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45 実はみんな、あれは事故じゃないって思ってるんだ
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十二月十四日に期日が来る先物予約の中に、予想に反して相場が “買い” に動いているものがあった。
ロマネスクが契約した時点では “売り” に傾くと予想していたらしい。
ロニーが残した最後の契約だった。
イスラエルが何かするたびに、原油関連は上がったり下がったりしている。
利益確定売りを勧めるタイミングについて考えていると、パメラが寄ってきた。
クリーム色のモヘアのセーターを着ている。
ふわりとした静電気のようなものを感じる。
「あたしのメール、見てくれた?」
パメラのメールは自動仕訳で一般のメールのフォルダーに入る。
営業関連のメールを見るだけで精いっぱいなので、見ていなかった。
「これから見る」
メールの画面を一般フォルダーに替えようとすると、
「あ、いいの。今言うから。あのね、LGBTのレセプションの返事だけ、ずっと保留にしているんだけど」
何?
「そういうことって、普通訊きにくいし、Bだったりすると、やっぱりわからないし……」
……今、Bって言ったか。
左右のアダムとイーサンが、笑いをこらえている。
「いや、行かないよ」
「じゃ、断っとくね」ニコニコしながら、席に戻っていく。
ふと一般メールの受信ボックスに目が行き、業績評価の360度依頼がたまっているのがわかった。
やってもやっても、次から次へと依頼が飛んできたせいで、追いつかない。
今たまっているだけでも、三十八人分あった。
まもなく締め切りだとわかっているが、とても手が回らない。
ロニーから引き継いだ接待予算枠がまだ残っていた。
今年中にロマネスクを接待したい、とジェイミーの所へ話しに行った。
「このご時世に、接待なんて」という顔をされた。
「でも、ロマネスクで儲かっていますよ」
「まあな」
ジェイミーは今日も赤いネクタイだ。
冬でも日に焼けている額はゴルフのせいだ。
「その分、他がやられているからトントンだ」
そう言いつつ、予算の申請を許可してくれた。
申請書はオンラインの経費精算システムで、パメラに作ってもらった。
彼女には可能なアプリケーションの殆どに、アラン・キャンベルの代理権限を与えてしまった。
本人は喜んでいるようだった。
そういえば、彼女のことも自分が評価する立場なのだった。
ロンドン風の料理がいいとアンドレから言ってきたので、ジェイミーが会員証を持っているクラブのレストランに決めた。
ロマネスク側はトマシュとアンドレの二人。
LB側はホークの他に、シニア・トレーダーのライアン、先物・オプションのルパート、FXのジョンが参加した。
接待のある日は自分の車で来ない。
皆でタクシーに乗り、ストランドのクラブまで行った。
十月の終わりの寒く暗い夕方で、ぼうっと霧が漂っていた。
トマシュとアンドレは少し遅れるようだった。
待つ間、四人はバーで飲んでいた。
「あれ以来、皇帝には損はさせずに頑張ってるんだな」ルパートが言った。
“あれ“ とは、中国関連の商品のことだ。
「危うく殺されかけたからな」ホークは笑った。
「ロニーにしても、おまえにしても、よくやってるよ」ジョンが言った。
「そう言えば、去年もロマネスクの接待をしたな」
「そうだ、ロニーが企画して、確かタワーブリッジを渡った向こうのシーフード・レストランだった」ルパートが、ビールをおかわりした。
「考えてみれば、あれが最後だ」
ふとライアンが漏らした一言に、皆黙りこくってしまった。
グラスを口につけたまま、それぞれの思いにふけっている。
「なんでサンクトペテルブルクなんて、行ったんだろうな」ジョンが言った。
「なんでって?」ルパートが訊く。
「だってさ、できすぎだろう、わざわざあっちへ行った時に……」
「なにが?」ホークは頭を寄せた。
「実はみんな、あれは事故じゃないって思ってるんだ」ライアンが囁いた。
「事故じゃない?」
ジョンが頷いた。
「あいつ、ロマネスクに随分深入りしていたからな」
「でも、警察が調べたんだろう?」ホークも囁き声になった。
「警察っていったって、サンクトペテルブルクの警察だぞ」
「どうして事故じゃないと思ったんだ?」
「偶然が多すぎるっていうか……おれらトレーダーだからさ、経験則で物を考えることが多いのさ」ライアンが言った。
「偶然って、何が?」
「やめろって、その話は」ルパートがライアンの腕を押さえる。
「関わるな。関わらない方がいい」ジョンがホークを見て言い、ビールを飲み干した。
「そうだな、今日は盛り上げなきゃいけないしな」ライアンもジョンに倣った。
まもなくトマシュ達が到着したので、レストランに移動した。
全員面識があったので、簡単に挨拶して席に着いた。
ロマネスクが契約した時点では “売り” に傾くと予想していたらしい。
ロニーが残した最後の契約だった。
イスラエルが何かするたびに、原油関連は上がったり下がったりしている。
利益確定売りを勧めるタイミングについて考えていると、パメラが寄ってきた。
クリーム色のモヘアのセーターを着ている。
ふわりとした静電気のようなものを感じる。
「あたしのメール、見てくれた?」
パメラのメールは自動仕訳で一般のメールのフォルダーに入る。
営業関連のメールを見るだけで精いっぱいなので、見ていなかった。
「これから見る」
メールの画面を一般フォルダーに替えようとすると、
「あ、いいの。今言うから。あのね、LGBTのレセプションの返事だけ、ずっと保留にしているんだけど」
何?
