bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第14章

110 自裁

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「凌遅くんから、お前に素質がありそうだと聞いてホッとしたんだ」

 バエルはクーラーボックスの蓋を開ける。

「今日、実際に対面し、成長したお前の強烈な内面を垣間見て、確信が湧いたよ。やはり、僕達の子だってね」

 言いながら、彼は1本の瓶と3つのグラスを取り出した。

「乾杯しよう。お前の誕生日と、新たな門出を祝して」

「…………」

 それが何かは容易に想像がつく。おそらく、かず叔父さんが贈った酒だ。欲しいと言っていたことを覚えていて、苦労して手に入れてくれたであろう誕生日プレゼントを、こいつは“無視しても良かった”と軽んじた。そればかりか、今度はこんな場所に持ち込んでゆるがせに消費しようと言うのか。
 どこまで腐っているのだろう。考えるだけで、はらわたが煮えくり返る。

「私は最悪な気分だよ。自分が“悪魔の子”だって思い知らされて……」

「悪魔の子か。陳腐だけど、これ以上ないほどぴったりな表現だね」

 バエルは眉一つ動かさず、酒の封を切る。

「お前なら、いつか魔神アラストルになれるかも知れない」

「……やめてよ、くだらない……」

 私は床に座り込んだまま、吐き捨てる。本当なら口を極めて罵ってやりたいところだが、持って行き場のない感情に邪魔をされ、うまく言葉にできない。

「もう本当に嫌だ……この身体にもあなたの汚い血が流れていると思うと、死にたくなる……」

 自分の尖り声を耳にして、ある考えが浮かんできた。

 そうだ、死んでやればいい。こいつの目の前で。

 あれほど期待し、後継者にしたがっていた私が自害すれば、彼も少しはショックを受けるかも知れない。

 凌遅からは“言葉で相手の急所を突け”と言われていたが、この男には何を言っても届かないのがわかった。心のカタチが普通の人と違うのだ。今まで気が付かなかっただけで、私が生まれる前からずっと、そうだった……。

 それなら、もう強硬手段を取るしかない。

 “道具”はある。クエマドロとの一件以来、使う機会がないまま放置していた、製図用のシャープペンシル。今日はあれを持参しているんだ。目立たないよう、腰の後ろに差している。
 このペンの存在など完全に失念していた。でも今朝、部屋の掃除をしていた時、ふと目に留まって何故か手に取っていた。

 きっと私は、端から対話をするつもりなどなかったのだろう。
 この手で思い知らせてやりたいという激情が消えない。本当なら、殺された人達の恨みを込めて、ヤツの身体に突き立ててやりたい──。

 だがこんな男でも、私にとってはたった一人生き残っている肉親だ。怒りのままに椅子で殴り殺せていたら楽だったのだが、出端を挫かれたことでモチベーションが切れてしまった。
 今の私にできるのは、自分の命を絶って彼に思い知らせることだけだ。逆にそれが最高の復讐になる見込みが高いというのも皮肉だな……。

 折を見て、これで喉を突こう。うまい具合に頸動脈を破れれば、そこそこショッキングな最期を演出できるかも知れない。きっと信じられないほど痛く苦しいだろうけれど、仇敵に一泡吹かせてやれるなら本望だ。
 それに、処刑人“バーデン・バーデンの処女”として、何の罪もない人が殺されるのを傍観していた自分にも相応の罰が必要だろう。
 何より、こんなおぞましい組織を作り出してしまった両親の娘として、責任を取らなければならない。

 本来、子供は法律的にも道義的にも、親の罪を背負う必要などない。だが、心情的に我慢ならないのだ。
 彼らのせいで、死ななくて良い人が大勢、命を落とした。これはもはや私の家族、いや一族の名誉に関わる問題になった。身内が人の道にもとる行いをしたのだ、素知らぬ顔でのうのうと生きていけるわけがない。
 幸か不幸か、現在、親族で存命なのは──私が把握している限り──あの男だけだから、一人っ子の私が死ねば呪わしい血脈は絶たれる。

 とは言え、バエルは大してダメージを受けないだろう。ほとぼりが冷めれば再婚するなりして、跡継ぎを作る可能性が濃厚だ。だが、そこから先は私の知ったことではないから、後はその異母きょうだいに健闘してもらうしかない。

 自分でも最悪な決着の付け方だとは思う。しかし、他に一矢報いる手段がないなら仕方がない。

 まさか、凌遅に使うつもりで手に入れた道具で自裁することになろうとは。ヴィネと訪れた雑貨店でこれを選んでいる時は、想像だにしなかったな……。

 胸が高鳴り、呼吸がしづらくなる。
 大丈夫だ、何も恐れることはない。私の大好きな人達は皆、あちらの世界に行っているのだから。

 バエルは酒に注意が向いている。凌遅はこちらを見ていない。先ほどまでの緊張感が薄れ、どことなく場の空気が緩んでいる今がチャンスだ。

 私は項垂れた姿勢のままそっと腰の後ろに手を回し、ペンに触れた。
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