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第13章

103 ベルフェゴールの回想 ① ♤

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 5年前の某日、バエルさんに呼び出された。
 当時の俺は本業の傍ら、フィンブルヴェトの会員数と活動資金を着々と増やし、プレ本部の立ち上げも進めていた。“大勢の人と交わる業務”は骨身に応えるが、任された以上は完璧を目指すのが俺の信条だから、心身に鞭打って必死にこなしていた。

 その日も3日ほど徹夜が続いていて少しでも体を休めたかったが、「すぐに会って話がしたい」と言われれば、駆け付けるよりほかない。
 なるべく目立たないように来て欲しいとのことだったので、離れた場所に車を止め、徒歩で向かった。

 バエルさんの家に到着したのは、23時を回った頃だったと思う。

「ああ、よく来てくれたね。寒かったろう。どうぞ、上がって」

 出迎えてくれたバエルさんが見慣れたガウンを羽織り、いつもの柔和な表情を浮かべていたので、少しだけ気が紛れた。

「とりあえず、座ってくれるかな」

 通い慣れたリビングに通されたが、かすかに違和感があった。まず、普段ならいるはずの人の気配が感じられない。

「娘は昨日から修学旅行でね。妻と二人だけなんだ」

 こちらが何かを言う間もなく、バエルさんに情報を付加された。
 その際、彼が困っている気配が伝わってきた。俺の特性というか、神経が過敏でによるものだ。
 そこで前置きを省略して、直ちに本題に切り込むことにする。

「そうでしたか。それで、お話というのは……」

「うん、実は少し問題が起きたから、相談に乗って欲しくてね」

「……それは、構いませんけど。奥様は……」

「ああ。さっき、風呂に入ったところだ」

「えっ、居てはるんですか。でしたら日を改めるか、場所を変えた方が……」

「いや。僕が、限界でね……一刻も早く、君に話を聞いて欲しかったんだ」

「……そうですか……」

「彼女は長風呂だから、しばらくは時間が取れる。その間に、今後のことを話しておきたいと思って。付き合ってもらえるかな」

「ええ、俺で良ければ……」

「よかった。無理を言ってすまないね」

「……いえ、この程度、無理のうちに入りません」

「ふふ……ありがとう。だから君が好きなんだ」

 バエルさんは時々、恥ずかしげもなくこんなことを言う。

 それからぽつりぽつりと語ってくれた話を要約すると、フィンブルヴェトの創設者・ディーテさんと見解が食い違い、閉口しているとのことだった。についてどうしても意見が一致せず、今後も相容あいいれることはないと確信したそうだ。
 価値観の相違。一言で言えばそういうことだ。芸人やバンドのように、解散して決着がつけばどれだけよいだろう。だが、事の性質上、そう簡単にはいかない。

「ディーテの考えも十分理解できる。でも、僕はあらゆる可能性を排除しない主義なんだ。チャンスはすべての者に平等に与えられるべきだと思わないかい?」

「ええ……」

 俺は曖昧な相槌を打つ。
 どちらが正しいかなど、問題にならない。如何なる場面においても、俺が支持するのはバエルさんと決まっている。
 この人は、俺みたいなしょうもない人間に生きる意味を与えてくれた人だから――。

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