121 / 151
第14章
110 自裁
しおりを挟む
「凌遅くんから、お前に素質がありそうだと聞いてホッとしたんだ」
バエルはクーラーボックスの蓋を開ける。
「今日、実際に対面し、成長したお前の強烈な内面を垣間見て、確信が湧いたよ。やはり、僕達の子だってね」
言いながら、彼は1本の瓶と3つのグラスを取り出した。
「乾杯しよう。お前の誕生日と、新たな門出を祝して」
「…………」
それが何かは容易に想像がつく。おそらく、一緒叔父さんが贈った酒だ。欲しいと言っていたことを覚えていて、苦労して手に入れてくれたであろう誕生日プレゼントを、こいつは“無視しても良かった”と軽んじた。そればかりか、今度はこんな場所に持ち込んで忽せに消費しようと言うのか。
どこまで腐っているのだろう。考えるだけで、はらわたが煮えくり返る。
「私は最悪な気分だよ。自分が“悪魔の子”だって思い知らされて……」
「悪魔の子か。陳腐だけど、これ以上ないほどぴったりな表現だね」
バエルは眉一つ動かさず、酒の封を切る。
「お前なら、いつか魔神になれるかも知れない」
「……やめてよ、くだらない……」
私は床に座り込んだまま、吐き捨てる。本当なら口を極めて罵ってやりたいところだが、持って行き場のない感情に邪魔をされ、うまく言葉にできない。
「もう本当に嫌だ……この身体にもあなたの汚い血が流れていると思うと、死にたくなる……」
自分の尖り声を耳にして、ある考えが浮かんできた。
そうだ、死んでやればいい。こいつの目の前で。
あれほど期待し、後継者にしたがっていた私が自害すれば、彼も少しはショックを受けるかも知れない。
凌遅からは“言葉で相手の急所を突け”と言われていたが、この男には何を言っても届かないのがわかった。心のカタチが普通の人と違うのだ。今まで気が付かなかっただけで、私が生まれる前からずっと、そうだった……。
それなら、もう強硬手段を取るしかない。
“道具”はある。クエマドロとの一件以来、使う機会がないまま放置していた、製図用のシャープペンシル。今日はあれを持参しているんだ。目立たないよう、腰の後ろに差している。
このペンの存在など完全に失念していた。でも今朝、部屋の掃除をしていた時、ふと目に留まって何故か手に取っていた。
きっと私は、端から対話をするつもりなどなかったのだろう。
この手で思い知らせてやりたいという激情が消えない。本当なら、殺された人達の恨みを込めて、ヤツの身体に突き立ててやりたい──。
だがこんな男でも、私にとってはたった一人生き残っている肉親だ。怒りのままに椅子で殴り殺せていたら楽だったのだが、出端を挫かれたことでモチベーションが切れてしまった。
今の私にできるのは、自分の命を絶って彼に思い知らせることだけだ。逆にそれが最高の復讐になる見込みが高いというのも皮肉だな……。
折を見て、これで喉を突こう。うまい具合に頸動脈を破れれば、そこそこショッキングな最期を演出できるかも知れない。きっと信じられないほど痛く苦しいだろうけれど、仇敵に一泡吹かせてやれるなら本望だ。
それに、処刑人“バーデン・バーデンの処女”として、何の罪もない人が殺されるのを傍観していた自分にも相応の罰が必要だろう。
何より、こんなおぞましい組織を作り出してしまった両親の娘として、責任を取らなければならない。
本来、子供は法律的にも道義的にも、親の罪を背負う必要などない。だが、心情的に我慢ならないのだ。
彼らのせいで、死ななくて良い人が大勢、命を落とした。これはもはや私の家族、いや一族の名誉に関わる問題になった。身内が人の道に悖る行いをしたのだ、素知らぬ顔でのうのうと生きていけるわけがない。
幸か不幸か、現在、親族で存命なのは──私が把握している限り──あの男だけだから、一人っ子の私が死ねば呪わしい血脈は絶たれる。
とは言え、バエルは大してダメージを受けないだろう。ほとぼりが冷めれば再婚するなりして、跡継ぎを作る可能性が濃厚だ。だが、そこから先は私の知ったことではないから、後はその異母きょうだいに健闘してもらうしかない。
自分でも最悪な決着の付け方だとは思う。しかし、他に一矢報いる手段がないなら仕方がない。
まさか、凌遅に使うつもりで手に入れた道具で自裁することになろうとは。ヴィネと訪れた雑貨店でこれを選んでいる時は、想像だにしなかったな……。
胸が高鳴り、呼吸がしづらくなる。
大丈夫だ、何も恐れることはない。私の大好きな人達は皆、あちらの世界に行っているのだから。
バエルは酒に注意が向いている。凌遅はこちらを見ていない。先ほどまでの緊張感が薄れ、どことなく場の空気が緩んでいる今がチャンスだ。
私は項垂れた姿勢のままそっと腰の後ろに手を回し、ペンに触れた。
バエルはクーラーボックスの蓋を開ける。
「今日、実際に対面し、成長したお前の強烈な内面を垣間見て、確信が湧いたよ。やはり、僕達の子だってね」
