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第16章
128 最後の言葉 ①
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「これからどうする」
「え?」
「LR×Dは間もなく機能しなくなる。代表が死に、中核を担うベルフェゴールが正気を保っていられるとは思えないからな」
「…………」
「もう君を縛るものはない。何処へ行って何をするも自由だ。本部から正式な知らせがあるまで、部屋で待機するという手もあるが」
「…………。ひとまず、警察に通報しようと思います。彼をLR×D代表としてではなく、私の父として弔ってやりたいので……」
「そうか」
「……あなたは、どうするんですか」
「目的は果たした。これ以上、あそこに用はないから、今日にでも脱会するよ」
「そうですか……」
「自由になるのが怖いか」
「……少し。これからどうしたらいいのか、まったくわからないので」
「君は未成年者だ。警察に駆け込めば、誰かが世話を焼いてくれる。日常が戻るにつれて、視界も開けるだろう」
「だといいんですが……」
「同伴できなくて残念だよ」
「いいですよ……そんな、心にもないこと言わなくて……」
一呼吸あって、凌遅は言った。
「覚えているか? いつだったか、君が言っていたあの絵本、輪廻転生する猫の話――」
「100万回生きたねこ……」
「――ああ。あの後、何の気なしにページを捲ってみた。初めて目を通した時は特に何とも思わなかったが、子供の君を熱中させた要因はどこにあるのか興味が湧いて、読み返してみることにした。しかし、あのオチはちっとも理解できなかった。それがどうにも腑に落ちなくて、時々反芻するようになっていた」
「…………」
「近頃、あの猫の心境の変化に何となく思いが及ぶようになった。忌憚のない君との会話が愉しかったせいかも知れない」
「……長いこと、あなたを誤解していました。あなたの人らしい部分に触れられて嬉しくもあります。でも……相容れることはできません。多分、永遠に……」
「端から理解が得られるとは思っていないよ。カワセミとモツゴは同衾できない。元々、住む世界が違うからな。最も距離が縮まるのは、前者が後者を食う時だ」
「その口振り……自分は完全にカワセミ側のつもりですね。だけど、常に“あなた側の世界”に分があるとは思わないでください。常識から外れた思想はいつだって迫害される運命ですから」
「君のそういうレスポンス、洒落臭くて好きだったよ、バーデン・バーデンの処女」
「私は、伊関 椋です」
「知っている。俺が登録したんだ」
「そうでしたね。でも最後くらい本名を名乗ろうって思ったんで」
「何故だ。もはやどうでもいいことだろう」
「けじめですから。バーデン・バーデンの処女から伊関 椋に戻れた記念に」
「やはり変わっているよ、君は」
「ついでにあなたの本名を訊いてもいいですか」
「何のために」
「私の人生に多大な衝撃を与えた人の名前を、ちゃんと聞いておきたいから」
凌遅は薄く笑み、一拍置いてからぽつりと名乗った。
「字面は想像にお任せするよ」
それが本名だという確証はない。しかし、基本的に嘘を吐かない彼の最後の言葉だ。
私はその聞き慣れない名字と、ありふれた名前を深く記憶に刻んだ。
「え?」
「LR×Dは間もなく機能しなくなる。代表が死に、中核を担うベルフェゴールが正気を保っていられるとは思えないからな」
「…………」
「もう君を縛るものはない。何処へ行って何をするも自由だ。本部から正式な知らせがあるまで、部屋で待機するという手もあるが」
「…………。ひとまず、警察に通報しようと思います。彼をLR×D代表としてではなく、私の父として弔ってやりたいので……」
「そうか」
「……あなたは、どうするんですか」
「目的は果たした。これ以上、あそこに用はないから、今日にでも脱会するよ」
「そうですか……」
「自由になるのが怖いか」
「……少し。これからどうしたらいいのか、まったくわからないので」
「君は未成年者だ。警察に駆け込めば、誰かが世話を焼いてくれる。日常が戻るにつれて、視界も開けるだろう」
「だといいんですが……」
「同伴できなくて残念だよ」
「いいですよ……そんな、心にもないこと言わなくて……」
一呼吸あって、凌遅は言った。
「覚えているか? いつだったか、君が言っていたあの絵本、輪廻転生する猫の話――」
「100万回生きたねこ……」
「――ああ。あの後、何の気なしにページを捲ってみた。初めて目を通した時は特に何とも思わなかったが、子供の君を熱中させた要因はどこにあるのか興味が湧いて、読み返してみることにした。しかし、あのオチはちっとも理解できなかった。それがどうにも腑に落ちなくて、時々反芻するようになっていた」
「…………」
「近頃、あの猫の心境の変化に何となく思いが及ぶようになった。忌憚のない君との会話が愉しかったせいかも知れない」
「……長いこと、あなたを誤解していました。あなたの人らしい部分に触れられて嬉しくもあります。でも……相容れることはできません。多分、永遠に……」
「端から理解が得られるとは思っていないよ。カワセミとモツゴは同衾できない。元々、住む世界が違うからな。最も距離が縮まるのは、前者が後者を食う時だ」
「その口振り……自分は完全にカワセミ側のつもりですね。だけど、常に“あなた側の世界”に分があるとは思わないでください。常識から外れた思想はいつだって迫害される運命ですから」
「君のそういうレスポンス、洒落臭くて好きだったよ、バーデン・バーデンの処女」
「私は、伊関 椋です」
「知っている。俺が登録したんだ」
「そうでしたね。でも最後くらい本名を名乗ろうって思ったんで」
「何故だ。もはやどうでもいいことだろう」
「けじめですから。バーデン・バーデンの処女から伊関 椋に戻れた記念に」
「やはり変わっているよ、君は」
「ついでにあなたの本名を訊いてもいいですか」
「何のために」
「私の人生に多大な衝撃を与えた人の名前を、ちゃんと聞いておきたいから」
凌遅は薄く笑み、一拍置いてからぽつりと名乗った。
「字面は想像にお任せするよ」
それが本名だという確証はない。しかし、基本的に嘘を吐かない彼の最後の言葉だ。
私はその聞き慣れない名字と、ありふれた名前を深く記憶に刻んだ。
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