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62 おれは、おまえの伝言係じゃないからな
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三時少し前にオフィスに戻った。
バスケットを車のトランクに入れたままにすると、蛇が窒息するような気がする。
そのまま持って二十階に上がった。
案の定、デスクの上に電話メモの紙が落ち葉のごとく散り敷かれていた。
「おれは、おまえの伝言係じゃないからな」アダムがじろりとホークを見た。
ホークは神妙に頷いた。
「済まない」
「なに持ってるんだ?」アダムはホークが床に置いたバスケットを見た。
「マリー・ラクロワの蛇」
「はあ?」
散らばったメモを一束にまとめながら、アダムの方に身を乗り出した。
「おまえ、前に、猫を医者に連れて行くと言って、遅刻したことあったよな」
「ああ。あれはカーチャに予防注射しに行ったんだ」
「その獣医を紹介してくれないか」
アダムが怪訝な顔をした。
「この蛇、具合が悪そうなんだ。マリー・ラクロワに頼まれてさ」
アダムは無言で瞬きをした。
「……おまえ、何を」
「何もしてない。彼女のペットのことで、相談に乗ってただけだ」
「……まあ、それで契約取ってきたみたいだから、いいのかもしれないけどな」
なんだかんだぼやきつつも、アダムは帰りに一緒に獣医までつきあってくれた。
もちろん、ホークが「ドリンク+ディナーを奢る」と言ったからだ。
Z4に乗ったとたん、アダムは「なんか香水臭いな」と言った。
アダムの猫の獣医は、リリーは病気ではなく、単にお腹が空いているだけだと診断した。
ホークとアダムは、アダムの住むドックランドのパブに入った。
キャナリー・ワーフの金融街がすぐ近くだ。
アダムはLB証券に入る以前はキャナリー・ワーフにある証券会社にいた。
住んでいるのもドックランドなのだ。
「ロニーはそこまでマリー・ラクロワの世話はしていなかったぜ」
ホークの足元にはバスケットが置かれている。
「おまえも律儀な奴だな。その蛇だろう、噛まれたの」
ホークは頷く。
ブラックベリーでマリー・ラクロワに、リリーの診断結果をメールした。
『明日の昼にお届けします。すぐ餌を食べさせた方がいいですよ』
アダムはステーキの皿に山と積まれたフレンチフライをつまんだ。
「できてんのか、彼女と?」
「まさか」ホークはブラックベリーを置いて、ステーキを切り分けた。
「トマシュ・レコフに殺されたくない」
アダムはフフフと笑った。
「確かにな」
「頼むから、そういう噂を流すなよ」
「おれは言ってないぜ、何も……」
言ってるくせに。ホークはビールを飲み干した。
胸ポケットで携帯が振動した。カルロだ。
アダムの分も一緒にビールのおかわりを頼みにカウンターに行った。
このパブは、スーツを着た客があまりいない。女客もいない。
アダムに彼女がいないのは、普段こういう所に出入りしているからじゃないのか。
ビールを待つ間、携帯のメールを読んだ。
『蛇が吐いたのは、キャッシュカードのICチップ』
『口座の持ち主と残高は?』
『ローガン・ファレル、ボストン在住。二千万ドルほど』
お客さん、と言われて顔を上げた。ビールのパイントが二杯、目の前にあった。
代金をカウンターに置いて、メールを続けた。
『誰だ、そいつは?』
『アイリッシュ・マフィア』
『商売は?』
『人材斡旋業、即ち売春組織』
『そんな奴の金を盗んだら、ヤバいんじゃないのか』
『チップはもとに戻す。鼠を元通りに返せ』
ビールを持ってテーブルに戻った。
「彼女からメールか?」アダムが顎で、ホークの携帯を指した。
ホークは微笑んだ。
「おまえはどこにいても、もてるんだな」
「まず、場所が悪いだろ」ホークはステーキをつまんで言った。
「なんで女の子がいる店に行かないんだ」
「いる時もあるんだよ」
「ここよりシティで飲むべきだ。それかキャナリー・ワーフ」
「誰か女の子を紹介してくれる件は、どうなったんだ?」
そんな約束したか?
「そうだな……ハルなんかどう?」
「なんであんなペチャパイなんだよ」
そんなこと言えた義理か、おまえ?
