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58 僕は、株の営業が仕事なんですが……
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この会社にはコンシェルジェ・サービスがある。
クリーニングと修理した靴が出来ているので取りに来いと、何度もメールと伝言があった。
思い出して三階に立ち寄った。
と言うより、もう着るシャツがなくなってきたのだ。
ビニールのかかったスーツ二着とシャツを五枚に靴を持って、エレベーターに乗った。
全部ロッカーに突っ込んで席に戻る。
アダムが不機嫌な顔で「マリー・ラクロワから三回も電話があったぞ」と言った。
パメラが休暇を取っているせいで、電話を取ってくれる人がいない。
イーサンも休暇、シャロンもエディが休暇なのでいない。
年末が近づくと、皆の休みが重なることが多いようだ。
とりあえず、アダムに謝った。
マリーとはあれ以来コンタクトを取っていない。
向こうも気まずいのではないかと思っていたが……。
クライアント・ラインでマリーに電話をかけた。
「ラクロワさん、おはようございます。LB証券のアラン・キャンベルです。先ほどは席をはずしておりまして、失礼しました」
「キャンベルさん、またリリーが具合悪いの。ドクターのところに連れて行って」
……クライアント・ラインでかけるんじゃなかった、と後悔した。
「それは変でしょう。前回だって鼠が腐っていたと言われたじゃありませんか」
「そうよね? だからあたし、そう言ったの。なのに、いいから持って行けって」
「誰がそう言うんですか」
「ペットショップの男よ」
甲高いマリーの声は受話器から漏れてくる。
隣でアダムが顔をこっちに向けた。
「あたしだって、もうあんな薄気味悪い所に行きたくないわ」
「行かないでいいですよ。それよりペットショップに鼠を返しに行くべきです」アダムが眉間に皺をよせた。
「キャンベルさん、一緒に来て」
「は? ペットショップへは、いつもお一人で行っているでしょう?」
「だってあいつ、ドクターの所へ行けって怒鳴るのよ」
怒鳴る? ……何か変だ。ホークの頭の中で警鐘が鳴り始めた。
「トマシュに言いましたか?」
「言ってないわよ。リリーの話なんかしても、彼、取り合ってくれないもの」
「でも、言った方がいいんじゃないですか」
「トマシュはリリーに興味ないの。もともとあたしが飼いたいって頼んで、やっと飼わせてもらったのよ」
……僕だって興味ない。
「他にその……家政婦に一緒に行ってもらうのは、駄目なんですか?」
「あの人も蛇は苦手だって言うの。リリーの世話は契約に入っていないのよ」
……僕だって苦手だ。
「ラクロワさん、僕は、株の営業が仕事なんですが……」
「何でもキャンベルさんの言う物、買うわ。だからお願い!」
……今の発言、取り消してくれ!
行動規範だか、営業員規程だかの、いずれかに違反しているような気がする。
その時、登録ラインの三番が点灯した。
VIP顧客の一人からの電話だ。
「すみませんが、ラクロワさん、別の電話が鳴っているので、一旦切ってよろしいですか」
「嫌よ! 今すぐ来て!」
その一瞬、アダムがホークの三番の電話を取った。
電話中です、かけ直させます、と応えている。
「わかりました」と応えたのは、この電話を切りたい一心からだった。
「……でも、お昼まで待って下さい」腕時計を見る。十時二十分だった。
「そんなに待てないわ! リリーが死んじゃったら、キャンベルさんのせいよ!」
一瞬、目を閉じた。今のも録音されている。
「ラクロワさん、僕のお昼は十一時です」
「十一時ね? お願いよ。絶対来て!」
アダムに礼を言い、そのまま三番の客に電話した。
要望を聞いてアドバイスし、約定を決めた。
パメラのカバーをしているアシスタントに指示を出し、あれこれ雑務をこなしているうちに昼になった。
十一時だ。
「外出か?」アダムがこっちを見た。
「ちょっと、出てくる」
「昼は?」
「行かれないな」
「戻りは?」
「……なるべく早く戻る」
頷いたアダムの顔は渋かった。
ホークが午後のマーケットに遅れると、またアダムが電話を取ることになる。