言いながら、彼は1本の瓶と3つのグラスを取り出した。
「乾杯しよう。お前の誕生日と、新たな門出を祝して」
「…………」
それが何かは容易に想像がつく。おそらく、一緒叔父さんが贈った酒だ。欲しいと言っていたことを覚えていて、苦労して手に入れてくれたであろう誕生日プレゼントを、こいつは“無視しても良かった”と軽んじた。そればかりか、今度はこんな場所に持ち込んで忽せに消費しようと言うのか。
どこまで腐っているのだろう。考えるだけで、はらわたが煮えくり返る。
「私は最悪な気分だよ。自分が“悪魔の子”だって思い知らされて……」
「悪魔の子か。陳腐だけど、これ以上ないほどぴったりな表現だね」
バエルは眉一つ動かさず、酒の封を切る。
「お前なら、いつか魔神になれるかも知れない」
「……やめてよ、くだらない……」
私は床に座り込んだまま、吐き捨てる。本当なら口を極めて罵ってやりたいところだが、持って行き場のない感情に邪魔をされ、うまく言葉にできない。
「もう本当に嫌だ……この身体にもあなたの汚い血が流れていると思うと、死にたくなる……」
自分の尖り声を耳にして、ある考えが浮かんできた。
そうだ、死んでやればいい。こいつの目の前で。
あれほど期待し、後継者にしたがっていた私が自害すれば、彼も少しはショックを受けるかも知れない。
凌遅からは“言葉で相手の急所を突け”と言われていたが、この男には何を言っても届かないのがわかった。心のカタチが普通の人と違うのだ。今まで気が付かなかっただけで、私が生まれる前からずっと、そうだった……。
それなら、もう強硬手段を取るしかない。
“道具”はある。クエマドロとの一件以来、使う機会がないまま放置していた、製図用のシャープペンシル。今日はあれを持参しているんだ。目立たないよう、腰の後ろに差している。
このペンの存在など完全に失念していた。でも今朝、部屋の掃除をしていた時、ふと目に留まって何故か手に取っていた。
きっと私は、端から対話をするつもりなどなかったのだろう。
この手で思い知らせてやりたいという激情が消えない。本当なら、殺された人達の恨みを込めて、ヤツの身体に突き立ててやりたい──。
だがこんな男でも、私にとってはたった一人生き残っている肉親だ。怒りのままに椅子で殴り殺せていたら楽だったのだが、出端を挫かれたことでモチベーションが切れてしまった。
今の私にできるのは、自分の命を絶って彼に思い知らせることだけだ。逆にそれが最高の復讐になる見込みが高いというのも皮肉だな……。
折を見て、これで喉を突こう。うまい具合に頸動脈を破れれば、そこそこショッキングな最期を演出できるかも知れない。きっと信じられないほど痛く苦しいだろうけれど、仇敵に一泡吹かせてやれるなら本望だ。
それに、処刑人“バーデン・バーデンの処女”として、何の罪もない人が殺されるのを傍観していた自分にも相応の罰が必要だろう。
何より、こんなおぞましい組織を作り出してしまった両親の娘として、責任を取らなければならない。
本来、子供は法律的にも道義的にも、親の罪を背負う必要などない。だが、心情的に我慢ならないのだ。
彼らのせいで、死ななくて良い人が大勢、命を落とした。これはもはや私の家族、いや一族の名誉に関わる問題になった。身内が人の道に悖る行いをしたのだ、素知らぬ顔でのうのうと生きていけるわけがない。
幸か不幸か、現在、親族で存命なのは──私が把握している限り──あの男だけだから、一人っ子の私が死ねば呪わしい血脈は絶たれる。
とは言え、バエルは大してダメージを受けないだろう。ほとぼりが冷めれば再婚するなりして、跡継ぎを作る可能性が濃厚だ。だが、そこから先は私の知ったことではないから、後はその異母きょうだいに健闘してもらうしかない。
自分でも最悪な決着の付け方だとは思う。しかし、他に一矢報いる手段がないなら仕方がない。
まさか、凌遅に使うつもりで手に入れた道具で自裁することになろうとは。ヴィネと訪れた雑貨店でこれを選んでいる時は、想像だにしなかったな……。
胸が高鳴り、呼吸がしづらくなる。
大丈夫だ、何も恐れることはない。私の大好きな人達は皆、あちらの世界に行っているのだから。
バエルは酒に注意が向いている。凌遅はこちらを見ていない。先ほどまでの緊張感が薄れ、どことなく場の空気が緩んでいる今がチャンスだ。
私は項垂れた姿勢のままそっと腰の後ろに手を回し、ペンに触れた。
5
☆拙作に目を留めていただき、本当にありがとうございます。励みになりますので、もし何かしら刺さりましたら、是非とも『いいね』・『お気に入りに追加』をお願いいたします。感想も大歓迎です!
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説



サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる