムに行くらしい格好の二人連れと一緒になった。

 スウェット・スーツの上にバスローブのようなガウンを羽織っている。

 マリーもここでエクササイズしていた。

 ショーツから惜しげもなく白い腿を見せていた……。

 重厚な絨毯を踏んで歩く。

 シャンパン・バーの受付に立つウェイターに、トマシュを尋ねた。

 すぐに案内された。

 一番奥のマントルピースの側のテーブルだ。

 トマシュとアンドレともう一人、リンクスキャットの毛皮を羽織った金髪の女の後ろ姿が見えた。

 マリー? 

 思わず足が速まりそうになるのをなんとか抑えた。

 無事だったのか? やはりトマシュの元にいたのか?

「やあ、キャンベル君。久しぶりだな」トマシュが座ったまま伸ばした手を握った。

「お久しぶりです」次いでアンドレとも握手した。こちらはにこりともしない。

 自然に見えるように、もう一人の人物の方に顔を向けた。

 一瞬動きが止まったのを、トマシュ達に悟られたかもしれない。

 それはマリーではなかった。金髪だが髪型が違う。

 マリーより年上の、二十代後半と思しき見知らぬ女だった。

「どうした、かけたまえ、キャンベル君」

 トマシュの方に顔を戻した。にやにや笑っていた。

「今日は君に彼女を紹介しようと思ったんだよ」トマシュが女を指した。

「こちらはレベッカだ。新しく私のアシスタントとして雇ったんだ」

 レベッカ。

 そう呼ばれた女は、肉付きのいい、油断すると肥満しかねない体形をしていた。

「アラン・キャンベルです」先に自分の手を差し出した。

「はじめまして」フランス風にHを発音しない、癖のあるアクセントだった。

 トマシュが注いだシャンパンのグラスを受け取った。

 リンクス・キャットの毛皮は前がかなり開いたままだ。レベッカには小さすぎる。

 張りのある絹のドレスの胸元がかなり大きい。

 厚い腰回りに引っ張られて、組んだ脚の付け根のあたり、ドレスの裾から下着が見えそうだ。

 レベッカは鳶色の大きな目でホークを見ていた。厚かましいような視線だった。

 美人だとは思ったが――

 自分を売り込むことだけを考えている人間にありがちな、周囲に気配りできない利己的な視線だ。

 そのリンクスキャットは、前の持ち主の方がずっと似合っていた。

「キャンベル君、今後はレベッカに、君の方から何でも教えてやってくれたまえ。

 レベッカも金融商品のことを一から覚えたいと言っている。

 とりあえずマリーの口座は全部彼女が引き継ぐからな」

 トマシュの話に集中できていなかったので、「は?」と訊き返した。

 トマシュが訝しげに眉間に皺を寄せている。

「今、ラクロワさんの口座のことをおっしゃいましたか?」

 アンドレが口を挟んだ。

「聞いていなかったのか。マリーの口座をレベッカが全部引き継ぐと言ったんだ」

「それはできません」ホークはアンドレに向き直った。

「あくまでも、ラクロワさんの意志の確認ができませんと。あの口座はラクロワさんの資産であって、ラクロワさんが手数料を払っていますから」

「おまえ、そんなつまらんことを聞くために呼んだんじゃないぞ」アンドレの眼鏡がテーブルの上の蝋燭の光を反射した。

「あの金をいつまで放置しておくつもりだ。いいかげんにしろ」

「ラクロワさんのサインさえいただけましたら、いつでも解約しますし、どこへでも送金いたします」ホークはレベッカを見た。

「こちらのマダムに口座を開いていただいて、そこに入金することもできます」レベッカは、舌の先で薄い唇を湿らせていた。

 トマシュの目が鋭くなり、視線の切っ先がホークを貫こうとしていた。

 ほんの一瞬目を上げて、その視線を撥ね返した。

「キャンベル」アンドレが身を乗り出した。

「おまえ何を言ってるか、わかっているんだろうな」

「法律通りのことを申し上げているまでです」

「法律通りとはな。おまえは治外法権があるのか」

「僕が、なんですか?」

 アンドレは声を立てずに笑う。

「いつもながら、たいした度胸だ」

 ホークは沈黙し、アンドレからトマシュに視線を移し、またアンドレに戻した。

「……まあいい。その話は、また別の時に詰めておけ」トマシュが言った。

 ホークは半分残ったままのシャンパングラスを押しやり、席を立とうとした。

「レベッカの口座開設の方を、頼むよ」

「承知しました」

「あたし、キャンベルさんのこと知ってます」突然レベッカが言った。

 
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