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27 ロシアの富豪が損をした
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『流動性会議』で言われたやばい商品をロマネスクに売ってから、一週間ほど経った。
その日出社すると、エディがオフィスのドアから顔を出して「キャンベル」と呼んだ。
席に座る間もなく、スクリーンだけ立ち上げて大股で素早く向かう。
ドアを閉めろと言われた。
「ロマネスクにマージン・コールが出てるぞ」エディは、パソコンの画面を見たまま言った。
「ああ」ホークはドアに寄りかかった。
まだ見ていなかったが、そろそろだろうと思っていた。
「連絡したのか」
「メールを送る」
「電話しろ」ホークを見た。
「あとでするよ」
まずメールで連絡し、それで反応がなければ電話をするのが通常のやりかただった。
エディがじっとホークを見た。
「今すぐしろ」
ホークは立ったまま腕を組んだ。
「なんで」
「明日の期限までに、追証(追加証拠金の略語)を入れさせるんだ」
「これは今日確定して損切り(それ以上の損失を避ける)させるよ」
エディが身体をこっちに向けた。
「だめだ。追証を入れさせるんだ」
「そんなことしたら挽回できなくなる。これは確定した方がいい」
「誰がこの “クソッたれ” 商品を、売れと言ったんだ」
「決めたのはおれだよ。悪いのか」
「ロマネスクのアカウントにマイナスを出してはいけないんだ。追証を、今日もらって来い」
はっ! とホークは顔を横に向けた。
「嫌だ」
「キャンベル、命令だ」
「今日確定しなかったら泥沼にはまるぜ。担当としてそれはできない」
「おれの言う通りにするんだ」
「嫌だね」ホークはドアを開けて身体を外に出した。
「担当はおれだ。あんたに営業を指図する権限ないだろう」
席に戻ってデータを確認してから、ロマネスクの社長と社長秘書にメールを送った。
問題の商品に流動性がなくなる可能性があります。今日の時点で確定するか、明日の同時刻までに不足分の担保を差し入れていただくか決めて下さい、という内容だった。
向こうからの返信はなかった。
このまま担保が差し入れられなければ、損切りが確定する。
一応相手の意図を確認するために、午後にでもアンドレ・ブルラクに電話を入れよう。
昼近くなって周りが静かになると、アダムがこっちを向いた。
「おまえ、エディを怒らせたのか」
午前中、エディのオフィスのドアは閉まったきりで、中でエディがどこかに電話していた。誰もよせつけなかった。
「別に。営業方針について意見が合わなかっただけだ」
「エディは格下の奴に口答えされるのには、慣れていないんだ」
ホークはアダムを見た。
「おれたちはヴァイス・プレジデントで、エディはエグゼクティブ・ディレクターだぜ。あっちが格上だろ」
「だからって、おれのアカウントに口出ししていいのか」
アダムはふっと息をついて、肩をすくめた。
「本部長だって、エディの意見は一目置いているんだぜ。おれなら逆らわねえな」
午後ロマネスクに入れた電話は留守電になり、メッセージに対して返事はなかった。
損を出してから三日後、別の契約で空売りしていたのが当たって、ロマネスクはかなりな儲けを出した。
損切りの分を十分補って余りあった。
ホークがある客と電話で話していると、ロマネスクの直通番号のランプが点滅した。
話を終わらせることができず、パメラの方を向いて「取ってくれ」と頼んだ。
電話を切ると、後ろで待っていたパメラがさっとメモを出した。
ロマネスクの社長が今夜会いたいと言っている、とあった。
場所は、メイフェアのホテルのシャンパン・バーだった。
「機嫌、良かった?」
「うーん、ふつう」
パメラはマスカラで瞬きをして、目をくりっと回した。
今日も小さすぎるのかと思うほど、ピチピチのストレッチ素材のシャツを着ている。
