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13 ロシアの富豪を担当すると、ろくなことにならないらしい

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 あまりにも電話の少ない午前中だった。

 いったい世界の投資家はどこへ行ってしまったのだろう。

 暇なので、昼休み隣の席のイーサンとアダムと三人で、グレシャム・ストリートの人気レストランまでランチに行った。

 巨大な二階建てのスペースが殆ど埋まっている。

「皇帝の機嫌はどうだい」イーサンが言った。

 皇帝とは、ロマネスクの社長トマシュ・レコフのことだ。

「どうだろうな。一回会っただけだし」

「とにかく、相場がやばくなったらすぐ手を打つことだって、ロニーが言ってたぜ。他の客は後回しにしてすぐやってた」

「やばくなったらって、最近いつもやばいじゃないか」ホークは言った。

「でも、皇帝にはマイナスは出ていないだろう?」イーサンが、ジャガイモのフライを頬張ったまま言った。

「今のところは」ホークもジャガイモをつまんだ。

「今のところはって」イーサンがホークを見る。

「損なんかさせてみろ」片手を首の前で横に切った。「殺されるぞ」

「損させないように頑張ってても、あんな死に方しちゃなあ」チキンを齧りながらアダムが言った。

 ホークは魚のフライ・バーガーで汚れた手をナプキンで拭いた。

「交通事故だって聞いたけど?」

 アダムは口の中の物をぐっと飲み込んでから言った。

「サンクトペテルブルクでタクシーに乗っててさ、トレーラーが追突して、後部座席がペシャンコになったんだってよ」
 
 顔をしかめてぶるっと震える。

「死体はひでえ有様だったそうだ」

「嫌なこと言うなよ」イーサンが顔をしかめた。

「だって聞いたんだよ、死体の確認に行った総務の奴から」

「いい加減にしろ」イーサンは真剣な声だ。

 アダムがちらっと見たのがわかったが、ホークは自分の皿に目を落として黙々と食べていた。

「ロマネスクを担当すると、どうもろくなことにならない感じだぜ」

「縁起でもないこと言うなよ」イーサンが言った。

「おまえ、そういうの気にする?」アダムがホークを見る。

「いや、全然」

「案外ずぶといんだな」とアダムが言った。

 イーサンが向かいの席の方をちらっと見た。

「さっきから、あちらのお姉さんたちがこっちを見てる」

 三人の若いスーツ姿の女性が、長いストローでこの店オリジナルのフレッシュ・ジュースを飲みながら、ちらちらこっちを見ている。

「知り合い?」

 ホークは顔を上げて彼女たちを見た。

「いや」

「手でも振るか」イーサンがにこやかに手を上げかけた。

「おい、あっちが見てんのはアランだよ」アダムが言った。

「おまえ、真ん中の子の電話番号聞いて来いよ」イーサンが顔を寄せて言った。

 真ん中の子はちょっとキャサリン妃に似ている。

「ほんとだ、かわいい」アダムが身を乗り出した。

「自分で行けよ」ホークは目を伏せて笑った。

「おまえもてるだろう」アダムがすり寄って来た。

「ニューヨークから誰か追いかけてくるんじゃないのか」

 いやいや、と笑う。

「その年までずっと独身か?」

 そう言うアダムはホークより年上の三十二歳だ。

「そうだよ」

「いろいろあったんだろ。聞かせろよ」イーサンの指には結婚指輪がはまっている。

「とても話しきれない、昼休みじゃ」

「今度はおまえが誰か飽きた時に、おれに回せよ」アダムが横目で見た。

「覚えとく」

 二つ目のバーガーは野菜だけだが全く味がなかった。レタスとトマトとマッシュルームにチリソースをかけた。

「ところでさ、エディってどんな奴?」ホークが訊いた。

 二人はすぐに答えず、しばらくそれぞれの料理を咀嚼した。ホークは二人を交互に見る。

「なに、これって訊いちゃいけないことか?」

 いや別に、とイーサンがステーキの切れ端を口に入れたまま言った。

「随分長く会社にいるみたいだけど、ちょっと謎めいているんだよな」

「へえ。どんなところが」

「エディのことは、誰もあまり知らないんだ」

 ロニーのファイルにも、エディ・ミケルソンについての記述は少なかった。

 長く会社にいる人物があまり知られていないというのは、奇妙に思えた。

「誰か知っているだろう。誰と仲間なんだ」

 さあね、と二人は首を振る。

「おれの知る限り、あいつと親しい奴はいない」アダムが言った。

 アダム・グリーンバーグもLB証券は五年目だから、比較的勤続年数は長いほうだ。確かこの会社の平均勤続年数は四年を切っている。

「嫌われてんのか」

 ホークが言うと二人は苦笑いを浮かべた。

「そりゃまあ……本部長とツーカーで、みんなの成績握ってんだもんな」

「奴と積極的に仲良くしようとは、思わないね」

「仲良くしてとりいった方が、いいんじゃないのか」

 イーサンが肩をすくめた。

「どうぞ、御自由に」

 ホークは苦笑した。

「本部長の信頼はバッチリみたいだな」

「ジェイミーはエディがいないと仕事になんない。たまにエディが休むと大変だよ」アダムが言った。

「そうそう、この間も秘書のシャロンが悲鳴をあげてた。なんでエディがいないんだ! とかジェイミーに怒鳴られて」

 でも、休みはジェイミーが許可しているんだろう、休暇システムで……。

 いやいや、ジェイミーは秘書にやらせているんだよ。

 自分では、休暇申請の許可なんか、やったことないって……。

「生まれはどこだろう」ホークは言った。

 エディの英語のアクセントからしてドイツ系のような感じがした。

「国籍知ってるか?」

「デンマークだったかな」

「いや、スウェーデンだろ」

「ここに来る前は?」

「この会社の前は、どこか東欧の会社だったんだ」

「でも、何やっていたのかわかんない」アダムが言った。

 それはみんなが知らないだけだろう。会社はちゃんと調べているはずだ。

 ホークの時もそうだったが、第三者機関にやらせるバックグラウンド・チェックは厳密だ。

 いい加減な履歴ではこの会社には入れない。

 エディは採用基準を満たしていたから入社できたのだ。

「証券会社じゃないのか」

 さあ、と二人が首を振る。

「でも、すっげえ頭が切れる」

「誰かの知り合いで入ったとか?」

 わかんないな、と二人とも首を振る。

 人事部のファイルをハッキングできないだろうか。エディ・ミケルソンのデータが少なすぎる。

 三人の彼女たちが食べ終わって席を立った。テーブルを回って行く時またこっちを見た。イーサンがなぜか笑顔を向けた。

「私生活も全くわかんねえ」アダムが言った。

「独身だけど」

「そういや、浮いた話もないな」

「ひょっとして、ゲイ?」

「それも聞かねえな」

 アダムがふとホークに目を向けた。

「おまえ、なんでそんなにエディに興味あるんだ?」

 ホークは一瞬、何と答えようかと迷った。次の瞬間、極上の笑顔をつくってアダムの方を見た。

「好みなんだ」

「えっ?」カランと音を立てて、イーサンの手からナイフが落ちた。

「おまえ……もしかして、そっちなの?」

「冗談だよ」

 二人とも固まっていた。
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