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20 叔父のことが苦手だった。子供の頃からだ
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叔父のことが苦手だった。子供の頃からだ。
きっと向こうから見ても、自分は扱いにくい子どもだと思われていただろう。
陸軍出身で下院議員になった父とは違い、叔父は若い頃から金融業界に入った。
もともと軍人の多い家系だったが、十九世紀後半に金融業を始めた祖先がいたのだ。
あの叔父が、怒りで顔を赤くする所をホークは何度も見た。
デスクの上で組み合わせた手の長くて細い指が、一本だけ餌を啄ばむ小鳥のように忙しなく動く。
見る人に与える効果を考えてやっているのかもしれない。
ホークの父は留守がちだったが、家で叔父の姿を見ることはごく普通だった。
母は父と話すことができない分、叔父と話していたのだろう。
父と兄が死んで母が入院したままだったその夏、ベルグレイヴィアにある叔父の家に引き取られた。
叔母や従姉のシェリルとは日々の連絡事項以外に話すこともなかった。
彼らよりは、亡き父を慕って時々訪ねてくる陸軍時代の部下や首相府の若手スタッフの方がよほど話しやすかった。
実家はケント州セブンオークスにあった。
五百年ほど前から先祖代々改修しながら住んできた館だ。
館にはセンサーと警報装置がついていた。
館のあちこちに爆弾を仕掛けるためにはその二つを切らなければまず無理だ、と警察が言っていた。
十六年前テロの犠牲になったのは、父と兄、そして使用人夫妻の四人だ。
彼らにも大学生の息子が一人いたが、彼は敷地のはずれにある家にいたので助かった。
使用人一家がアイルランド出身だったので、警察は彼らも容疑者のリストに入れた。
IRAのメンバーではなくても、IRAを手引きしたかもしれない可能性があると考えたのだ。
テロを免れた息子が尋問された。
彼はIRAらしき人物が訪ねて来たことはないし、両親はIRAシンパでもないと言った。
厳しい尋問だった上にマスコミにも報道され、警察に解放されたあと彼はスチュアート家を離れた。
以来、消息を聞かない。
叔父に無断で警察関係者にテロ実行犯の捜査の進捗状況を訊いていた。
「そんなことは警察にまかせておけばいい」と叔父は言った。
君のやるべきことは学業だ。
ピアノで身を立てるなら、もっと真剣に練習しろ。
陸軍士官学校に進路を変えるなら、専攻科目を変えろ。
叔父が言っていたことは、至極まっとうな事だった。
次男の自分が本家の唯一の跡取りになってしまったのだ。
このままでは次の代で軍人が途切れるかもしれない。
スチュアートの家系では十五世紀から現在まで一度もなかったことだ。
しかしその時は、叔父が自分のことを憎んでいるとしか思えなかった。
いつの間にか、叔父とは顔を合わせるたびに衝突するようになっていた。
秋になって学校へ戻ると、寄宿舎の部屋には非常用ボタンがつき、部屋の外には警備員が立っていた。
叔父が手配したものだった。
周囲が見る目は以前とは明らかに違っていた。
ある日些細なことで上級生と争いになり、大怪我をさせてしまった。
学校から呼び出されて叔父がやってきた。
訴えると言ってきた相手の両親に対し、弁護士を介して叔父は素早く示談を成立させた。
自分が退学処分にならなかったのは、裕福な叔父が学校に多額の寄付を寄せていたからだ。
叔父は自室で謹慎させられていた自分を見下ろし、
「なぜ階段の上から相手を突き飛ばすようなことをしたのか」と訊いた。
よけいな厄介事を起こす甥のことが、目に入ったゴミのように鬱陶しそうな顔つきだった。
まさか、母とあなたの関係が気になってむしゃくしゃしたからだとは言えない。
警備員が叔父の代わりに自分を監視しているような気がしてむかついた、というのもなしだ。
だから、慎重に叔父の視線を避けててっとり早く「すみません」と謝った。
「キャサリンに余計な心配をかけるな」
叔父は母を「君のお母さん」ではなく「キャサリン」と呼ぶようになっていた。
その事件のあとすぐ、上級生三人に報復された。
今度は自分が怪我をした。
またもや叔父が呼ばれた。
手当てを受けて医務室で寝かされていると、
「今回は立派な犯罪だ。相手を訴える」と叔父は言った。
なぜ母は来ないのか、と訊いた。
「キャサリンは今大事な時だ。身体に障るから知らせていない」叔父は目を逸らした。
それが何を意味するのか、一瞬で理解した。
「ほっといてくれ! あんたの顔なんか見たくない!」
叫び声が医務室の外まで聞こえたために、先生達がすっ飛んできた。
傷が治った時、学校を抜け出した。
以来十五年、叔父にも母にも会っていない。
母は叔父の妻となった。
叔母と従姉はあの家を出ていった。