前回社長と会った時は本部長とエディも一緒だった。
「おれ一人だけ?」うん、とパメラは頷いた。
その日出社すると、エディがオフィスのドアから顔を出して「キャンベル」と呼んだ。
席に座る間もなく、スクリーンだけ立ち上げて大股で素早く向かう。
ドアを閉めろと言われた。
「ロマネスクにマージン・コールが出てるぞ」エディは、パソコンの画面を見たまま言った。
「ああ」ホークはドアに寄りかかった。
まだ見ていなかったが、そろそろだろうと思っていた。
「連絡したのか」
「メールを送る」
「電話しろ」ホークを見た。
「あとでするよ」
まずメールで連絡し、それで反応がなければ電話をするのが通常のやりかただった。
エディがじっとホークを見た。
「今すぐしろ」
ホークは立ったまま腕を組んだ。
「なんで」
「明日の期限までに、追証(追加証拠金の略語)を入れさせるんだ」
「これは今日確定して損切り(それ以上の損失を避ける)させるよ」
エディが身体をこっちに向けた。
「だめだ。追証を入れさせるんだ」
「そんなことしたら挽回できなくなる。これは確定した方がいい」
「誰がこの “クソッたれ” 商品を、売れと言ったんだ」
「決めたのはおれだよ。悪いのか」
「ロマネスクのアカウントにマイナスを出してはいけないんだ。追証を、今日もらって来い」
はっ! とホークは顔を横に向けた。
「嫌だ」
「キャンベル、命令だ」
「今日確定しなかったら泥沼にはまるぜ。担当としてそれはできない」
「おれの言う通りにするんだ」
「嫌だね」ホークはドアを開けて身体を外に出した。
「担当はおれだ。あんたに営業を指図する権限ないだろう」
席に戻ってデータを確認してから、ロマネスクの社長と社長秘書にメールを送った。
問題の商品に流動性がなくなる可能性があります。今日の時点で確定するか、明日の同時刻までに不足分の担保を差し入れていただくか決めて下さい、という内容だった。
向こうからの返信はなかった。
このまま担保が差し入れられなければ、損切りが確定する。
一応相手の意図を確認するために、午後にでもアンドレ・ブルラクに電話を入れよう。
昼近くなって周りが静かになると、アダムがこっちを向いた。
「おまえ、エディを怒らせたのか」
午前中、エディのオフィスのドアは閉まったきりで、中でエディがどこかに電話していた。誰もよせつけなかった。
「別に。営業方針について意見が合わなかっただけだ」
「エディは格下の奴に口答えされるのには、慣れていないんだ」
ホークはアダムを見た。
「おれたちはヴァイス・プレジデントで、エディはエグゼクティブ・ディレクターだぜ。あっちが格上だろ」
「だからって、おれのアカウントに口出ししていいのか」
アダムはふっと息をついて、肩をすくめた。
「本部長だって、エディの意見は一目置いているんだぜ。おれなら逆らわねえな」
午後ロマネスクに入れた電話は留守電になり、メッセージに対して返事はなかった。
損を出してから三日後、別の契約で空売りしていたのが当たって、ロマネスクはかなりな儲けを出した。
損切りの分を十分補って余りあった。
ホークがある客と電話で話していると、ロマネスクの直通番号のランプが点滅した。
話を終わらせることができず、パメラの方を向いて「取ってくれ」と頼んだ。
電話を切ると、後ろで待っていたパメラがさっとメモを出した。
ロマネスクの社長が今夜会いたいと言っている、とあった。
場所は、メイフェアのホテルのシャンパン・バーだった。
「機嫌、良かった?」
「うーん、ふつう」
パメラはマスカラで瞬きをして、目をくりっと回した。
今日も小さすぎるのかと思うほど、ピチピチのストレッチ素材のシャツを着ている。
前回社長と会った時は本部長とエディも一緒だった。
「おれ一人だけ?」うん、とパメラは頷いた。
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