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54 口先だけなのよね。営業マンよね~
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マリーに買わせ損なったドイツ株が値上がりした。
もし買っていたら、二三日でかなりな儲けになっていた。
惜しいことをしたものだ。
おまけにいつも親切で愛想のいいパメラが冷たい。
あのとき入れた、大量の買いオーダーを取り消したせいだ。
全て「誤発注」だったという報告を、その日のうちに取引所に出さなければならなかった。
客の勘定でマーケットで買いつけている以上、「なかったこと」にはできない。
誤発注の原因についても、まさか「客の気が変ったから」とか言えるわけがない。
「担当営業の確認ミス」となる。
社内にも相当迷惑がかかる。
ホークはコンプライアンスに始末書を出さなければならず、
それには上司ジェイミー・トールマンのサインが必要で、
即ちその前にエディ・ミケルソンに説明をしなければならなかった。
「ベテランのおまえに言うことじゃないが、客の意志を確かめるのは基本中の基本だろう」
エディのオフィスで、ホークはきまり悪そうに顔を顰めた。
「マリー・ラクロワっていう客は、何がルールなのかもわかっていないんだろう?」
ついでに嫌みも言われた。
「おまえが女性にもてるのは仕方がないとしても、これは法律で決まっているルールだからな」
以来、なんとなく、アダムもイーサンも、自分に話しかけることを避けているような気がする。
ぼーっと株価チャートを見つめていると、登録一番の電話が点灯した。
アンドレ・ブルラクだった。
「やあ、元気か」アンドレがこんな挨拶をするのは初めてだ。
ホークは姿勢をただした。
「お久しぶりです。ドバイに行っていたんですか」
アンドレは上機嫌な感じの含み笑いを立てた。
「マリーから聞いたのか」
ホークが曖昧に笑うと、
「この間おまえがマリーに勧めたドイツ株を新たに購入したい」
その銘柄は今も上昇し続けていた。
「あ、はい。えーと、どなたが買うんですか」
「ロマネスクだよ」
「わかりました。銘柄と株数をお願いします」
「この間と同じでいい。いい銘柄ばかりだったじゃないか。マリーの奴、トマシュに一本電話してくれれば、すぐに注文入れたのに」
腰の力が抜けそうな気がした。
アンドレに銘柄と株数を一件一件複唱する。
始末書まで書いたので全て覚えていた。
違うのは、三日前より上がった株価だけだ。
「もし資金に余裕があるなら、先物のコールオプション(あらかじめ決めた価格で買う権利)を買いませんか?」ホークは言った。
「ああいいよ。FTか?」
「DAXです」
期日と枚数を確認して買いを入れた。
「それと、指値で頼みたいのがある」アンドレが言った。
ホークはメモに書き取った。
それはその朝ジョルジオが、大手のファンドマネージャーから受けた、大量発注銘柄の一つだと気づいた。
またこれだ。
それに、資金に余裕があるとはどうしたのだろう。どこかの組織から代金を回収できたということか。
どうやって? いつ?
ライアンに電話でアンドレの指値注文を伝えた。
パメラにロマネスクの大量発注の指示を出し、歩いて彼女の席まで行った。
パメラはマスカラびっしりの目を大きく見張った顔で、ホークを見上げた。
「なんか、この注文、見たことあるわね」
「今度はロマネスクだから」
ああ、と目を細めて前回の客を見下げるような顔をした。
「お金あるの?」
「あります」
上目使いに射抜くような視線を向けて来た。
「これもなかったことにするなんてことになったら……」
「何でも君が好きなものを奢るよ」
「それ、三日前も言ってたけど?」
「何度でも奢らせていただきます」
ようやくパメラが笑顔になった。しかし、こう言った。
「口先だけなのよね。営業マンよね~」
午後、アンドレの指値通りに出来た。
トイレに立つと、ライアンがいた。
「アンドレのホクホク顔が見えるようだ」手を洗っている時にホークが言った。
ライアンは、ほんの一拍遅れでこっちを向いた。
「ああ、今日も当てたな」
ペーパータオルを二枚引き抜いて、一枚をライアンに渡した。
「そう言えば、娘さんの具合どう?」
「ああ……一月に手術なんだ」
二人が紙で手を拭くパリパリという音がした。
「大変だな」
「これが二度目でね。一度目は三歳の時で、まだ体力がなくて、全部終わらなかった。
成長するのを待っていたんだ。今度で終わるといいんだけど」
「そんな小さい頃から……えらいな」
ライアンが財布を出して、中に入れている写真を見せた。
「ほら、これがサラ」
ライアンと妻と小さな女の子が写っていた。
茶色い髪を二つ分けに結って、目は円い。
「君に似ている」
ライアンが写真を見て微笑んだ。
「小さい頃から走るのを禁じられていて。本人は走りたいのに」
「サラの分も走っておけよ」ホークはライアンの少したるんだ腹を叩いた。
先にライアンが出て行くと、メールでカルロにロマネスクの資金繰りが突然良くなったことを伝えた。
もし買っていたら、二三日でかなりな儲けになっていた。
惜しいことをしたものだ。
おまけにいつも親切で愛想のいいパメラが冷たい。
あのとき入れた、大量の買いオーダーを取り消したせいだ。
全て「誤発注」だったという報告を、その日のうちに取引所に出さなければならなかった。
客の勘定でマーケットで買いつけている以上、「なかったこと」にはできない。
誤発注の原因についても、まさか「客の気が変ったから」とか言えるわけがない。
「担当営業の確認ミス」となる。
社内にも相当迷惑がかかる。
ホークはコンプライアンスに始末書を出さなければならず、
それには上司ジェイミー・トールマンのサインが必要で、
即ちその前にエディ・ミケルソンに説明をしなければならなかった。
「ベテランのおまえに言うことじゃないが、客の意志を確かめるのは基本中の基本だろう」
エディのオフィスで、ホークはきまり悪そうに顔を顰めた。
「マリー・ラクロワっていう客は、何がルールなのかもわかっていないんだろう?」
ついでに嫌みも言われた。
「おまえが女性にもてるのは仕方がないとしても、これは法律で決まっているルールだからな」
以来、なんとなく、アダムもイーサンも、自分に話しかけることを避けているような気がする。
ぼーっと株価チャートを見つめていると、登録一番の電話が点灯した。
アンドレ・ブルラクだった。
「やあ、元気か」アンドレがこんな挨拶をするのは初めてだ。
ホークは姿勢をただした。
「お久しぶりです。ドバイに行っていたんですか」
アンドレは上機嫌な感じの含み笑いを立てた。
「マリーから聞いたのか」
ホークが曖昧に笑うと、
「この間おまえがマリーに勧めたドイツ株を新たに購入したい」
その銘柄は今も上昇し続けていた。
「あ、はい。えーと、どなたが買うんですか」
「ロマネスクだよ」
「わかりました。銘柄と株数をお願いします」
「この間と同じでいい。いい銘柄ばかりだったじゃないか。マリーの奴、トマシュに一本電話してくれれば、すぐに注文入れたのに」
腰の力が抜けそうな気がした。
アンドレに銘柄と株数を一件一件複唱する。
始末書まで書いたので全て覚えていた。
違うのは、三日前より上がった株価だけだ。
「もし資金に余裕があるなら、先物のコールオプション(あらかじめ決めた価格で買う権利)を買いませんか?」ホークは言った。
「ああいいよ。FTか?」
「DAXです」
期日と枚数を確認して買いを入れた。
「それと、指値で頼みたいのがある」アンドレが言った。
ホークはメモに書き取った。
それはその朝ジョルジオが、大手のファンドマネージャーから受けた、大量発注銘柄の一つだと気づいた。
またこれだ。
それに、資金に余裕があるとはどうしたのだろう。どこかの組織から代金を回収できたということか。
どうやって? いつ?
ライアンに電話でアンドレの指値注文を伝えた。
パメラにロマネスクの大量発注の指示を出し、歩いて彼女の席まで行った。
パメラはマスカラびっしりの目を大きく見張った顔で、ホークを見上げた。
「なんか、この注文、見たことあるわね」
「今度はロマネスクだから」
ああ、と目を細めて前回の客を見下げるような顔をした。
「お金あるの?」
「あります」
上目使いに射抜くような視線を向けて来た。
「これもなかったことにするなんてことになったら……」
「何でも君が好きなものを奢るよ」
「それ、三日前も言ってたけど?」
「何度でも奢らせていただきます」
ようやくパメラが笑顔になった。しかし、こう言った。
「口先だけなのよね。営業マンよね~」
午後、アンドレの指値通りに出来た。
トイレに立つと、ライアンがいた。
「アンドレのホクホク顔が見えるようだ」手を洗っている時にホークが言った。
ライアンは、ほんの一拍遅れでこっちを向いた。
「ああ、今日も当てたな」
ペーパータオルを二枚引き抜いて、一枚をライアンに渡した。
「そう言えば、娘さんの具合どう?」
「ああ……一月に手術なんだ」
二人が紙で手を拭くパリパリという音がした。
「大変だな」
「これが二度目でね。一度目は三歳の時で、まだ体力がなくて、全部終わらなかった。
成長するのを待っていたんだ。今度で終わるといいんだけど」
「そんな小さい頃から……えらいな」
ライアンが財布を出して、中に入れている写真を見せた。
「ほら、これがサラ」
ライアンと妻と小さな女の子が写っていた。
茶色い髪を二つ分けに結って、目は円い。
「君に似ている」
ライアンが写真を見て微笑んだ。
「小さい頃から走るのを禁じられていて。本人は走りたいのに」
「サラの分も走っておけよ」ホークはライアンの少したるんだ腹を叩いた。
先にライアンが出て行くと、メールでカルロにロマネスクの資金繰りが突然良くなったことを伝えた。
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