わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ

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3 十四歳で家出した彼の全てはファイルに書かれていない

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 マイアミへ向かうヘリの騒音の中、トニーはホークのことを考えていた。

 普段の彼はイングランド・アクセント丸出しで話す。

 本部長の持ってきた仕事はかなり特殊ではあるが、別にホークが失敗すると思っているわけではない。

 行き先が問題なのだ。

 歳入庁捜査局の人事課のファイルには、ホークの全てが書かれているわけではない。

 あいつはかれこれもう十五年も自分の家族がいるロンドンに足を踏み入れていないのだ。

 素直にロンドンに行くとは思えない――よほどうまく誘導しなければ。

 もともとはイギリスの上流階級の御曹司だ。

 南イングランドに何世紀も続く家系で、代々軍人と銀行家を輩出している。

 彼の父親は、SASの大佐から保守党内閣で北アイルランド担当顧問になった。

 その経歴のせいで父親は、ホークが十四歳の時にIRAのテロで死んだ。

 自宅に仕掛けられた大型の爆弾の犠牲になったのだ。

 十七歳だったホークの兄もそのとき巻き添えになった。

 自宅にいなくて助かったホークと母親は、そのあと叔父に世話になった。

 しかし、叔父の一家とホークは反りが合わなかった。

 叔父というのが銀行家で、半端でない裕福な家庭なのだが、一年もたたないうちに彼は家出してしまった。

 その後彼の叔父は先妻と離婚して、自分の兄の妻だったホークの母親と再婚した。

 そのせいもあって、ホークは家出してから一度も実家に寄りついていない。

 家出した彼は、父の知人のつてを頼って北アイルランドへ赴いた。

 そこに、父と兄を殺したテロリストが潜伏していると聞いたからだ。

 トニーがホークに出会った時は十六歳で、彼は名前を変えて別人の人生を生きていた。
 
 普段は地元の高校に通いながら、密かに軍事訓練を受け、英国陸軍情報部の活動に関わっていた。

 当時トニーは北米から北アイルランドへの武器密輸ルートを壊滅させる作戦に従事していた。

 ある日刺客に追われていたホークに遭遇した――目の前で負傷して倒れていたのだ。

 カトリック武装組織に追われるイングランドの少年を、生命の危険があるとわかっていて現地に放置するわけにいかなかった。

 イギリス政府との複雑な手続きの末に、アメリカ政府の援助で偽装の身元をつくり、ホークはアメリカに渡った。

 アメリカでは、イギリス人留学生アラン・キャンベルと名乗った。

 ホークにしてみればアメリカに大きな借りができてしまった。

 北アイルランドのテロリストから身の安全を確保し、学業を続けることができたのは、アメリカ政府のおかげなのだ――そう、あいつは一応そう理解している。
 
 奨学金をもらってアメリカで大学を卒業し、歳入庁の採用試験に合格した時、トニーは彼を捜査局にリクルートした。

 北アイルランドの街で出会ってから十四年。

 あいつが捜査官として働いて七年。

 もう十分借りは返した、と言ってやれなくもない。

 三日前、決められた連絡手順を介してホークからのメッセージを受け取った。

 数日前にある男の死体の一部が発見されており、残りの部分が棄てられている場所と殺害現場の証拠となる血痕のついた服の切れ端を送ったという内容だった。

 追伸として、『敵対組織から誘われた。一度は断ったが、二度目に断ればただじゃ済まない』とあった。

 殺された男はホークが潜入している組織の会計士だった。

 ホーク自身が細工をして、脱税と資金洗浄の証拠を当局に売ろうとしていたように見せかけたのだった。

 その証拠は本物で、ホークが当局に送りつけたのだ。

 男は全くの濡れ衣を着せられ拷問された。ホークもそれに加担し、最後には殺害した。

 それだけではない。

 報告によれば、六ヶ月の間に、敵対する組織の人間を何人か手にかけたらしい。

 その鮮やかな手口を見て、敵対組織も抗争で戦うより味方につけようと思ったのだろう。

 まずは彼を無事に回収することだ。

「ボス」と呼ばれてトニーは我に返った。

「地元警察です」

 現地で合流する地元の警察が、地上でトニーたちの到着を待っていた。
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