わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ

文字の大きさ
上 下
54 / 139

54 口先だけなのよね。営業マンよね~

しおりを挟む
 マリーに買わせ損なったドイツ株が値上がりした。

 もし買っていたら、二三日でかなりな儲けになっていた。

 惜しいことをしたものだ。

 おまけにいつも親切で愛想のいいパメラが冷たい。

 あのとき入れた、大量の買いオーダーを取り消したせいだ。

 全て「誤発注」だったという報告を、その日のうちに取引所に出さなければならなかった。

 客の勘定でマーケットで買いつけている以上、「なかったこと」にはできない。

 誤発注の原因についても、まさか「客の気が変ったから」とか言えるわけがない。

「担当営業の確認ミス」となる。

 社内にも相当迷惑がかかる。

 ホークはコンプライアンスに始末書を出さなければならず、

 それには上司ジェイミー・トールマンのサインが必要で、

 即ちその前にエディ・ミケルソンに説明をしなければならなかった。

「ベテランのおまえに言うことじゃないが、客の意志を確かめるのは基本中の基本だろう」

 エディのオフィスで、ホークはきまり悪そうに顔を顰めた。

「マリー・ラクロワっていう客は、何がルールなのかもわかっていないんだろう?」

 ついでに嫌みも言われた。

「おまえが女性にもてるのは仕方がないとしても、これは法律で決まっているルールだからな」

 以来、なんとなく、アダムもイーサンも、自分に話しかけることを避けているような気がする。

 ぼーっと株価チャートを見つめていると、登録一番の電話が点灯した。

 アンドレ・ブルラクだった。

「やあ、元気か」アンドレがこんな挨拶をするのは初めてだ。

 ホークは姿勢をただした。

「お久しぶりです。ドバイに行っていたんですか」

 アンドレは上機嫌な感じの含み笑いを立てた。

「マリーから聞いたのか」

 ホークが曖昧に笑うと、

「この間おまえがマリーに勧めたドイツ株を新たに購入したい」

 その銘柄は今も上昇し続けていた。

「あ、はい。えーと、どなたが買うんですか」

「ロマネスクだよ」

「わかりました。銘柄と株数をお願いします」

「この間と同じでいい。いい銘柄ばかりだったじゃないか。マリーの奴、トマシュに一本電話してくれれば、すぐに注文入れたのに」

 腰の力が抜けそうな気がした。

 アンドレに銘柄と株数を一件一件複唱する。

 始末書まで書いたので全て覚えていた。

 違うのは、三日前より上がった株価だけだ。

「もし資金に余裕があるなら、先物のコールオプション(あらかじめ決めた価格で買う権利)を買いませんか?」ホークは言った。

「ああいいよ。FTか?」

「DAXです」

 期日と枚数を確認して買いを入れた。

「それと、指値さしねで頼みたいのがある」アンドレが言った。

 ホークはメモに書き取った。

 それはその朝ジョルジオが、大手のファンドマネージャーから受けた、大量発注銘柄の一つだと気づいた。

 またこれだ。

 それに、資金に余裕があるとはどうしたのだろう。どこかの組織から代金を回収できたということか。

 どうやって? いつ?

 ライアンに電話でアンドレの指値注文を伝えた。

 パメラにロマネスクの大量発注の指示を出し、歩いて彼女の席まで行った。

 パメラはマスカラびっしりの目を大きく見張った顔で、ホークを見上げた。

「なんか、この注文、見たことあるわね」

「今度はロマネスクだから」

 ああ、と目を細めて前回の客を見下げるような顔をした。

「お金あるの?」

「あります」

 上目使いに射抜くような視線を向けて来た。

「これもなかったことにするなんてことになったら……」

「何でも君が好きなものを奢るよ」

「それ、三日前も言ってたけど?」

「何度でも奢らせていただきます」

 ようやくパメラが笑顔になった。しかし、こう言った。

「口先だけなのよね。営業マンよね~」

 午後、アンドレの指値通りに出来た。

 トイレに立つと、ライアンがいた。

「アンドレのホクホク顔が見えるようだ」手を洗っている時にホークが言った。

 ライアンは、ほんの一拍遅れでこっちを向いた。

「ああ、今日も当てたな」

 ペーパータオルを二枚引き抜いて、一枚をライアンに渡した。

「そう言えば、娘さんの具合どう?」

「ああ……一月に手術なんだ」

 二人が紙で手を拭くパリパリという音がした。

「大変だな」

「これが二度目でね。一度目は三歳の時で、まだ体力がなくて、全部終わらなかった。

 成長するのを待っていたんだ。今度で終わるといいんだけど」

「そんな小さい頃から……えらいな」

 ライアンが財布を出して、中に入れている写真を見せた。

「ほら、これがサラ」

 ライアンと妻と小さな女の子が写っていた。

 茶色い髪を二つ分けに結って、目は円い。

「君に似ている」

 ライアンが写真を見て微笑んだ。

「小さい頃から走るのを禁じられていて。本人は走りたいのに」

「サラの分も走っておけよ」ホークはライアンの少したるんだ腹を叩いた。

 先にライアンが出て行くと、メールでカルロにロマネスクの資金繰りが突然良くなったことを伝えた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...