「そういうことって、普通訊きにくいし、Bだったりすると、やっぱりわからないし……」
……今、Bって言ったか。
左右のアダムとイーサンが、笑いをこらえている。
「いや、行かないよ」
「じゃ、断っとくね」ニコニコしながら、席に戻っていく。
ふと一般メールの受信ボックスに目が行き、業績評価の360度依頼がたまっているのがわかった。
やってもやっても、次から次へと依頼が飛んできたせいで、追いつかない。
今たまっているだけでも、三十八人分あった。
まもなく締め切りだとわかっているが、とても手が回らない。
ロニーから引き継いだ接待予算枠がまだ残っていた。
今年中にロマネスクを接待したい、とジェイミーの所へ話しに行った。
「このご時世に、接待なんて」という顔をされた。
「でも、ロマネスクで儲かっていますよ」
「まあな」
ジェイミーは今日も赤いネクタイだ。
冬でも日に焼けている額はゴルフのせいだ。
「その分、他がやられているからトントンだ」
そう言いつつ、予算の申請を許可してくれた。
申請書はオンラインの経費精算システムで、パメラに作ってもらった。
彼女には可能なアプリケーションの殆どに、アラン・キャンベルの代理権限を与えてしまった。
本人は喜んでいるようだった。
そういえば、彼女のことも自分が評価する立場なのだった。
ロンドン風の料理がいいとアンドレから言ってきたので、ジェイミーが会員証を持っているクラブのレストランに決めた。
ロマネスク側はトマシュとアンドレの二人。
LB側はホークの他に、シニア・トレーダーのライアン、先物・オプションのルパート、FXのジョンが参加した。
接待のある日は自分の車で来ない。
皆でタクシーに乗り、ストランドのクラブまで行った。
十月の終わりの寒く暗い夕方で、ぼうっと霧が漂っていた。
トマシュとアンドレは少し遅れるようだった。
待つ間、四人はバーで飲んでいた。
「あれ以来、皇帝には損はさせずに頑張ってるんだな」ルパートが言った。
“あれ“ とは、中国関連の商品のことだ。
「危うく殺されかけたからな」ホークは笑った。
「ロニーにしても、おまえにしても、よくやってるよ」ジョンが言った。
「そう言えば、去年もロマネスクの接待をしたな」
「そうだ、ロニーが企画して、確かタワーブリッジを渡った向こうのシーフード・レストランだった」ルパートが、ビールをおかわりした。
「考えてみれば、あれが最後だ」
ふとライアンが漏らした一言に、皆黙りこくってしまった。
グラスを口につけたまま、それぞれの思いにふけっている。
「なんでサンクトペテルブルクなんて、行ったんだろうな」ジョンが言った。
「なんでって?」ルパートが訊く。
「だってさ、できすぎだろう、わざわざあっちへ行った時に……」
「なにが?」ホークは頭を寄せた。
「実はみんな、あれは事故じゃないって思ってるんだ」ライアンが囁いた。
「事故じゃない?」
ジョンが頷いた。
「あいつ、ロマネスクに随分深入りしていたからな」
「でも、警察が調べたんだろう?」ホークも囁き声になった。
「警察っていったって、サンクトペテルブルクの警察だぞ」
「どうして事故じゃないと思ったんだ?」
「偶然が多すぎるっていうか……おれらトレーダーだからさ、経験則で物を考えることが多いのさ」ライアンが言った。
「偶然って、何が?」
「やめろって、その話は」ルパートがライアンの腕を押さえる。
「関わるな。関わらない方がいい」ジョンがホークを見て言い、ビールを飲み干した。
「そうだな、今日は盛り上げなきゃいけないしな」ライアンもジョンに倣った。
まもなくトマシュ達が到着したので、レストランに移動した。
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