「悪い。今度埋め合わせするよ」
「口先男、って言われてるぜ」
上着を着ながらアダムの肩を強めに叩いた。
クリーニングと修理した靴が出来ているので取りに来いと、何度もメールと伝言があった。
思い出して三階に立ち寄った。
と言うより、もう着るシャツがなくなってきたのだ。
ビニールのかかったスーツ二着とシャツを五枚に靴を持って、エレベーターに乗った。
全部ロッカーに突っ込んで席に戻る。
アダムが不機嫌な顔で「マリー・ラクロワから三回も電話があったぞ」と言った。
パメラが休暇を取っているせいで、電話を取ってくれる人がいない。
イーサンも休暇、シャロンもエディが休暇なのでいない。
年末が近づくと、皆の休みが重なることが多いようだ。
とりあえず、アダムに謝った。
マリーとはあれ以来コンタクトを取っていない。
向こうも気まずいのではないかと思っていたが……。
クライアント・ラインでマリーに電話をかけた。
「ラクロワさん、おはようございます。LB証券のアラン・キャンベルです。先ほどは席をはずしておりまして、失礼しました」
「キャンベルさん、またリリーが具合悪いの。ドクターのところに連れて行って」
……クライアント・ラインでかけるんじゃなかった、と後悔した。
「それは変でしょう。前回だって鼠が腐っていたと言われたじゃありませんか」
「そうよね? だからあたし、そう言ったの。なのに、いいから持って行けって」
「誰がそう言うんですか」
「ペットショップの男よ」
甲高いマリーの声は受話器から漏れてくる。
隣でアダムが顔をこっちに向けた。
「あたしだって、もうあんな薄気味悪い所に行きたくないわ」
「行かないでいいですよ。それよりペットショップに鼠を返しに行くべきです」アダムが眉間に皺をよせた。
「キャンベルさん、一緒に来て」
「は? ペットショップへは、いつもお一人で行っているでしょう?」
「だってあいつ、ドクターの所へ行けって怒鳴るのよ」
怒鳴る? ……何か変だ。ホークの頭の中で警鐘が鳴り始めた。
「トマシュに言いましたか?」
「言ってないわよ。リリーの話なんかしても、彼、取り合ってくれないもの」
「でも、言った方がいいんじゃないですか」
「トマシュはリリーに興味ないの。もともとあたしが飼いたいって頼んで、やっと飼わせてもらったのよ」
……僕だって興味ない。
「他にその……家政婦に一緒に行ってもらうのは、駄目なんですか?」
「あの人も蛇は苦手だって言うの。リリーの世話は契約に入っていないのよ」
……僕だって苦手だ。
「ラクロワさん、僕は、株の営業が仕事なんですが……」
「何でもキャンベルさんの言う物、買うわ。だからお願い!」
……今の発言、取り消してくれ!
行動規範だか、営業員規程だかの、いずれかに違反しているような気がする。
その時、登録ラインの三番が点灯した。
VIP顧客の一人からの電話だ。
「すみませんが、ラクロワさん、別の電話が鳴っているので、一旦切ってよろしいですか」
「嫌よ! 今すぐ来て!」
その一瞬、アダムがホークの三番の電話を取った。
電話中です、かけ直させます、と応えている。
「わかりました」と応えたのは、この電話を切りたい一心からだった。
「……でも、お昼まで待って下さい」腕時計を見る。十時二十分だった。
「そんなに待てないわ! リリーが死んじゃったら、キャンベルさんのせいよ!」
一瞬、目を閉じた。今のも録音されている。
「ラクロワさん、僕のお昼は十一時です」
「十一時ね? お願いよ。絶対来て!」
アダムに礼を言い、そのまま三番の客に電話した。
要望を聞いてアドバイスし、約定を決めた。
パメラのカバーをしているアシスタントに指示を出し、あれこれ雑務をこなしているうちに昼になった。
十一時だ。
「外出か?」アダムがこっちを見た。
「ちょっと、出てくる」
「昼は?」
「行かれないな」
「戻りは?」
「……なるべく早く戻る」
頷いたアダムの顔は渋かった。
ホークが午後のマーケットに遅れると、またアダムが電話を取ることになる。
「悪い。今度埋め合わせするよ」
「口先男、って言われてるぜ」
上着を着ながらアダムの肩を強めに叩いた。
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