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第15章
116 転
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自分の意思で動いたつもりが、まんまと誘導されていた。可能な限り抗い続けようと思ったのに、結局は彼の手の平の上で踊らされるだけだと悟った。
何をどう頑張ってもすべて徒労に終わるどころか、下手をすれば自分が踊らされていることにすら気付けない。
「はあ……」
小さく吐いた息が掠れる。
恐れ入ったよ。
これ以上、どうすることもできない……。“少なくとも、今は”――。
私は何度も瞬きを繰り返しながら状況を整理し、一旦諦めることにした。
バエルに御されるのは悔しいが、現時点で逆らっても意味はない。それよりも穏便な形でこの場を離脱し、ある程度身動きが取れる環境に移ってから、改めて打つ手を考えた方がいい。
LR×Dに引き込まれて以来、ずっとこんな対処を続けてきた気がする。でも、焦らなければ必ず好機は来た。今度もこれで切り抜け、立て直す。きっとそれが最適解だ。
腹を決めた私は、自分からアクションを起こすのをやめ、成り行きに身を委ねることにした。バエルも凌遅も冷静なタイプだから、私がムキになって場を搔き乱さなければスムーズに事が運び、それだけ拘束時間も短くなるはずだ。
ここに至るまでに激しい感情の発露があった。こんなに内面を曝け出したのは初めてで少々疲れたから、今のうちに心身を休めよう。
「今日は好い日になったなあ」
自分のグラスを空けたバエルが窓の方へ視線を送る。
「今夜、花火大会があるらしいね。19時からだったかな。ここなら方角的によく見えるだろうし、夜まで居ようか」
釣られてそちらへ目を遣った途端、真っ白い日差しが網膜を刺激し、頭がくらくらした。
「うん、それがいい。誰かに食事を届けてもらって、ここでお前の誕生日パーティーをするんだ。ケーキもあった方がいいな。とびきり贅沢なのを用意させよう。凌遅くんには特別な卵と牛乳、それからりんごも」
彼は興奮を隠せない子供のような口調で言う。
「花火なんて久しぶりだなあ。椋が小さかった頃は毎年家族で見に行っていたけど、ずいぶん足が遠のいていたから」
「いいんですか。そんな簡単にスケジュールを変更して」
凌遅の問いに、バエルは笑顔でうなずく。
「構いません。本当は先約があったけれど、こちらの方が優先すべき事柄だし、何より楽しそうだ」
「なるほど」
凌遅はペットボトルを傾けながら、「既に、愉しげですね」と笑った。
「ええ、実に楽しい。最高の気分です」
バエルもにこやかに続ける。
「LR×Dの代表におさまって以来、僕はずっとこの日を待ち望んできたから。君と椋と三人で、“建設的な未来”を語る時が来るのをね」
「…………」
私は目を閉じ、反応しない。
ここで何を言っても、同じ応酬の繰り返しになるだけだ。ひたすら心を無にして、受け流すことに終始する。
「お嬢さんにその気はないようですがね」
「ふふ、すぐに目を覚ましますよ」
バエルと凌遅が私を見ているのが気配でわかった。
「椋はきっと立ち上がります。そのために鍛えたんだ。もしこのまま蹲っているようなら、強制的に矯め直す。僕の後継者として相応しい人間になるように……」
私の身体がぶるりと震える。
いいから、落ち着け……。もう幾度となく自分に言い聞かせてきた言葉を反芻する。
私の未来は限りなく暗い。だが、今すぐ死ぬわけじゃないんだ。踏ん張れ。
「ずいぶんと遠大な計画をお持ちなんですね。あなたらしい」
「ありがとう」
凌遅のコメントを受け、バエルは満悦の様子で所懐を述べる。
「やはり僕の意図を完璧に理解してくれるのは君だけだね、凌遅くん。これからも娘の教育係として、組織を支えて欲しい」
「過分な評価をいただき光栄です」
ああ……神でも仏でも何でもいい。どうか一刻も早く、このくそみたいな空間から私を解放してくれ。頼む……。
凌遅が敬語を話す違和感と、終わりの見えない現状にうんざりした私が、超自然的な存在に祈りかけた時だった。
「ただ、ね――」
悠揚迫らぬ態度を保ち続ける凌遅が、穏やかな笑いを含んだ声で唐突に言った。
「――バエル、あなたはもうじき、すべてを失う」
何をどう頑張ってもすべて徒労に終わるどころか、下手をすれば自分が踊らされていることにすら気付けない。
「はあ……」
小さく吐いた息が掠れる。
恐れ入ったよ。
これ以上、どうすることもできない……。“少なくとも、今は”――。
私は何度も瞬きを繰り返しながら状況を整理し、一旦諦めることにした。
バエルに御されるのは悔しいが、現時点で逆らっても意味はない。それよりも穏便な形でこの場を離脱し、ある程度身動きが取れる環境に移ってから、改めて打つ手を考えた方がいい。
LR×Dに引き込まれて以来、ずっとこんな対処を続けてきた気がする。でも、焦らなければ必ず好機は来た。今度もこれで切り抜け、立て直す。きっとそれが最適解だ。
腹を決めた私は、自分からアクションを起こすのをやめ、成り行きに身を委ねることにした。バエルも凌遅も冷静なタイプだから、私がムキになって場を搔き乱さなければスムーズに事が運び、それだけ拘束時間も短くなるはずだ。
ここに至るまでに激しい感情の発露があった。こんなに内面を曝け出したのは初めてで少々疲れたから、今のうちに心身を休めよう。
「今日は好い日になったなあ」
自分のグラスを空けたバエルが窓の方へ視線を送る。
「今夜、花火大会があるらしいね。19時からだったかな。ここなら方角的によく見えるだろうし、夜まで居ようか」
釣られてそちらへ目を遣った途端、真っ白い日差しが網膜を刺激し、頭がくらくらした。
「うん、それがいい。誰かに食事を届けてもらって、ここでお前の誕生日パーティーをするんだ。ケーキもあった方がいいな。とびきり贅沢なのを用意させよう。凌遅くんには特別な卵と牛乳、それからりんごも」
彼は興奮を隠せない子供のような口調で言う。
「花火なんて久しぶりだなあ。椋が小さかった頃は毎年家族で見に行っていたけど、ずいぶん足が遠のいていたから」
「いいんですか。そんな簡単にスケジュールを変更して」
凌遅の問いに、バエルは笑顔でうなずく。
「構いません。本当は先約があったけれど、こちらの方が優先すべき事柄だし、何より楽しそうだ」
「なるほど」
凌遅はペットボトルを傾けながら、「既に、愉しげですね」と笑った。
「ええ、実に楽しい。最高の気分です」
バエルもにこやかに続ける。
「LR×Dの代表におさまって以来、僕はずっとこの日を待ち望んできたから。君と椋と三人で、“建設的な未来”を語る時が来るのをね」
「…………」
私は目を閉じ、反応しない。
ここで何を言っても、同じ応酬の繰り返しになるだけだ。ひたすら心を無にして、受け流すことに終始する。
「お嬢さんにその気はないようですがね」
「ふふ、すぐに目を覚ましますよ」
バエルと凌遅が私を見ているのが気配でわかった。
「椋はきっと立ち上がります。そのために鍛えたんだ。もしこのまま蹲っているようなら、強制的に矯め直す。僕の後継者として相応しい人間になるように……」
私の身体がぶるりと震える。
いいから、落ち着け……。もう幾度となく自分に言い聞かせてきた言葉を反芻する。
私の未来は限りなく暗い。だが、今すぐ死ぬわけじゃないんだ。踏ん張れ。
「ずいぶんと遠大な計画をお持ちなんですね。あなたらしい」
「ありがとう」
凌遅のコメントを受け、バエルは満悦の様子で所懐を述べる。
「やはり僕の意図を完璧に理解してくれるのは君だけだね、凌遅くん。これからも娘の教育係として、組織を支えて欲しい」
「過分な評価をいただき光栄です」
ああ……神でも仏でも何でもいい。どうか一刻も早く、このくそみたいな空間から私を解放してくれ。頼む……。
凌遅が敬語を話す違和感と、終わりの見えない現状にうんざりした私が、超自然的な存在に祈りかけた時だった。
「ただ、ね――」
悠揚迫らぬ態度を保ち続ける凌遅が、穏やかな笑いを含んだ声で唐突に言った。
「――バエル、あなたはもうじき、すべてを失う」
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