「可愛いじゃないか……あの子のルームメイトを紹介してもらおう」
「美人か?」
「まだ会ってない。ルーマニア人で、仕事探しているんだって」
「ルーマニアか……。東欧の娘はきれいだよな」
ネットによくあるコールガールの写真のことを言ってるらしい。
「ま、近いうちに企画してみるよ」
帰りはアダムを家まで送るので、またZ4に乗せた。
倉庫街の通りは、街灯以外は明かりが落ちて暗かった。
「この近くにロマネスクの事務所があるぜ」
「そうらしいな」港湾事務所だから、アンドレもトマシュもあまりそこにいることはない。
「この間、ロニーの前の奴を見かけたな」
「ロニーの前?」
「アレック・ナントカっていうロシア人だ」
「ああ、すぐ辞めたっていう?」
「そう。全然仕事できなくてな……すぐクビになった」
「他に就職できたんだな」
「ロマネスクだったりして」
ドックランド・レイルウェイの駅のすぐ近くでアダムを降ろした。
バスケットを車のトランクに入れたままにすると、蛇が窒息するような気がする。
そのまま持って二十階に上がった。
案の定、デスクの上に電話メモの紙が落ち葉のごとく散り敷かれていた。
「おれは、おまえの伝言係じゃないからな」アダムがじろりとホークを見た。
ホークは神妙に頷いた。
「済まない」
「なに持ってるんだ?」アダムはホークが床に置いたバスケットを見た。
「マリー・ラクロワの蛇」
「はあ?」
散らばったメモを一束にまとめながら、アダムの方に身を乗り出した。
「おまえ、前に、猫を医者に連れて行くと言って、遅刻したことあったよな」
「ああ。あれはカーチャに予防注射しに行ったんだ」
「その獣医を紹介してくれないか」
アダムが怪訝な顔をした。
「この蛇、具合が悪そうなんだ。マリー・ラクロワに頼まれてさ」
アダムは無言で瞬きをした。
「……おまえ、何を」
「何もしてない。彼女のペットのことで、相談に乗ってただけだ」
「……まあ、それで契約取ってきたみたいだから、いいのかもしれないけどな」
なんだかんだぼやきつつも、アダムは帰りに一緒に獣医までつきあってくれた。
もちろん、ホークが「ドリンク+ディナーを奢る」と言ったからだ。
Z4に乗ったとたん、アダムは「なんか香水臭いな」と言った。
アダムの猫の獣医は、リリーは病気ではなく、単にお腹が空いているだけだと診断した。
ホークとアダムは、アダムの住むドックランドのパブに入った。
キャナリー・ワーフの金融街がすぐ近くだ。
アダムはLB証券に入る以前はキャナリー・ワーフにある証券会社にいた。
住んでいるのもドックランドなのだ。
「ロニーはそこまでマリー・ラクロワの世話はしていなかったぜ」
ホークの足元にはバスケットが置かれている。
「おまえも律儀な奴だな。その蛇だろう、噛まれたの」
ホークは頷く。
ブラックベリーでマリー・ラクロワに、リリーの診断結果をメールした。
『明日の昼にお届けします。すぐ餌を食べさせた方がいいですよ』
アダムはステーキの皿に山と積まれたフレンチフライをつまんだ。
「できてんのか、彼女と?」
「まさか」ホークはブラックベリーを置いて、ステーキを切り分けた。
「トマシュ・レコフに殺されたくない」
アダムはフフフと笑った。
「確かにな」
「頼むから、そういう噂を流すなよ」
「おれは言ってないぜ、何も……」
言ってるくせに。ホークはビールを飲み干した。
胸ポケットで携帯が振動した。カルロだ。
アダムの分も一緒にビールのおかわりを頼みにカウンターに行った。
このパブは、スーツを着た客があまりいない。女客もいない。
アダムに彼女がいないのは、普段こういう所に出入りしているからじゃないのか。
ビールを待つ間、携帯のメールを読んだ。
『蛇が吐いたのは、キャッシュカードのICチップ』
『口座の持ち主と残高は?』
『ローガン・ファレル、ボストン在住。二千万ドルほど』
お客さん、と言われて顔を上げた。ビールのパイントが二杯、目の前にあった。
代金をカウンターに置いて、メールを続けた。
『誰だ、そいつは?』
『アイリッシュ・マフィア』
『商売は?』
『人材斡旋業、即ち売春組織』
『そんな奴の金を盗んだら、ヤバいんじゃないのか』
『チップはもとに戻す。鼠を元通りに返せ』
ビールを持ってテーブルに戻った。
「彼女からメールか?」アダムが顎で、ホークの携帯を指した。
ホークは微笑んだ。
「おまえはどこにいても、もてるんだな」
「まず、場所が悪いだろ」ホークはステーキをつまんで言った。
「なんで女の子がいる店に行かないんだ」
「いる時もあるんだよ」
「ここよりシティで飲むべきだ。それかキャナリー・ワーフ」
「誰か女の子を紹介してくれる件は、どうなったんだ?」
そんな約束したか?
「そうだな……ハルなんかどう?」
「なんであんなペチャパイなんだよ」
そんなこと言えた義理か、おまえ?
「可愛いじゃないか……あの子のルームメイトを紹介してもらおう」
「美人か?」
「まだ会ってない。ルーマニア人で、仕事探しているんだって」
「ルーマニアか……。東欧の娘はきれいだよな」
ネットによくあるコールガールの写真のことを言ってるらしい。
「ま、近いうちに企画してみるよ」
帰りはアダムを家まで送るので、またZ4に乗せた。
倉庫街の通りは、街灯以外は明かりが落ちて暗かった。
「この近くにロマネスクの事務所があるぜ」
「そうらしいな」港湾事務所だから、アンドレもトマシュもあまりそこにいることはない。
「この間、ロニーの前の奴を見かけたな」
「ロニーの前?」
「アレック・ナントカっていうロシア人だ」
「ああ、すぐ辞めたっていう?」
「そう。全然仕事できなくてな……すぐクビになった」
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「ロマネスクだったりして」
ドックランド・レイルウェイの駅のすぐ近くでアダムを降ろした。
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