3 / 139
3 十四歳で家出した彼の全てはファイルに書かれていない
しおりを挟む
マイアミへ向かうヘリの騒音の中、トニーはホークのことを考えていた。
普段の彼はイングランド・アクセント丸出しで話す。
本部長の持ってきた仕事はかなり特殊ではあるが、別にホークが失敗すると思っているわけではない。
行き先が問題なのだ。
歳入庁捜査局の人事課のファイルには、ホークの全てが書かれているわけではない。
あいつはかれこれもう十五年も自分の家族がいるロンドンに足を踏み入れていないのだ。
素直にロンドンに行くとは思えない――よほどうまく誘導しなければ。
もともとはイギリスの上流階級の御曹司だ。
南イングランドに何世紀も続く家系で、代々軍人と銀行家を輩出している。
彼の父親は、SASの大佐から保守党内閣で北アイルランド担当顧問になった。
その経歴のせいで父親は、ホークが十四歳の時にIRAのテロで死んだ。
自宅に仕掛けられた大型の爆弾の犠牲になったのだ。
十七歳だったホークの兄もそのとき巻き添えになった。
自宅にいなくて助かったホークと母親は、そのあと叔父に世話になった。
しかし、叔父の一家とホークは反りが合わなかった。
叔父というのが銀行家で、半端でない裕福な家庭なのだが、一年もたたないうちに彼は家出してしまった。
その後彼の叔父は先妻と離婚して、自分の兄の妻だったホークの母親と再婚した。
そのせいもあって、ホークは家出してから一度も実家に寄りついていない。
家出した彼は、父の知人のつてを頼って北アイルランドへ赴いた。
そこに、父と兄を殺したテロリストが潜伏していると聞いたからだ。
トニーがホークに出会った時は十六歳で、彼は名前を変えて別人の人生を生きていた。
普段は地元の高校に通いながら、密かに軍事訓練を受け、英国陸軍情報部の活動に関わっていた。
当時トニーは北米から北アイルランドへの武器密輸ルートを壊滅させる作戦に従事していた。
ある日刺客に追われていたホークに遭遇した――目の前で負傷して倒れていたのだ。
カトリック武装組織に追われるイングランドの少年を、生命の危険があるとわかっていて現地に放置するわけにいかなかった。
イギリス政府との複雑な手続きの末に、アメリカ政府の援助で偽装の身元をつくり、ホークはアメリカに渡った。
アメリカでは、イギリス人留学生アラン・キャンベルと名乗った。
ホークにしてみればアメリカに大きな借りができてしまった。
北アイルランドのテロリストから身の安全を確保し、学業を続けることができたのは、アメリカ政府のおかげなのだ――そう、あいつは一応そう理解している。
奨学金をもらってアメリカで大学を卒業し、歳入庁の採用試験に合格した時、トニーは彼を捜査局にリクルートした。
北アイルランドの街で出会ってから十四年。
あいつが捜査官として働いて七年。
もう十分借りは返した、と言ってやれなくもない。
三日前、決められた連絡手順を介してホークからのメッセージを受け取った。
数日前にある男の死体の一部が発見されており、残りの部分が棄てられている場所と殺害現場の証拠となる血痕のついた服の切れ端を送ったという内容だった。
追伸として、『敵対組織から誘われた。一度は断ったが、二度目に断ればただじゃ済まない』とあった。
殺された男はホークが潜入している組織の会計士だった。
ホーク自身が細工をして、脱税と資金洗浄の証拠を当局に売ろうとしていたように見せかけたのだった。
その証拠は本物で、ホークが当局に送りつけたのだ。
男は全くの濡れ衣を着せられ拷問された。ホークもそれに加担し、最後には殺害した。
それだけではない。
報告によれば、六ヶ月の間に、敵対する組織の人間を何人か手にかけたらしい。
その鮮やかな手口を見て、敵対組織も抗争で戦うより味方につけようと思ったのだろう。
まずは彼を無事に回収することだ。
「ボス」と呼ばれてトニーは我に返った。
「地元警察です」
現地で合流する地元の警察が、地上でトニーたちの到着を待っていた。
普段の彼はイングランド・アクセント丸出しで話す。
本部長の持ってきた仕事はかなり特殊ではあるが、別にホークが失敗すると思っているわけではない。
行き先が問題なのだ。
歳入庁捜査局の人事課のファイルには、ホークの全てが書かれているわけではない。
あいつはかれこれもう十五年も自分の家族がいるロンドンに足を踏み入れていないのだ。
素直にロンドンに行くとは思えない――よほどうまく誘導しなければ。
もともとはイギリスの上流階級の御曹司だ。
南イングランドに何世紀も続く家系で、代々軍人と銀行家を輩出している。
彼の父親は、SASの大佐から保守党内閣で北アイルランド担当顧問になった。
