(続編連載開始しました)わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ

文字の大きさ
上 下
6 / 140

6 リハビリのカウンセラーはホークの治療に匙を投げた

しおりを挟む
 トニーはワシントン郊外の単調な直線道路をひたすら車で直進していた。

 やがてゲートの向こうに司法省及び財務省管轄捜査機関の研修所が見えてきた。

 周囲に監視カメラとセンサー付き有刺鉄線が張り巡らされているので、未決囚の拘禁施設かと間違えられる建物だ。

 しかしこれは脱走を防ぐためではなく、外からの侵入を防ぐためだ。

 アスファルトにゆらゆらと陽炎の立つ、五月のよく晴れた日だった。

 トニー・リナルディは研修所入り口のゲートで身分証を見せた。

 身分証には所属する歳入庁捜査機関の名と組織犯罪対策課特別捜査官と書かれている。

 殆ど黒に見えるダークブラウンの髪に浅黒い肌、瞳の色は青。

 名前の示す通りイタリア系の祖先の血を受け継いだ外見だ。

 難なくチェックをパスしてゲートを通過し、広い敷地内を車で走った。

 体育館、室内温水プール、テニスコート、野球場、フットボール場、ランニングコース、サイクリングコース、射撃場、車両訓練場、宿舎、図書館、教室棟、食堂、病院など、長期間ここで訓練を受ける者に必要な設備が全て揃っている。

 ここを卒業した現役の捜査官も、一つの捜査が終わると、次の仕事に入る前に、リハビリや技術・能力維持、そして訓練のためにここで過ごすことがある。

 メイン・ビルディングの前の駐車場に車を止めて、トニーは建物の中に入った。

 二週間前からホークがここでリハビリ中だった。

 受付でロレイン・メンデスという名の研修担当者を呼び出してもらう。今日来ることは先ほど連絡済みだ。

 無愛想な灰色のコンクリートの壁を眺めながら立っていると、軽い頭痛を感じた。

 両方のこめかみに手をやって、マッサージする。睡眠不足だ。徹夜の強制執行のあとなのだ。

 もともと夜撃ち朝駆けの多い現場なので慣れてはいる。

 真夜中の数時間に及ぶ説得と撃ち合いの後、容疑者を逮捕してあとを部下達に任せた。

 メキシコ国境からヘリで戻ったのが朝の五時。

 仮眠する間もなくシャワーと着替えをするだけでここへ来たので、頭痛がするのも当たり前か。

 それというのも、クーパー本部長が「ホークはまだか」とうるさいからだ。

 リハビリの必要性を訴えて、二週間時間をもらった。

 それが、ああ見えてきっちり物事を管理するのが好きらしく、ちょうど二週間経った昨日、本部長がトニーのオフィスにやってきた。

「ロンドンが、もう待てないと言っている」

 株式営業担当として潜入していた捜査官が死んだあと、その証券会社では空席を埋めるために同業他社の営業員を次々面接していた。

 先日ある候補者が最終面接を終えたらしく、近日中に契約書のやり取りがあるということだった。

 二〇〇七年から始まった市場の低迷が依然として世界中の金融業界を覆っている。

 空席が一度埋まってしまったら、増員する証券会社など絶対にない。

 だから、ホークが行くまでその席が埋まってしまっては困るのだ。

 本部長が言うには、その最終面接まで残った候補者には、裏から手を回して他社のいい話を持って行き、自ら辞退させるよう工作するとのことだった。

 別に、こちらは待ってもらいたいわけじゃない。だいたい、まだその件をホークに話してもいないのだ。

 むしろどう切り出すべきか、考えあぐねていた。場合によっては大芝居を打たなければならないかもしれない。

 ロレイン・メンデスから十日ほど前にメールが来ていた。

 ゆっくり読む暇もなかったが、一読して「ホークがトレーナーの指示に従わないので困る」という内容だった。

 ホークが人の指示に従わないのはよくあることで――もともとあいつは扱いにくい――トニーは特に驚かなかったから、ロレインに返事もしなかった。

 すると、今度は五日前、またロレインからメールがあり、トニーが読んでいないと見て電話があり、それに出た秘書のフィオナから伝言があった。

「もうこちらでは対処できない。リハビリ終了証明を出せない」とのことだった。

 二週間のリハビリ期間が終わったのに、「職場復帰可能」のお墨付きがもらえないということだ。

 いったい何があったのだ?

 しかし、ここまで来たからには、なんとかして、あいつを今日連れて帰らなければならない。

 小柄なロレインが、ファイルを小脇に抱え、タイトスカートいっぱいに歩幅を広げて速足で歩いてきた。

 褐色の肌に階級章付きの真っ白なシャツを着て、胸がはちきれそうだ。

 黒い大きな瞳と血色のいい唇が笑みをたたえていた。

 二人は軽くハグして挨拶をかわした。

 オレンジのようなコロンの香りが漂った。

「何度もメールしたのよ」ロレインが言った。

「悪かった。つい……」

「忙しくて、でしょ?」唇がニーッと笑った。

「わかってるわよ。だからフィオナに伝言しておいたけど」

「聞いたよ。だが、いったい……」

「要するにね、全然カウンセリングを受けに来ないの」

「なんだそれは」精神的リハビリのために特別に組んだプログラムだったはずだ。

「もうお手上げよ。誰が言っても言うこと聞かないの。もうあなたしかいないわ」

 二人は話しながら、日差しの降り注ぐ渡り廊下を通って、ダイニング棟へ向かった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

処理中です...