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72 本当にLB証券の社員なのか

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 次の日、調査会社の調査員ロバート・ダレルから電話があった。

「ちょっと話せないか」

 週の中日で電話が少なく比較的暇だったので、近くのコーヒーショップまで出ていった。

 ダレルは厚いキャメルのコートにマフラーをしたまま、小さなテーブルに立っていた。

 鼠がコートを着ている、と連想させる姿だった。

 来週いっぱいで今年も終わりだな、と言った。

「へえ、調査会社は景気がいいんだな、そんなに休みが取れるんだ」

「あんたは休みじゃないのかい」ホークは首を振った。

「貧乏暇なし」

 なーにを言うか、と言いつつ、ダレルの手がバン! と背中を叩いた。

「先日、やんごとなき依頼人は調査結果に大変満足されてな」

 それはホークのことを調べさせていた、どこかの金持ちらしい依頼人のことだった。

「よかったな」ホークは熱いコーヒーをブラックで飲んだ。

「おれの取り分はないのか」

 へへへ……とまた腕を叩かれた。

「実は、依頼人があんたに直接会いたいって言っててさ」

「なんだそれ? そのうちの娘は美人か? 髪と目の色は? 背はどのくらい? スリーサイズは?」

 クククッとダレルは笑った。

「気になるなら、会ってみりゃいいじゃないか」

「嫌だね。調べられたというだけでも、こっちは気分悪いのに」

「だから、あちらさんは自分がどこの誰かを名乗るって言ってんのさ」

「だったら先に名乗れ」

 全く……ダレルは首を振った。

「その性格も、あちらさんは御承知だ」

「面白くないな」

 まあまあ……。

「あんたの取り分と言っちゃなんだが、おしえときたいことがあるんだ」

 カップに口をつけたまま、ホークは横目でダレルを見た。

「実はもうひとかた、あんたを調べてほしいと言ってきたところがある」

「婿入り先が二件かい、おれは?」

「そっちは婿入り先じゃないな」

「じゃ、なんだよ」眉を顰めた。

「実は、調査を断ったんだ。クライアントの社員個人の調査はできない規則がある、と言って」

「嘘つけ」

「嘘だよ。でも、断ったんだ。誰だったと思う」

「いいのかい、守秘義務は」

「ロマネスクだ」

 背の高い女の店員が、隣のテーブルの空いたカップを片づけに来た。

 窓から見える通りを歩く人はまばらで、寒い風がアスファルトを撫でていく。

「なんで」

 ダレルは肩をすくめて両手を広げた。

「ただ、あまりいい感じじゃなかった。あんたの身元を徹底的に調べろってな依頼だったよ。本当にLB証券の社員なのか、とか」

 カップを取ろうとした指が滑って、ガチャンと音を立てた。

「うちが断ったんで、他を当たるだろうな」ダレルは何食わぬ顔で自分のコーヒーを飲み干した。

「いつだ、依頼に来たのは?」ホークのコーヒーは半分以上カップに残っている。

「先週の金曜だったよ」

「どこが引き受けるか、わかるか?」

「そいつは無理だ」ダレルは首を振った。「それこそ守秘義務があるからな」

 テーブルの上でダレルに身を近づけた。

「そういう依頼を受けると、どういう調査をするんだ?」

「データバンクから始めるだろうね。我々同業がよく使う、信用調査のデータバンクさ」

「尾行とかは?」

「素行調査じゃないから、それはしないだろう」

 ダレルはポンポンと、またホークの腕を叩いた。

「まあ、そう心配するな。調べられても困るようなことは、ないんだから」

「つまり、あんたはおれの素行調査をしていたんだな?」

 へへへへ……とダレルは笑った。

「まあいいじゃないか。もうすぐクリスマスはなんだし。アメリカに帰るのかい」

「どうせ調べたんだよな」

 嫌み言うなよ、と鼠の顔で笑った。



 カルロにロマネスクがアラン・キャンベルを調べている、と話した。

 捜査局の偽装は完璧だから、どこからもボロは出ない、と彼は受け合った。

「ただし君のもう一つの身分については、こちらは関知していない」

「なんのことだ?」

「アラン・キャンベルが本当は孤児ではない、ということだ」

 それは、捜査局でもごく一部の人間しか知らない。

「捜査局との関係は絶対に出てこないが、君が本当はどこで生まれたのかとかは、隠されていない。調べようと思えば辿りつく」

 それは、ピーター・スチュアートの息子で、セブンオークスの社長の甥だということだ。

「困るな……」

「しかしDNA鑑定でもしない限りは、他人のそら似ですむかもしれない。違うと言い張るしかないだろう」

 カルロはそう言った。
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