その経歴のせいで父親は、ホークが十四歳の時にIRAのテロで死んだ。
自宅に仕掛けられた大型の爆弾の犠牲になったのだ。
十七歳だったホークの兄もそのとき巻き添えになった。
自宅にいなくて助かったホークと母親は、そのあと叔父に世話になった。
しかし、叔父の一家とホークは反りが合わなかった。
叔父というのが銀行家で、半端でない裕福な家庭なのだが、一年もたたないうちに彼は家出してしまった。
その後彼の叔父は先妻と離婚して、自分の兄の妻だったホークの母親と再婚した。
そのせいもあって、ホークは家出してから一度も実家に寄りついていない。
家出した彼は、父の知人のつてを頼って北アイルランドへ赴いた。
そこに、父と兄を殺したテロリストが潜伏していると聞いたからだ。
トニーがホークに出会った時は十六歳で、彼は名前を変えて別人の人生を生きていた。
普段は地元の高校に通いながら、密かに軍事訓練を受け、英国陸軍情報部の活動に関わっていた。
当時トニーは北米から北アイルランドへの武器密輸ルートを壊滅させる作戦に従事していた。
ある日刺客に追われていたホークに遭遇した――目の前で負傷して倒れていたのだ。
カトリック武装組織に追われるイングランドの少年を、生命の危険があるとわかっていて現地に放置するわけにいかなかった。
イギリス政府との複雑な手続きの末に、アメリカ政府の援助で偽装の身元をつくり、ホークはアメリカに渡った。
アメリカでは、イギリス人留学生アラン・キャンベルと名乗った。
ホークにしてみればアメリカに大きな借りができてしまった。
北アイルランドのテロリストから身の安全を確保し、学業を続けることができたのは、アメリカ政府のおかげなのだ――そう、あいつは一応そう理解している。
奨学金をもらってアメリカで大学を卒業し、歳入庁の採用試験に合格した時、トニーは彼を捜査局にリクルートした。
北アイルランドの街で出会ってから十四年。
あいつが捜査官として働いて七年。
もう十分借りは返した、と言ってやれなくもない。
三日前、決められた連絡手順を介してホークからのメッセージを受け取った。
数日前にある男の死体の一部が発見されており、残りの部分が棄てられている場所と殺害現場の証拠となる血痕のついた服の切れ端を送ったという内容だった。
追伸として、『敵対組織から誘われた。一度は断ったが、二度目に断ればただじゃ済まない』とあった。
殺された男はホークが潜入している組織の会計士だった。
ホーク自身が細工をして、脱税と資金洗浄の証拠を当局に売ろうとしていたように見せかけたのだった。
その証拠は本物で、ホークが当局に送りつけたのだ。
男は全くの濡れ衣を着せられ拷問された。ホークもそれに加担し、最後には殺害した。
それだけではない。
報告によれば、六ヶ月の間に、敵対する組織の人間を何人か手にかけたらしい。
その鮮やかな手口を見て、敵対組織も抗争で戦うより味方につけようと思ったのだろう。
まずは彼を無事に回収することだ。
「ボス」と呼ばれてトニーは我に返った。
「地元警察です」
現地で合流する地元の警察が、地上でトニーたちの到着を待っていた。
10
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
それは奇妙な町でした
ねこしゃけ日和
ミステリー
売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。
バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。
猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
SP警護と強気な華【完】
氷萌
ミステリー
『遺産10億の相続は
20歳の成人を迎えた孫娘”冬月カトレア”へ譲り渡す』
祖父の遺した遺書が波乱を呼び
美しい媛は欲に塗れた大人達から
大金を賭けて命を狙われる―――
彼女を護るは
たった1人のボディガード
金持ち強気な美人媛
冬月カトレア(20)-Katorea Fuyuduki-
×××
性悪専属護衛SP
柊ナツメ(27)-Nathume Hiragi-
過去と現在
複雑に絡み合う人間関係
金か仕事か
それとも愛か―――
***注意事項***
警察SPが民間人の護衛をする事は
基本的にはあり得ません。
ですがストーリー上、必要とする為
別物として捉えて頂ければ幸いです。
様々な意見はあるとは思いますが
今後の展開で明らかになりますので
お付き合いの程、宜しくお願い致します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる