わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ

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47 いくつかの事実が、偶然を装っているように見えた

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 ロマネスクが持つ十二月期日の指数先物に損が出そうだったので、アンドレに話して一度確定させた。

 更に同じ十二月の、FTSE100指数オプションと、DAXフューチャーズを買う話をする。

 アンドレが乗ってきた。

 そのため、証拠金を入れてもらうことになった。

 カルロに携帯のメールで、ロマネスクから送金があると連絡しておいた。

「今確定して正解だ」と先物担当のルパートが言った。

  これ以上持ち続けても損失が広がるだけだ。

「でもこれ、おまえ、いつやったっけ?」

「おれじゃない、ロニーだ」

「げっ、ロニーの遺言かよ」

 どうやら死ぬ少し前に予約していたらしい。

 エディのオフィスのドアが開いていたので、歩いて行ってノックした。

 彼はすぐ顔を上げた。

「ちょっと、いいか」
 
手で椅子を指したので、中に入り椅子に座った。

「ロニーの事故について、調べたことがあるって聞いたんだ」

 エディは目の前のファイルを閉じて、身体ごとこっちを向いた。

「誰から」

「フロアで話に出たんだ」

「ドアを閉めろ」

 ホークは立ってドアを閉めた。

 エディはまたPCの方を見ていたが、ホークが座ると顔を向けた。

「本当は誰にも言ってはいけないんだが、おまえは担当者だから言っておく。

 実は一時、ロマネスクとうちは、かなり険悪な状態になっていたんだ」

「どうして?」

「あまりにロニーの事故の調査に対して、非協力的だったからだ。

『当社は彼を招待したが、事故は当社のコントロールの及ぶ範囲外で起こったことで、一切関わりはない』と警察に言ったんだ。

 確かにそうかもしれなかったが、ロマネスク側に警察の捜査が及ばないように、予防線を張ったようにしか見えなかった。

 我々よりは現地のロマネスクの方が、よほど警察へのアクセスだっていいのに。

 だからLB証券は、私立探偵を雇って調査させたんだ」

 エディは事実を淡々と語った。

「その間、ロマネスクとの取引は?」

 エディは首を振った。

「おまえも聞いた通り、しばらく担当者がいなかった。

 おまえの採用も、一時止まっていただろう?」

 確かに面接の後、数週間待たされた。だから入社が八月末になったのだ。

「ロマネスクは早く引き継ぎの者を採用しろとうるさかったが、LB側は慌てなかった。

 そのまま取引を停止するかどうか、幹部会議で議題になったくらいだ」
 
「あんな大口顧客を……」

 エディが頷く。

「時にはそんな決断もありだ。信義にもとるくらいなら、金儲けの機会も捨てる。ジェイミーがそういう人間なんだ」

 ロイヤル・ハイランド連隊、ブラック・ウォッチ出身の、ジェイミー・トールマン。

 ホークの死んだ父親も同じ考え方をするような気がした。

「事故じゃないかもしれないとみんなが考えた理由は、なんだったんだ?」

「……いくつかの事実が、偶然を装っているように見えたんだ」

「装って?」

「うん。例えば、空港で迎えの車が来なかったこと。

 そのせいでロニーはタクシーに乗るはめになった。

 乗ったタクシーに、たまたま後ろを走っていたトレーラーが追突した。

 なぜかその運転手は居眠りをしていた」

 ホークはエディの黒い瞳をじっと見た。

「警察は、なんて?」

「明らかに事故だと」

「探偵の調査の結果は?」

「事故だったよ。結局調べても同じだった」

「それでも、あんたも事故じゃないって思っているのか」

 エディの目は感情を出さなかった。視線がぶれることもなく言った。

「何も思ってない、その件については。事故だというからには、やっぱり事故だったんだろう」逆に、探るような目つきになった。

「なんでそんなにこの件に興味があるんだ」

「彼の後を引き継いだからさ。気になるんだよ」

「そうか。じゃ、レイチェルにも訊いてみろよ。もともと彼女がジェイミーに調査員を紹介したんだ」

 エディの部屋を出ると、審査部のレイチェル・ハリーに電話してランチに誘った。

 今日の今日だったが、レイチェルは承諾してくれた。

 十一時、レイチェルは、足首までの長さの毛皮の襟の付いたコートを着て、一階の受付の外に立っていた。

「あなた寒くないの?」

 ホークはシャツの上に上着を着ただけだった。

 なるべくオフィスの近くの、すぐ席に着ける店に行った。

 裏通りの小道にあるパブだ。

「皆、知ってるわよ、ジェイミーが調べさせてたこと」

 二人はカウンターで、腰高の椅子にかけた。

「だって、あんまりじゃない。あたしたちショックで、すぐ納得できなかったのよ。

 誰も見てないのに事故で死んだなんて言われたって、ちょっと待ってよって」

「その探偵、サンクトペテルブルクまで行ったのか」

「行ったわよ。一応警察を訪ねてね。ロニーは空港でタクシーに乗ったの。

 それも本当は、ロマネスクから迎えのハイヤーが来るはずだったのに、

 全然来なくて、仕方なく乗ったんですって」

 フィッシュアンドチップスの皿が来た。

 ホークは炭酸入りの水を飲んだ。

「ロマネスク本社には、行かれなかったんだな」

「行ってない。もともとロマネスクは、ロニーの前任者が、数年前に開いたアカウントだったんだけど、

 書類だけの審査で、誰も現地を視察していないみたいなのよね」

 ホークは白身魚を切るナイフを止めた。

「ロニーの前任者って、誰?」

「ロシア人だった。アレックって呼んでた。

 アレクセイ・なんとかかんとかって、名字だったわ」

「そいつはどうしたんだ」

「一年くらいで辞めちゃったのよ。なんか、あまり成績も良くなくて。

 ロマネスク以外に客がいなかったみたい」

 つまり、ロマネスクが送り込んだモグラじゃないか。

 他にそういう奴はいないんだろうか?

「口がうまいっていう印象の、よくしゃべるセールスマンだった。

 でもそれだけで、本当に株の営業の経験あるのかしらと思った。

 だって、基本的な証券ルールも知らなかったし。

 ロシアでは違う、とか言っちゃって。

 みんな、経歴詐称じゃないかって言ってたわ。周りからも浮いてたわね」

 ……潜入させる人間の教育に関しては、歳入庁捜査局の方が一枚上だ。

「君はどっちだと思う?」

 レイチェルは唇を尖らせて考えた。

「あたしは怪しいと思ってるわ。少なくとも納得はしていない」

「事故じゃないと?」

 レイチェルは頷く。

「でもなんで、今そんなことを訊いてるの」

「前任者が謎の死を遂げたなんて言われると、気になるだろう、普通」

「あなたでも気になる?」

 ホークは笑った。

「なんだと思ってるんだ」

「さあ……実はマフィアの御曹司だったりして」

 ホークはフレンチフライに噎せた。咳が止まらず、レイチェルが背中を撫でた。

「……おれの、どこが……」

「なんとなくよ。自分のことを話さないし、一人でも平気な感じ。

 あなたとエディは似てるわね」

「それ、全然褒めてないぜ」

 店が混んできたので二人は早めに切り上げた。

 高い椅子から降りるとレイチェルは突然小さくなった。

「あなたといると、男も女もこっちを見るから不思議よね」

「君を見てるんだろ」

「あたしはついででしょ」

 歩いていると、向こうから、スピッツを散歩させている若い女の子がやってきた。

 レイチェルがしゃがんで「かわいい」と犬を撫でた。

 スピッツは尻尾を振って喜びながら、離れて立っているホークの方を見た。

「あなた、犬嫌いなの?」

「いや、近寄ると大変なことになるので……」

 尚もこっちを振り向こうとする犬を、女の子が引っ張って行った。

 会社のビルの前でレイチェルが囁いた。

「あのね、あまりこの話はしない方がいいわよ」

 見ると、真面目な顔をしていた。

「この話をすると、よくないことが起こるの」

「どういう意味?」

「この調査をしている時、何人かが同じことを感じたのよ。

 はっきり証拠があったわけじゃないけど、なんとなく、

 いつも誰かに見られているような気がしたの」

 自転車が来たので、ホークはレイチェルの背に手を添えて、歩道の内側に入れた。

「家に帰ると、誰かがいない間に部屋に入って、全部物を元通りに戻したんじゃないかって、そう感じたの」

 ジェニファーと同じじゃないか。

「それは嫌だな」

「それで、みんなこの話をするのをやめたのね。そしたら、しばらくして治まった」

「皆がこの件を忘れた振りをしているのは、そのせいか」

「集団ヒステリーじゃないと思うわ。だからあなたもこの話はやめた方がいい。これ、真面目な忠告よ」

 エレベーターが二十階で開き、レイチェルに手を振って先に降りた時、ホールにパメラが立っていた。

「レイチェルとランチ?」

 やばい――パメラとまだランチに行っていなかった。
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