母と叔父の間に息子が一人生まれたことは、のちにトニーから聞いた。
グレンという――弟だと言われても実感はわかない。
きっと向こうから見ても、自分は扱いにくい子どもだと思われていただろう。
陸軍出身で下院議員になった父とは違い、叔父は若い頃から金融業界に入った。
もともと軍人の多い家系だったが、十九世紀後半に金融業を始めた祖先がいたのだ。
あの叔父が、怒りで顔を赤くする所をホークは何度も見た。
デスクの上で組み合わせた手の長くて細い指が、一本だけ餌を啄ばむ小鳥のように忙しなく動く。
見る人に与える効果を考えてやっているのかもしれない。
ホークの父は留守がちだったが、家で叔父の姿を見ることはごく普通だった。
母は父と話すことができない分、叔父と話していたのだろう。
父と兄が死んで母が入院したままだったその夏、ベルグレイヴィアにある叔父の家に引き取られた。
叔母や従姉のシェリルとは日々の連絡事項以外に話すこともなかった。
彼らよりは、亡き父を慕って時々訪ねてくる陸軍時代の部下や首相府の若手スタッフの方がよほど話しやすかった。
実家はケント州セブンオークスにあった。
五百年ほど前から先祖代々改修しながら住んできた館だ。
館にはセンサーと警報装置がついていた。
館のあちこちに爆弾を仕掛けるためにはその二つを切らなければまず無理だ、と警察が言っていた。
十六年前テロの犠牲になったのは、父と兄、そして使用人夫妻の四人だ。
彼らにも大学生の息子が一人いたが、彼は敷地のはずれにある家にいたので助かった。
使用人一家がアイルランド出身だったので、警察は彼らも容疑者のリストに入れた。
IRAのメンバーではなくても、IRAを手引きしたかもしれない可能性があると考えたのだ。
テロを免れた息子が尋問された。
彼はIRAらしき人物が訪ねて来たことはないし、両親はIRAシンパでもないと言った。
厳しい尋問だった上にマスコミにも報道され、警察に解放されたあと彼はスチュアート家を離れた。
以来、消息を聞かない。
叔父に無断で警察関係者にテロ実行犯の捜査の進捗状況を訊いていた。
「そんなことは警察にまかせておけばいい」と叔父は言った。
君のやるべきことは学業だ。
ピアノで身を立てるなら、もっと真剣に練習しろ。
陸軍士官学校に進路を変えるなら、専攻科目を変えろ。
叔父が言っていたことは、至極まっとうな事だった。
次男の自分が本家の唯一の跡取りになってしまったのだ。
このままでは次の代で軍人が途切れるかもしれない。
スチュアートの家系では十五世紀から現在まで一度もなかったことだ。
しかしその時は、叔父が自分のことを憎んでいるとしか思えなかった。
いつの間にか、叔父とは顔を合わせるたびに衝突するようになっていた。
秋になって学校へ戻ると、寄宿舎の部屋には非常用ボタンがつき、部屋の外には警備員が立っていた。
叔父が手配したものだった。
周囲が見る目は以前とは明らかに違っていた。
ある日些細なことで上級生と争いになり、大怪我をさせてしまった。
学校から呼び出されて叔父がやってきた。
訴えると言ってきた相手の両親に対し、弁護士を介して叔父は素早く示談を成立させた。
自分が退学処分にならなかったのは、裕福な叔父が学校に多額の寄付を寄せていたからだ。
叔父は自室で謹慎させられていた自分を見下ろし、
「なぜ階段の上から相手を突き飛ばすようなことをしたのか」と訊いた。
よけいな厄介事を起こす甥のことが、目に入ったゴミのように鬱陶しそうな顔つきだった。
まさか、母とあなたの関係が気になってむしゃくしゃしたからだとは言えない。
警備員が叔父の代わりに自分を監視しているような気がしてむかついた、というのもなしだ。
だから、慎重に叔父の視線を避けててっとり早く「すみません」と謝った。
「キャサリンに余計な心配をかけるな」
叔父は母を「君のお母さん」ではなく「キャサリン」と呼ぶようになっていた。
その事件のあとすぐ、上級生三人に報復された。
今度は自分が怪我をした。
またもや叔父が呼ばれた。
手当てを受けて医務室で寝かされていると、
「今回は立派な犯罪だ。相手を訴える」と叔父は言った。
なぜ母は来ないのか、と訊いた。
「キャサリンは今大事な時だ。身体に障るから知らせていない」叔父は目を逸らした。
それが何を意味するのか、一瞬で理解した。
「ほっといてくれ! あんたの顔なんか見たくない!」
叫び声が医務室の外まで聞こえたために、先生達がすっ飛んできた。
傷が治った時、学校を抜け出した。
以来十五年、叔父にも母にも会っていない。
母は叔父の妻となった。
叔母と従姉はあの家を出ていった。
母と叔父の間に息子が一人生まれたことは、のちにトニーから聞いた。
グレンという――弟だと言われても実感はわかない。
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