(続編連載開始しました)わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ

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12 父の不在中、母と叔父は……

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 テムズ川沿いの遊歩道まで走って来たホークは、手すりに腕を預け、川の方を向いて立った。

 夕日が漣を照らしている。会社のロゴの入ったランニングクラブのウェアに汗が染みている。だいぶ風が涼しいので、濡れた服には冷たく感じた。

 チープサイド通りを通って、地下鉄バンク駅からモニュメント駅へ。更に坂を下ってテムズ川に向かい、ロンドン塔の周りを廻って引き返す、五キロ弱のコースだった。

 背後にロンドン塔の壁がある。クラブの皆と一緒にスタートしたのに、いつの間にか一人になっていた。

 チープサイドを渡る時、資産運用会社『セブンオークス』の本社が見えた。

 叔父のマーク・スチュアートが経営する会社だ。

 周囲の高層ビルとは一線を画し、昔から同じ八階建てだ。

 所々彫刻のある白大理石の壁が、いつも磨かれているのかと思わせるほど艶やかで、建物自体が美術品のようだ。

 入り口は大理石のファサードの下にある二重ドアで、屈強そうな警備員が立っている。

 階段の右側に、四角い大理石がどっしりと座っており、SEVENOAKSという文字と、会社の紋章が彫り出されている。

 ケント州の白い跳ね馬と十字に鷹を組み合わせた一族の紋章だ。

「ホーク」という呼び名はこの紋章から来ている。



 マーク・スチュアートはホークの死んだ父親の弟だ。

 褐色の縮れ髪で頬と顎は鬚に覆われている。細い銀縁眼鏡の奥の小さい瞳は茶色がかった緑だった。

 若い頃から先祖代々続く一族の銀行と資産運用会社に勤め、長年金融ビジネスに携わっている。

 ふだんはとても穏やかでユーモアのある男だが、感情が昂ると小さい目が更に細くなり、青白い顔が一面赤くなる。

 父とはあまり似ていない。

 陸軍の大佐から保守党の下院議員になった父は大柄で、いつも日に焼けていた。顔にも腕にも雀斑があって、服から陽光に温められた匂いがするのだ。

 しかし父は軍務の時も政治家の時も留守がちで、あまり家にはいなかった。

 逆に叔父はしょっちゅうホークの実家に――叔父の実家でもあるが――帰ってきていた。

 ホークと兄のアンドリューは全寮制の学校にいて、父は殆ど留守だったせいもあって、母はいつも寂しい思いをしていたかもしれない。

 結婚する前から父と叔父の兄弟と親交を持っていた母にとって、叔父は若い頃から知っている話し相手だったのだ。

 学校が休みの時に家に戻ると、大抵叔父が来ていた。

 父は滅多に一緒に夕食を取ることもなかったが、その代りに叔父がいた。

 叔父も結婚していて家庭を持っていたのにだ。

 父はSAS(英国陸軍特殊空挺部隊)の指揮を執って北アイルランドに赴任していたとき、ずっと連絡が取れず生死不明だったことがある。

 そんな時に母の側にいるのは叔父だった。寂しさを紛らわし、悩みを聞いてくれる。

 義理の姉と弟――まるで仲の良い親友同士――二人がいつ恋人同士になったのかホークは知らない。

 記憶にある母の顔は、金髪と青い瞳の色がホークと同じで、とても美しい。



 ふとさっきより風を冷たく感じ、身体が冷えてきたのに気づいた。それにしても皆はどこにいるのだ。

 冷え切る前にオフィスに戻って熱いシャワーを浴びたい。

 ようやく二人のメンバーが角を曲がって姿を見せた。ホークは手を振った。資金決済課のヒューとITのミシェルだ。

「おい、アラン!」

「あなた、ペースが速すぎるのよ」

 二人とも少し息が上がっている。ホークから見ると、二人はやや体重オーバーだ。

「そうだった?」

 ワシントンのトレーニング施設では、ランニングする時、二十キロくらいの負荷を付けて走らされる。何も持たずに走るだけなら羽が生えたように楽だ。

 出発した時は十人くらいいたのだが。

「よっぽどいつも、走り込んでいたのね」

 ホークは笑みを浮かべた。

「じゃあ、先に行って上がるよ」
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