bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第14章

112 反動形成 ① ☆

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 バエル代表とバーデン・バーデンの処女の対談日時が決まった時、絶対に面白いことが起こる予感がしたから、仕事を調整して一日空けておいた。

 再会の日を娘の誕生日にしたのはだな。“思い出の廃遊園地”というのもエモくてイイ。でも何が悲しくて、このクソ暑い時期にエアコンのない場所で会おうとするんだろう。聞くところによると、かなりの高地で気温が低めらしいので、想像より過ごしやすいのかも知れないけれど、もう少しの都合も考えてくれるとありがたい。

 移動の時点でめちゃくちゃ暑かったから、途中のサービスエリアで冷たいプレミアムスイーツを食べ、限定グッズなんかも買い込んだりして、ちょっとした観光気分を味わいつつ向かう。
 どうせなら、何事も楽しんでしまおうというのが僕の信条だ。

 僕は昔から器用なタイプだったと思う。ノリが軽くて頭の回転も速い方だったから、勉強も人付き合いもそつなくこなし、所属するコミュニティのから外れたことは一度もなかった。
 単純に運が良かっただけなんだけど、自分より優秀な人間に出会ったこともなくて、人生チョロいと完全に調子に乗っていた。

 ところが、いろいろあってLR×Dに足を踏み入れたら、僕の鼻っ柱は呆気なくし折られた。
 清々しいほど、ぶっ飛んだ人しかいない。常識が通じる“普通の世界”でちょっとデキる程度の人間は、ここでは完全にモブと化してしまう。

 ぼんやりしてたら多分、僕もその道をまっしぐらだった。でも、面接で好き勝手に喋ったらうまい具合に代表に気に入られて、HNにBを冠する“Bael'sバエルズ Gadgetsガジェッツ”に選出された。こんな特殊な世界においても自分は特別なんだと得意になっていた折、と顔を合わせる機会ができた。
 LR×Dの副代表・ベルフェゴール──初めて彼を見た瞬間の衝撃は、一生忘れられないと思う。
 何だよ、あのフィクションみたいに整った見た目と、ダルダルな服装の取り合わせは……。“どうも! ルーヴル美術館から来ました大天使です!”とか言い出してもおかしくないフォルムで、イントネーションはガッツリ関西というギャップにも興味を引かれた。

 関西人なら社交スキルが高いだろうし、打ち解けるのも早いはずと思った僕は、顔合わせの後、即座に話しかけに行った。この時は、うまくすれば国宝レベルのイケメン上司とお近付きになれて、自分のステータスもアップするかもくらいに考えていた。
 コミュ力には自信があったからすぐに懐に入れるだろうと思っていたのに、何を話してもほとんどリアクションが返らない上、彼は僕の方を見ようともしない。
 シャイな人なのかと思い、「よかったら、食事しながら話しませんか?」と誘ってみたが、「……せっかくだけど、仕事があるから……」と素っ気なく断られた。
 正直、ショックだった。これまで僕が声をかければ、どんな気難しい人も大抵応じてくれていたので、何が悪かったのか不思議に思うほどだった。というか、関西にもこんなノリの悪い人がいるんだというのも衝撃だった。当たり前の話なんだけど、イメージってあるからね……。

 これが僕の負けず嫌いな性格に火を点けたのは言うまでもない。自分を否定されたような気がして悔しかったのもあり、意地でも攻略してやると決めた。でも、何度接触を試みても距離は一向に縮まらなかった。

 僕はベルフェゴールの反応を引き出そうと躍起になった。他のスタッフとはすんなり親しくなれたので、周囲の力を借りて彼に関する情報を集めまくり、好きなものや苦手なことに人一倍詳しくなった。これが後々、僕の誇る人脈と情報網の基礎になっていくんだから、人生何が幸いするかわからない。

 収集したデータを元に多方面からアプローチした。好物だという焼き菓子を差し入れたり、愛煙の銘柄を調べ、今となっては貴重な“インナーフォイルが銀紙のパッケージ”を手に入れて贈ったりと、思い付く限りのことをしてみた。こちらとしては、ただ自分に興味を持って欲しいという気持ちを形にしただけだったんだけど、ベルフェゴールは僕の行動をご機嫌取りだと認識したらしい。

「……ベリト、あまりこういうことをしない方がいいよ……俺には君を取り立てる権限はないし、部下に示しが付かないから……」

 ある日、エグゼクティブルームに呼び出され、こう言われた。しかも「気持ちだけ受け取っておく」と、贈ったものをそっくりそのまま突っ返された。

「あー、そうですか……」

 僕はひどくガッカリして、つい憎まれ口を叩いてしまった。

「じゃあ、今度からバエル代表に直接お願いすることにしますね。あの方、僕のこと気に入ってくれてますし、なんかガード緩そうだから、うまく取り入ってみせますよ」

 すると、ベルフェゴールが眉間に皺を寄せ、こちらに視線を向ける。

「……今のは、聞き捨てならない。撤回してくれないか……」

 静かなのに妙に凄みがある言動にぎくりとする。でも心の中のモヤモヤを吐き出したくて、僕は悔し紛れに悪態をついた。

「なんでそんなこと言われなきゃならないんです? 表現の自由の侵害じゃないですか」

「……そういう話じゃない。発言を取り下げて、反省してくれたらそれでいいから……」

 ここで謝っておけばよかったものを、引っ込みが付かない僕はさらに噛み付いてしまった。

「は? 全部本当のことですし……それに、代表って言ったって、バエルさんはただのお飾りでしょ? なんでそんなありがたがってんですか」

「……ああ……?」

 途端にベルフェゴールの口から、怒気を含んだ唸り声が漏れた。

「……二度は言わんから、よう聞いとけ、クソガキ……次、あの人をおちょくったら、殺すぞ……」

 獣のような双眸が真っ直ぐ僕の目を射抜くのを見た時、ようやく彼とまともなコミュニケーションが取れた気がした。同時に、彼の心にはバエル代表以外の居場所はないのだと、痛烈に思い知らされた。

「あははは、冗談ですって。本気にしないでくださいよー。コワいなー、もー」

 ベルフェゴールは精一杯虚勢を張る僕を数秒間見つめた後、小さく息を吐き、「……だったらいいけど、発言には気を付けてくれ……俺も、少し言い過ぎた。すまん……」と言ってディスプレイに目線を移した。

「いーえ、どーも失礼シマシター」

 この時、自分がどんな気持ちだったのか、いまだに説明できない。へらへら笑って誤魔化してたけど、胸の中ではいろんな感情が渦を巻いていた。

 何なんだよ、こっちの好意は全無視するくせに、代表のことちょっとイジッただけであんなにブチ切れてくるとか、わけわかんねえわ。 
 ヒトのこと子供扱いして、偉そうに説教してくるし……そのくせ、ロクにこっち見ないし……どんだけコミュ障なの?
 てか、謝んなよ……先に無礼なこと言ったのはこっちなんだからさぁ。余計、惨めになるだろうが。あー、ムカつくなぁ、マジで……ほんっっと、ムカつく……。
 いつか絶対泣かせてやる……!!

 確かなのは、“完璧な彼のすべてを、完膚なきまでに否定してやりたい”と思った記憶があるだけ。これまでの反動が大き過ぎたのかも知れない……。
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