上 下
72 / 139

72 本当にLB証券の社員なのか

しおりを挟む
 次の日、調査会社の調査員ロバート・ダレルから電話があった。

「ちょっと話せないか」

 週の中日で電話が少なく比較的暇だったので、近くのコーヒーショップまで出ていった。

 ダレルは厚いキャメルのコートにマフラーをしたまま、小さなテーブルに立っていた。

 鼠がコートを着ている、と連想させる姿だった。

 来週いっぱいで今年も終わりだな、と言った。

「へえ、調査会社は景気がいいんだな、そんなに休みが取れるんだ」

「あんたは休みじゃないのかい」ホークは首を振った。

「貧乏暇なし」

 なーにを言うか、と言いつつ、ダレルの手がバン! と背中を叩いた。

「先日、やんごとなき依頼人は調査結果に大変満足されてな」

 それはホークのことを調べさせていた、どこかの金持ちらしい依頼人のことだった。

「よかったな」ホークは熱いコーヒーをブラックで飲んだ。

「おれの取り分はないのか」

 へへへ……とまた腕を叩かれた。

「実は、依頼人があんたに直接会いたいって言っててさ」

「なんだそれ? そのうちの娘は美人か? 髪と目の色は? 背はどのくらい? スリーサイズは?」

 クククッとダレルは笑った。

「気になるなら、会ってみりゃいいじゃないか」

「嫌だね。調べられたというだけでも、こっちは気分悪いのに」

「だから、あちらさんは自分がどこの誰かを名乗るって言ってんのさ」

「だったら先に名乗れ」

 全く……ダレルは首を振った。

「その性格も、あちらさんは御承知だ」

「面白くないな」

 まあまあ……。

「あんたの取り分と言っちゃなんだが、おしえときたいことがあるんだ」

 カップに口をつけたまま、ホークは横目でダレルを見た。

「実はもうひとかた、あんたを調べてほしいと言ってきたところがある」

「婿入り先が二件かい、おれは?」

「そっちは婿入り先じゃないな」

「じゃ、なんだよ」眉を顰めた。

「実は、調査を断ったんだ。クライアントの社員個人の調査はできない規則がある、と言って」

「嘘つけ」

「嘘だよ。でも、断ったんだ。誰だったと思う」

「いいのかい、守秘義務は」

「ロマネスクだ」

 背の高い女の店員が、隣のテーブルの空いたカップを片づけに来た。

 窓から見える通りを歩く人はまばらで、寒い風がアスファルトを撫でていく。

「なんで」

 ダレルは肩をすくめて両手を広げた。

「ただ、あまりいい感じじゃなかった。あんたの身元を徹底的に調べろってな依頼だったよ。本当にLB証券の社員なのか、とか」

 カップを取ろうとした指が滑って、ガチャンと音を立てた。

「うちが断ったんで、他を当たるだろうな」ダレルは何食わぬ顔で自分のコーヒーを飲み干した。

「いつだ、依頼に来たのは?」ホークのコーヒーは半分以上カップに残っている。

「先週の金曜だったよ」

「どこが引き受けるか、わかるか?」

「そいつは無理だ」ダレルは首を振った。「それこそ守秘義務があるからな」

 テーブルの上でダレルに身を近づけた。

「そういう依頼を受けると、どういう調査をするんだ?」

「データバンクから始めるだろうね。我々同業がよく使う、信用調査のデータバンクさ」

「尾行とかは?」

「素行調査じゃないから、それはしないだろう」

 ダレルはポンポンと、またホークの腕を叩いた。

「まあ、そう心配するな。調べられても困るようなことは、ないんだから」

「つまり、あんたはおれの素行調査をしていたんだな?」

 へへへへ……とダレルは笑った。

「まあいいじゃないか。もうすぐクリスマスはなんだし。アメリカに帰るのかい」

「どうせ調べたんだよな」

 嫌み言うなよ、と鼠の顔で笑った。



 カルロにロマネスクがアラン・キャンベルを調べている、と話した。

 捜査局の偽装は完璧だから、どこからもボロは出ない、と彼は受け合った。

「ただし君のもう一つの身分については、こちらは関知していない」

「なんのことだ?」

「アラン・キャンベルが本当は孤児ではない、ということだ」

 それは、捜査局でもごく一部の人間しか知らない。

「捜査局との関係は絶対に出てこないが、君が本当はどこで生まれたのかとかは、隠されていない。調べようと思えば辿りつく」

 それは、ピーター・スチュアートの息子で、セブンオークスの社長の甥だということだ。

「困るな……」

「しかしDNA鑑定でもしない限りは、他人のそら似ですむかもしれない。違うと言い張るしかないだろう」

 カルロはそう言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最近、夫の様子がちょっとおかしい

野地マルテ
ミステリー
シーラは、探偵事務所でパートタイマーとして働くごくごく普通の兼業主婦。一人息子が寄宿学校に入り、時間に余裕ができたシーラは夫と二人きりの生活を楽しもうと考えていたが、最近夫の様子がおかしいのだ。話しかけても上の空。休みの日は「チェスをしに行く」と言い、いそいそと出かけていく。 シーラは夫が浮気をしているのではないかと疑いはじめる。

私が愛しているのは、誰でしょう?

ぬこまる
ミステリー
考古学者の父が決めた婚約者に会うため、離島ハーランドにあるヴガッティ城へと招待された私──マイラは、私立探偵をしているお嬢様。そしてヴガッティ城にたどり着いたら、なんと婚約者が殺されました! 「私は犯人ではありません!」 すぐに否定しますが、問答無用で容疑者にされる私。しかし絶対絶命のピンチを救ってくれたのは、執事のレオでした。   「マイラさんは、俺が守る!」 こうして私は、犯人を探すのですが、不思議なことに次々と連続殺人が起きてしまい、事件はヴガッティ家への“復讐”に発展していくのでした……。この物語は、近代ヨーロッパを舞台にした恋愛ミステリー小説です。よろしかったらご覧くださいませ。  登場人物紹介    マイラ  私立探偵のお嬢様。恋する乙女。    レオ  ヴガッティ家の執事。無自覚なイケメン。    ロベルト  ヴガッティ家の長男。夢は世界征服。    ケビン  ヴガッティ家の次男。女と金が大好き。    レベッカ  総督の妻。美術品の収集家。  ヴガッティ  ハーランド島の総督。冷酷な暴君。  クロエ  メイド長、レオの母。人形のように無表情。    リリー  メイド。明るくて元気。  エヴァ  メイド。コミュ障。  ハリー  近衛兵隊長。まじめでお人好し。  ポール  近衛兵。わりと常識人。  ヴィル  近衛兵。筋肉バカ。    クライフ  王立弁護士。髭と帽子のジェントルマン。    ムバッペ  離島の警察官。童顔で子どもっぽい。    ジョゼ・グラディオラ  考古学者、マイラの父。宝探しのロマンチスト。    マキシマス  有名な建築家。ワイルドで優しい  ハーランド族  離島の先住民。恐ろしい戦闘力がある。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...