わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ

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25 ロニーはどこに寄付すると書いたんだ?

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 胸の奥に重たい痛みを感じ、アンバーはメイドに微笑みかけた。

「今日はもう休むわね。明日からまたお願い」
「はい、奥様。シシィめは誠心誠意お仕え致しますので、どうぞお側に置いてください」

 シシィはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、これ以上アンバーに無理をさせるのも良くないと思ったのだろう。
 ワゴンを寝室の隅に控えさせ、シシィはそのまま寝室を出て行った。

 気持ちを落ち着かせるというカモミールティーを飲んでも、アンバーの沈痛な表情は晴れない。
 やがて続き部屋の方から気配がし、寝る格好をしたヴォルフがやって来た。

「少しは落ち着いたか?」

 アンバーの隣に座った彼から、石鹸の匂いがする。

「はい、色々申し訳ございませんでした」

 ティーカップをベッドサイドに置き、アンバーはクッションに背中を預けた。ヴォルフも同様の姿勢になり、二人は天蓋の中を何とはなしに見やる。

「君は……、危険に頭を突っ込むかもしれないと知っていながら、関わりたいと思うのか? 悪いが君は何の訓練も受けていない女性だ。いざという時、恐怖に身が竦んで何もできないだろう。そうならないように、俺は安全な城にいて欲しいと思っていただけだったんだが……」

 ヴォルフが話を切り出し、アンバーの手を静かに握る。

「自分が原因かもしれないのに、人任せにして自分だけぬくぬくと安全地帯にいるのは嫌です。私には意思があります。自分を狙う人がいるなら何者かを知りたいし、あなたやシシィたち、そして領地の家族や民を襲うかもしれない者を放っておけません」

 きっぱりとしたいらえに、ヴォルフは静かに息をついた。
 少し間を置いてから、彼はアンバーが狙われている理由を話してくれる。

「……君が裏オークションに出品された経緯には、二つの悪意があった。一つは君を襲った山賊の類い。そいつらに襲われ、君はあそこに売り飛ばされたのだろう」
「ええ。嫁ぐ途中だったのですが、侍女や荷馬車共々襲われて……他の者たちはどうなったのか分かりません」

 ギュッと拳を握れば、その上からヴォルフが優しく手を包んでくれる。

「安心しろ。ああいう輩は馬車に乗っている貴人しか狙わない。侍女は恐らくどこかで生き延びているだろう」

 殺されていなければ……という言葉を、ヴォルフは口にしなかった。アンバーもそれは分かっており、彼の気遣いに感謝する。

「ありがとうございます。それでもう一つの悪意というのは?」
「……最近この近隣で誘拐事件が頻発しているのは、国境の領地にいた君なら聞き及んでいたのではと思う」

「ええ。大規模な犯罪組織のようで、周辺国も力を合わせて解決に臨んでいますが、いまだ具体的な打開策を練れていないと……。私の知っているアルフォード王国の令嬢の中にも、不幸にも姿を消してしまった方もいらっしゃいます。主に貴族の令嬢が狙われ、どこに消えたのか分からないと……」

 自分もその『消えた令嬢』なのだが、アンバーはごく冷静に言う。

「俺はその犯罪組織を、王命で追っている。うちの公爵家は代々軍や警察の仕事を統括していて、今は俺がその頂点にいる。まぁ、元帥というやつだ」
「元帥閣下……。……だからお部屋に怖そうな武器があったのですね?」

 彼の立場に軽く驚きつつも、アンバーは彼の部屋で目にした物を思い出す。
 ヴォルフの部屋にはインテリアとしての剣が飾ってあったが、その他にも実用しているとしか思えない鞭がホルダーに入っていた。手錠やよくわからない道具もあったし、アンバーは彼が何をしている人なのか分からず不気味だった。
 いつかあの鞭で自分が打たれてしまうのでは……と怯えていたが、やっと合点がいった。

「隠しているつもりはなかったが、確かにアレは誤解を与えても仕方がなかったな」

 ふむ……とヴォルフは顎に手をやり、一人頷く。

「……話は戻るが、その犯罪組織の親玉は、どうやら貴族の中にいるようだ。貴族が貴族を陥れ、売買した令嬢を貴族の慰みものにする。どこかの別荘の地下には、哀れな令嬢が腹を大きくしているかもしれない。また最近、妖しげな薬……女をより感じさせる媚薬や、男の性欲を著しく飛躍させる物。妊娠をさせないための薬など、そういう物も裏で流通しているらしい」

「……そんな……」

 サッとアンバーの顔色が青ざめ、頭に『性奴隷』という言葉が思い浮かぶ。
 少し前まで自分も性奴隷になるかと思っていたが、アンバーを買ったヴォルフはこうして色々な事を話してくれている。彼の愛がどこから始まったものかは分からないが、真剣にアンバーを想っているのも伝わっている。

(私は恵まれている。けれど、姿を消した令嬢の中にはそうでない人もいるのだわ)

 自分はこのままでも、それほど不幸な事にならないだろう。
 仮に公爵であるヴォルフに本気で求められているのだとしたら、これ以上の好機はないと思う。

 だが攫われた令嬢たちは、明日の我が身がどうなるかすら分からず怯えているだろう。

「人身売買は人の権利を侵した犯罪だ。孕まされた令嬢は庶子を産み、それが将来的に貴族の爵位継承や財産分与などを乱す、不和の種となる可能性もある。あらゆる視点から、我々はこの犯罪を阻止しなければいけない」

 前を向いたままキッパリと告げるヴォルフは、声すらも誇り高い。

「……それ程まで人身売買を憎く思っているあなたが、どうして見知らぬ私を買ったのです?」

 揚げ足を取るつもりはない。だが素朴な疑問だった。
 自分がなぜ、ヴォルフのような見た目もよく爵位もある人に、突然愛されるのか理由が分からない。それがアンバーが抱えている不安の根底だ。

 質問をされたヴォルフはアンバーを見て、困ったように微笑む。

「今はまだ言えない。だが……そうだな。俺は君に恩返しをしたいんだ」
「恩返し……?」

 きょと、と目を瞬かせるが、アンバーには何の思い当たりもない。

「だって私、ヴォルフ様と初対面ですよ? 恩返しも何も……」
「ああ、そうだな」

 分かっていると穏やかに微笑みつつ、ヴォルフはアンバーを抱き寄せた。額にキスをし、形のいい耳を軽く食む。

「それでも俺は、君にとても感謝しているんだ。君が不憫だから買ったのではない。アンバーという一人の女性を救いたくて、俺は自分の立場も忘れ君を買ってしまった」

 じわ……と胸が温かくなり、涙ぐみそうになる。

「もう私、愚かな真似は致しません。ヴォルフ様やこの城の人を信じます。二度とあのような真似を致しませんから、……お許しください」

 目の前のヴォルフが、心の底からアンバーという一個人を想ってくれているのは、ちゃんと理解した。

「本当に……何と言う事をしてしまったのでしょう。肩を怪我されてしまったのですよね? 私のために申し訳ございません」

 ヴォルフの肩にそっと手を這わせるが、ガウンに隠れていて患部がどうなっているか分からない。シシィが打撲と言っていたから、きっと色が変わるぐらいはしているのだろうか。
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